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18話 物騒な贈り物

その日の夜、宿に戻っていつものようにツインの部屋でフィリと二人。なんとなく沈黙が降りていた。しばらくして、意を決したようにフィリが口を開く。


「あなたのいつも言っていたの、頭のおかしい電波発言じゃなかったんですね」

「そうだよ」


頬を引っ張ってやると脇腹に鋭いショートフックが突き刺さる。ステータスの恩恵かそこまで痛くない、いややっぱ結構痛い。急所だし。


「あなたは……元の世界に帰りたいんですか? 妹さんのために」

「そうだな」

「……シスコンですか」


つねられた頬をさするフィリにノータイムで力強く頷くと蔑んだような目で見られた。


「いや、そういうのじゃないから! 家族愛だから!」

「そうですか」


必死の弁解が案外あっさり受け入れられて拍子抜け。フィリはしばらく考えこんだ後、吹っ切れたように笑った。


「家族は大事ですよね。特に下の兄弟は兄や姉なら大事にして当然、そうですね」

「ああ。あっちにゃ嫌われてるけどな。それでもだ」

「ええ、それでも。……そうですね、大人になる頃にはきっと仲直りできるでしょう。たぶん」

「気が長過ぎるしそれでもたぶんなのかよ」


くすくす笑いながら言うフィリにツッコミを入れると吹き出された。


「まずは鬱陶しいお兄さんぶりをどうにかするべきでしょうね。身近過ぎるのですから、少しは距離をおいてみるのも手ですよ。元の世界に戻ったら数年くらい話しかけないであげるといいんじゃないですかね」

「俺の心が死ぬ」

「我慢しなさい」


できません。二人して吹き出し、なんとなく暗くなっていた空気が入れ替えられ、俺達はそのまま眠りについた。




次の日の朝、寝不足なのか薄っすらとクマができているが、やたらとテンションの高いアリスと合流する。


「できたよ!」

「お疲れ様です」


アリスはフィリに駆け寄るとそのまま飛びついて叫ぶ。なんか顔が怖い、ヤバい。フィリもなんかニヤついてるし一体何が始まるんだ……。


「それで、まずは鎌田さんという人の所に行くんですよね。少し遠回りになりますけど、寄り道しても構いませんね?」

「そりゃかまわないけど」

「ええ、ダメって言われても無理やり連れてくところでしたけどね」

「いや、マジでなにするんだよ……」

「その時になってのお楽しみだよ、ふふふふふ」


怪しい笑いを浮かべるアリスとやたら上機嫌なフィリにすさまじい不安を感じる。だが仕方ないので、目的地である革命軍とか言う鎌田の奴のゆかいな仲間たちが本拠地にしている北部の鉱山街、そのいくらか手前にある荒野に向かった。




見渡す限り裸の地面。ゴロゴロと無骨な大岩が転がっているだけで他には何もない。大体今の自分達と同レベル帯のそれなりに強いモンスターがわさわさいる森を抜けてきたのだが、ここが目的地なのだろうか。こんなところに一体何があるというのか。


「……いましたね」

「なにがだ?」


しばらく荒野を歩きまわった後、探索魔法を使っていたらしいフィリが耳をふるわせる。あたりを見渡しても、特に何かがいる気配はない。


「アリス、アレです。補助魔法をかけますから、思いっきりどうぞ」

「うん!」


フィリが指差したのはかなり離れたところにある大岩だ。むしろ小山といったほうがいいようなサイズの岩塊。長年風雨に晒されたのだろうか、全体的にはなめらかで丸みを帯びているが、所々から尖った岩が飛び出している。


「PKで代々一番の爆弾職人にだけレシピが受け継がれ、最強の破壊力を目指して改良を重ねられてきた究極の爆弾、グレートタスク……。先輩たちの思いと、私の今までの錬金術士人生のすべてを掛けたこの爆弾、見ててよね! いっけえ!!!」


何やら凄そうなことを言っっているな……。アリスは無茶苦茶なフォームで両手で握ったハンドボール大のなにかを岩塊に向かって投げた。


光を飲み込むような黒い宝珠、それが究極の爆弾とやらなのだろうか。補助魔法の力がなければすぐその辺に落ちていただろうそれは、驚くほどぐんぐんと飛距離を伸ばし、ついに岩塊に直撃した。


ガツッと、かすかな音が遠くから響く。本当にただの石か何かが当たったようだった。しかし次の瞬間にはまばゆい光で視界が覆われる。音が消え、白だけに染まる世界。しかしそれも一瞬のこと。一陣の風が、そよそよと吹き抜けた。


“究極の爆弾”は無駄な破壊などしないのだ、と言わんばかりに、球形に抉られた岩塊。いや、一拍遅れて傷口から瀑布のように緑色の血が吹き出し、それは地に落ちた端から光に溶け消えていく。岩塊だと思われていたモンスター、胴体の大部分を抉り取られた巨大なドラゴンが、地を震わすような恐ろしい断末魔の叫びを上げて消えていく。通常のモンスターの何十倍、何百倍とある巨体が溶けていくさまは巨大な光の柱が立ち上がるようだった。


「やった! やった! やったよぉ! ふふふ!ふふふふふふふ!」

「ん、んぅ……ふぅ」

「ええ……」


はしゃぎ回って飛び跳ね喜ぶアリス。陶然と熱い息を吐くフィリ。呆然と光の柱を眺める俺。なんだこれ。


「冒険者カードをちょっと見てみてください」


うっすらと興奮をまとったままそういうフィリに、言われるがままにカードを出す。ステータスを見てみると、すごい勢いで経験値が溜まってはレベルアップを繰り返していた。


某ゲームで生まれたてのモンスターを連れて経験値高めの敵を倒したが如くである。レベルアップのファンファーレが多重に重なり超うるさい。音量を下げ、フィリを見る。


「なにこれ」

「さきほどの敵は、“アースドラゴン”。ありとあらゆる魔法に対してほぼ完全な耐性を有し、物理攻撃にも極めて高い防御力を持ちます。物語にある英雄級の冒険者だとしても苦戦は免れない相手。それもサイズ的にはエルダー級……レベル80、いえ、90に届いていたでしょうね」

「そんなのに喧嘩売ったのかよお前……」

「究極の爆弾、その相手としてはふさわしかったでしょう?」


いや、知らねえよ。


「これさえ、いえ、これは無理にしてもこのくらい大威力の爆弾があれば、攻撃魔法使えない精霊魔法使いとか半端すぎて笑えるみたいな煽りをされても一撃で吹き飛ばしてやれますよ……ふふ、ふふふ」


過去に一体何があったんだお前は。なんか前に攻撃魔法の代替品として爆弾はいいかもしれないですね、なんて言ってたような気がするが、そんな目論見があったのか。ヤバイ目をして微笑むフィリは妙な迫力を全身から放っていた。怖い。


幼女二人の笑い声をバックに鳴り響いていたファンファーレが止まる。ようやくレベルアップが終わったようだ。カードを見てみる。


「レベル57とかマジかよ」


30レベルくらい上がっているんだが。格上相手の補正があるとか言ってもこれはちょっとバランス崩壊してないか。


「フィリも同じくらい上がっているでしょうね。才能的にどこまで行っても攻撃魔法は使えないでしょうけど。危険物取り扱いの免許を取ればアリスが私にも爆弾を使わせてくれると言っていましたが……まあそんな時間もありませんか」


壊れたラジオのようにひたすら笑い続けて酸欠を起こしたのか、息を荒くしながら地べたでへたり込んでいるアリスを背後に、フィリは切なげに空を仰ぐ。


「この生活も、たぶんもうすぐ終わりなのでしょうね」

「いや、んなこたねーだろ」


帰るあてが全然ついてないし。鎌田がなに考えてるのかも分からんし。


「あなたが帰ると決めたことが……いえ、まあいいです。ともかく、これだけ強くなればどんな危険地帯でもある程度は問題無いでしょう。私達からのプレゼントです」

「ん」


まあ、素直に助かる。物騒なところに行くのだからこれだけレベルがあれば取れる選択肢が増えるだろう。フィリの頭をワシワシする。今回は素直に身を委ねてくる。ついでに壊れっぱなしのアリスもわしっておく。正気に戻っているのかいないのか、グリグリと頭をこちらに押し付けてきた。




「よし、それじゃあ……行くか」


俺達がその場を立ち去ろうとした瞬間、周囲から無数の咆哮が響く。来たときにゴロゴロした巨大な岩がたくさんあるなあと思っていたが、それらがむっくりと起き上がる。


岩塊のようなゴツゴツとしたフォルムに灰色の鱗。アースドラゴンだ。倒した奴に比べるとどれも小さいが数が多い。どいつもこいつもこちらを見つめる爬虫類的な縦割れの瞳に剣呑な輝きを宿している。


「おい、どうなってんだ」

「アースドラゴンは基本的に大人しく無害ですが、外敵には激しく反撃するらしいですね。特に群れの長が倒されたりすると、その敵を倒した個体が次の長になるので全てのドラゴンが襲いかかってくるとかとか」


地響きを上げてドラゴンたちが駆け寄ってくる。


「アリス!さっきのやつ、もう一回!」

「ふぇ? あれは一個しか無いよ?」

「おい!どうすんだ!」


フィリはにっこり笑って自分と俺に各種補助魔法をかけた。ダッシュで逃げろということだろうか。俺が顔をひきつらせてアリスを担いだのを確認すると、風のような速さで駈け出した。


レベルが上がったせいだろうか、俺もフィリも凄まじく速い。ただしドラゴンもでかいからやたらと歩幅が広くておまけに結構素早いのでギリギリだ。


「オチ付けなきゃ気がすまないのかよお前ら!?」

「あはははははは!」

「ふふふふふ……」


フィリは走りながら大笑いし、アリスは俺の肩の上で壊れっぱなしだった。

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