12話 くるくる回るダイナマイト
アリスは立ち上がると、大壁画を指し、それを背後に大きく手を広げる。フィリと顔を見合わせる。すっと俺の後ろに立ち位置をずらした。変な子の相手は俺に任せるということだろうか。じとっと見つめると目をそらされた。手のひら返しやがって畜生。
「確かに壁画があるが、かなり削れてるし、そもそも読めないぞ。王都のアカデミーの学生? ってことだがもしかして古代文字読めるのか?」
「ううん、私は読めないよ。それに壁画の状態が悪いのも、そうだね、とても残念。でも絵は結構残ってるし、古代文字の貴重なサンプルではあると思う。こういうのは積み重ねが大事だしね。フィールドワークの初めとしては悪く無い感じだよ」
「ほー」
よく分からん。なんだかむつかしい話になりそうだ。フィリなんかは既に完全に意識があさっての方向に向いている。
「古代文字を読める人はいないのか?」
「研究している方はいたんだけど、随分おじいちゃん先生で、私がこの道に入った時に丁度亡くなっちゃったらしくて、私すっごく残念で。その先生の書いた論文に、古代文字で書かれた文献にある“ファイアワークス”のことが載ってて、爆弾は元から好きだったんだけど、物を壊すだけじゃなくて、いっぱいの人を楽しませることができる素晴らしい爆弾が、ずっと昔にはあったんだ、って! すっごく素敵だなって思って! 私絶対それを復元しようって決めたの! でもでも、アカデミー全体の風潮として、先人の足跡をたどるより、自ら新たな道を切り開くべし~、っていうのがあって、実際それでうまくいっているからそれはそれでいいと思うんだけど、やっぱり失われた技術の復元っていうのも絶対に必要なことだと思うの。でも古代文字の解読なんかは人気がないし予算も少ないから人がいなくて、そのおじいちゃん先生が亡くなってからもうすっかり停滞しちゃってて。なんとかしたいんだけど、賛同してくれる人もいなくて、私が所属してる学内サークル、パウダーケッグス、略してPKっていうんですけど、そこの先輩たちが、ねだるな勝ち取れ! 無いものは自分で作れ! 作りたいものだけ作れ! って言う伝統が受け継がれてるって話を聞かせてくれて、私も自力で頑張ってみようって思い立って、ゴブリンしかいない簡単に潜れる遺跡があるって聞いたから来てみたの」
長い。凄まじいハイテンションで語っているが俺は半分以上聞き流していた。フィリも半分寝ていたが、途中何か話に気になる部分でもあったのか耳をピクピクさせていたが結局寝ていた。やる気のない聴衆の様子も、頬を紅潮させて熱弁を振るうアリスには気にならないようだった。
「よし分かった。ありがとう。俺も遺跡巡りをしようかと思ってるからな、そこで何かそれらしいものを見つけたら撮っておくよ。古代文字を読める人間がいないというのは残念だが、仕方ないな」
「ユーキも古代文字に興味があるの?」
ワクワクした顔で尋ねてくるアリス。同好の士を見つけた、とでも思っているのだろうか。俺としてはこの異世界について探る手がかりになるかもしれない、くらいでしか無いのだが。
「まあ、そうだな。この世界について調べてるんだ」
「……?」
きょとんとした顔をされる。
「また例の中二病ですか」
「あっ」
あくびをしながら言うフィリの言葉を聞いて、アリスは優しい目をした。
「違うっつってんだろオラァ!」
「離しなさい……っ!」
俺のアイアンクローと反撃の握撃が激突した。レベルが上がったせいなのか前までより痛くない気がする。
「……仲良しさんだね!」
「冗談じゃありません!」
「お、分かるか?」
「!?」
変な子にうふふと微笑ましそうに見られるのは非常に居心地が悪いがフィリをからかって相殺する。裏切られたような顔をしているのが非常に面白い。
アリスは、それじゃあちょっと記録をとっちゃいますね、と鞄からやはり物理法則を無視したようなサイズのゴツいカメラを取り出してパシャパシャ壁画を撮り始めた。しばらくすると満足したのか戻ってくる。
「お待たせ。それじゃあ、行こっか」
「ん?」
一緒に戻る流れなんだろうか。まあ出口まで送るくらいなら構わないが。連絡先を聞いて解散な感じでいたので反応が遅れた。
「私の爆弾、見せてあげるね!」
笑顔が眩しい。そういえば適当にそんなことを言ったような気もする。俺の中のファンタジー観が右往左往して困っていた。モンスター発破作業は果たしてファンタジーか否か。
フィリは特になんの感慨もなく受け入れているようだったので俺も気にしないことにした。……しかしよく見ればなんとなくテンションが高い無表情である。爆弾、というワードに反応している気がする。一体何だというのか。
「あなたが一番先です」
このクソ長いハシゴもっかい登るのかだりぃなあ、などと思っていたらフィリにドンと突き飛ばすように背中を押された。なんでだよと思ったが、アリスがはっとしたように俺を見て真っ赤になっていたので黙って登ることにする。さっきまでのハイテンションっぷりがウソのようにモジモジしていた。やっぱり扱いづらいぞこの子。
「私が一番下に付きます。落ちても大丈夫ですからね。ついでに補助魔法もかけておきましょう」
「わ、すごい。力がみなぎるよ。ありがとうフィリちゃん」
「いいえ。なんてことありません」
ロリっ子二人がきゃいきゃいしているのを尻目にはしごを登る。カンカンカンという足音だけが響く。しばらくすると足音が1つ増え、2つ増え、3つになる。フィリにスカートを履かせたいなあ、それで下から登りたい。
アホなことを考えながらひたすら登る。別に俺はロリコンというわけではないのだが、ロリコンというわけではないのだが、人をからかうのは好きだ。
からかいがある奴ならとても良い。からかいがあるというのはリアクションが激しくて、きちんと反撃してくるやつだ。やられっぱなしになられるとなんというか、フェアじゃない感じがして楽しくない。その点フィリはわりとベストな感じなのでこれから色々とネタを探していきたいと思う。
とりあえずどうにかしてスカートを履かせることはできないだろうか。今回はもう無理だがこういうポイントはそれなりにあるだろう。というか普通に戦闘してても飛んだり跳ねたりするし、スカートはかせたら絶対楽しい。
ハシゴを登り切り、遺跡の入口に向かって来た道を戻る。半ばまではまだ倒したゴブリンたちが復活していなかったのか、サクサク進めたが、途中でまた通路をうろついているゴブリンたちの集団を発見する。
「じゃあ、いっくよ~……」
声を潜めて掛け声を上げつつ、アリスはサッとダイナマイトを取り出した。見た目はどれも大体似たような感じだったので俺には区別がつかない。取り違えたりしそうだが、かなり情熱を持っているようだったし彼女には分かっているのかもしれない。
「ところで錬金術士ってのは普通こういうもん(爆弾魔)なのか?」
「いえ、魔法薬や魔道具を作ったりする職業のはずですが……もしかすると、最近の王都ではそうなのかもしれませんね。私は田舎者なので、情報には疎いです」
ライターらしきもので爆弾の導火線に火をつけているアリスの後方でこそこそと話す俺たち。できればこういうのが主流であって欲しくはない。もっと怪しい実験とか大釜をかき混ぜたりしていて欲しい、イメージ的に。そうこうしているうちに、アリスが大きく振りかぶって爆弾を投擲……
「とー!……あれ?」
前方を見て不思議そうにしているアリス。掛け声に気づいてこちらを見ているゴブリンも、アリスがなにか投げた素振りをしたのになにも飛んでこないので、不思議そうな顔をしてキョロキョロあたりを見ている。そして見事にスッポ抜けたダイナマイトがアリスの頭上でくるくると回っていた。ジリジリと導火線が短くなるのが妙にはっきりと見えた。
「うぉぉぉぉぉ!?」
とっさにロングソードの腹でダイナマイトをゴブリンの方に打つ。上手いこと当たったらしく、ゴブリンの集団の中心に飛び込んだダイナマイトは着弾の瞬間爆発。
範囲、威力ともにかなりのものだったようで、ゴブリンたち全員通路の瓦礫ごと消し飛んだ。もうもうと上がる煙の中でキラキラと元ゴブリンたちである光の粒子が輝いていた。
ロリ可愛い子をいぢめたい(男子小学生並みの感性)




