それって誰のことですか?
王城ドク。
ベズリーシアが住んでいるイスカルを含むここら一帯の領地を管轄している王国である。
相変わらずクソでかいなぁ。
城とその城下町を城壁でぐるりと囲み、更にその城壁を水路で囲んでいるのがここ王城ドクである。
城の東西南北の四方に馬鹿でかいつり橋が掛けられており、その橋を利用しなければ中にはいることはできない。
そして橋を渡りきると、検問所が見えてくる。
リリスの仕事としてはここでおしまいである。
「おぉ、リリス殿ではないですか。お久しぶりです」
すいません、守衛の皆様は全員同じ顔に見えてしまって……。
なんて台詞を言うほど空気が読めないわけではない。私はあの勇者とは違うのである。
「どうも久しぶりです」
特に見覚えはないが、こう返しておけば丸く収まる。社交辞令バンザイ。
この王城の紋様が刻まれたアーマーは、王国の護衛騎士であることを意味している。あれ。騎士? 騎士なんてこんな城壁近くの場所ではなく城の内部にいそうなものであるというのに。
「今日はどんな御用で? まぁそれを見ればなんとなく察しはつきますが」
「この近くで山賊を拿捕したので、その引渡しです」
山賊共をロープで縛ってから一緒に魔法で跳んできた。最低限の回復魔法は施してあげたので、死人はいないはずだ。
「これはどうも。責任を持ってお預かり致しましょう。君達!」
その直後に彼の配下であろう、何人かの兵士達が山賊共をいそいそとどこかへ連行していった。
彼らが今後どうなるのかは分からないが、きっと更正するのを手伝ってあげるのだろう。今の時代、あーゆー山賊の輩は増えているときく。
「治安維持にご協力感謝いたします」
その騎士はリリスのために仰々しい敬礼をしてみせた。
さて。
ではここから個人の用事だ。
「にしてもどうして騎士の方がこんな詰め所にいらっしゃるのですか?」
「あー、それは。あはは」
なんだろう? 隠し事?
聞かれたら困ること?
……まぁ関係ないことか。
「まぁ別になんでもいいんですけど」
「すみません。こちらからは何とも申し上げ辛いところであります」
「そうだ、代わりに聞きたいことがあるんですが、勇者が来た記録ってありますか?」
騎士はその質問に目をぱちくりとさせていた。
「え、あの大勇者殿ですよね。勿論残っておりますが」
「それを見させていただいても?」
ズズイ、と。
笑顔でリリスはその騎士に迫った。
リリスの背丈的に近づいた分見上げる形となっていた。
「その、個人の訪問記録情報を第三者の方に漏洩させるのは……」
「第三者? それって誰のことですか? まさか、あの大勇者と肩を並べて魔王を倒した私とその勇者が無関係だとでも?」
リリスのその手にはさりげなく杖が握られている。
恐喝、脅し、その類の言葉を彷彿させる光景を直視している騎士の部下は、誰もいなかった。
「わ、分かりました。上に掛け合って見ます。これは個人の裁量を超えていますので」
よし!
リリスは勝ちを確信し、騎士のほっぺたにぐりぐりと突きつけていた杖を収めた。
この調査が勇者の行方に直結する答えになるとは考えていない。
だが何かしらのヒントにはなるだろう。失踪する前は色々な国に呼び出されていたというのは知っている。
この王城ドクも例外ではない。勇者との何らかの関わりがあるはずなのである。
山賊を引渡すついでに、勇者を探る情報も集めるといった具合だ。
「それではこの許可証を持って城の方まで向かってください」
謁見者の記録は城内にまとめられておりますので、と騎士は詰め所から何か紙を持ちだしてきていた。
入城許可書と大きく書かれている。備考の欄の、謁見者リストの閲覧申請というのは今しがたこの騎士が書いてくれたのだろう。
「どうもありがとう」
「ご武運を」
やめて。
そんなつかれきった顔しないでよ。
さっきの敬礼と全然篭ってる気合が違うし。
でも良い人で良かった。何かしらのヒントがあれば尚良し。
ついでに……折角城下町に来たのだ。何か美味しいランチでも食べていくことにしよう。
レストラン、ポモドーロ。
それがリリスの目に入ったレストランである。
トマト料理がメインに据えられており、近くの農園で採取されたばかりの野菜を使って調理してくれるのだという。
無農薬は勿論、無魔法野菜であるため野菜の持つ本来の甘みを損なうことなく提供できるのが売りだという。
昼には少し早い時間であるというのにそこには既に行列が形成されていた。しかしこれこそが美味しいという証拠である。リリスはそんな確信を持ってその列に加わった。
何を注文しようかな。
パスタも美味しそうだし、トマトの煮汁だけで煮込んだミネストローネなんかもアリだ。
ただこのレストランにひとつ文句をつけるとしたら……。
リリスは前に並んだ客を見る。
若い男と女が楽しそうに、何食べよっかと談笑している。その横顔はこの上なく幸せそうだ。別れればいいのに。
次にちらりと後ろの客を見てみる。
そこにもカップルがいたのだが、会話らしい会話はしていない。
だが手をつないだまま、その手をポケットに入れている。よく見れば二人とも頬を染めている。ポケットの中で手のセックスでもしてんの?
……いやいや。ここはレストラン。周りの客に嫉妬していても仕方がないでしょ。美味しいご飯が食べられればそれで良い。
リリスは自分の中で切り替えて、看板メニューの吟味を始める。
バブルコ牛のトマトソース煮、バンバルエビのグリル、トマトチーズとファルドチキンのロースト。どれも美味しそうだな。
トマトで煮込む分、肉の旨み成分がトマトの煮汁に溢れ出る! ランタルトマトの特別な酵素によって柔らかくなった肉にその煮汁が染み込む! バブルコ牛の甘みとトマトの甘みにはさみ打ちされる幸せをぜひ! みたいな頭の悪そうな紹介文がちらっと載っているが、嫌いではない。よし、これにしよう! と決めていたときである。
頭の中はウキウキ気分であった。
そして並んでからやっとの思いでテーブルに着くことができた。
あーもう、我慢できない。嬉しい。きてよかったドク城。
運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、リリスは満喫する。
口の周りをトマトで汚していたとして、気にする相手もいない。リリスは欲望のまま、バブルコ牛をかっこんでいた。
そのあまりの食べっぷりに周りのカップル客が若干引き気味の視線で見られていたことをリリスは知らない。
幸せな時間はあっという間に過ぎ、清算の時間が来た。
「…………」
リリスは朝目覚めたとき、杖を無くしていた。
あぁ、リリス。その時に何故気付かなんだ。
ついでに財布も紛失してたということに。
かの伝説の僧侶、リリスはレストランで頭を下げた。