その肉体言語で?
「にしても生きてるの? 王国に引き渡したいところだけど……死んでるんじゃないの」
顔面がボコボコにされていて、もはや原型が分からない感じになってしまっている。
おいそれと負けないから伝説なのである。多数で掛かれば勝てると思っていたのか。何故この山賊達はそんなことにも気付けなかったのか。
それに彼らの行動が計画的だったのも気にかかる。まだ尋問できるような状況ではないのでなんとも言えないが……どこかきな臭いことをリリスもベズリーシアも薄っすらと感じ取っていた。
「万が一があればリリス先輩の呪文にお任せしたいです」
歩ける程度まで回復させて、それから連行するのが確かに楽だ。死んでたとしても復活はさせられる。
だけど今だけは無理なんだよね。
「それなんだけど――」
そこでようやく事情を伝えることができた。
実は杖を無くし、しばらく無力であるということに。
さっきの戦闘もアテにされていたら実はやばかったということに。
そう、今はただの無力な女の子である。女の子。女子。
「そうなのでありますか! そうとは知らず自分はリリス先輩に助力を求めていたでありますよ! あっはっはっは!」
いや、そこ笑うとこ? わらうとこなの?
なに、怖い。最近の若い子ってこわい!
「ならば自分が近くの村まで運ぶでありますよ。そこで僧侶の杖を借りれば問題ないでありましょう」
よっ! と山賊5人をまとめて、首根っこをとっ捕まえていた。
「このまま引きずって村まで行くつもり?」
「いかにも!」
……あそう。
大の大人、それも結構屈強そうな身体つきをしている5人を軽く引きずりますかねこの子は。
あ、そうか。村まで戻ることができれば杖が手に入る。そうすれば私も家に帰ることができる。
きっとお母さんも心配してるだろうし。……してなさそう。
なくした杖のことはしょうがない。諦めるとしよう。ちょっと高かったけどないものは仕方がない。
「にしても……こんな場所にまで山賊が現れるなんて」
「こんな場所だからこそ5人程度の田舎山賊で済んだと言えます。王都付近ではもっと大掛かりな山賊の集団がいるという噂もあるみたいですよ」
老人達の噂でそんなことを聞きました、とベズリーシアは物憂げな表情になった。
「折角魔物がいなくなったというのに。これでは悪さをするのが魔物から悪人に代わっただけです」
「……そうね」
世界が平和になると信じて魔王を討伐した結果がこのザマなのか。
いや、私が信じたのは勇者だけだ。平和を信じる勇者を信じていた。
もう! アンタが無責任に事態をほっぽりだすからよ! ちゃんと最後まで責任をとりなさいよ馬鹿! どこにいったっていうのよ!
「でも」
ベズリーシアが口を開いた。
心の中でぷりぷりと怒りを吐露しているリリスは意表をつかれた。
「魔物を説得することは不可能ですが。話の通じる人間であれば可能です!」
彼らもきっと今回の件で懲りれば、更正するはずです、と。
その言葉はリリスのものとはまるで正反対のものであった。
責任を全て勇者に擦り付けるのではなく、自分も加わることで世界を変えると。
山賊だとかそういう輩が増えてしまい、結局魔王を倒す前と後で何も変わってないようにみえるけど、それは全くの嘘だ。なぜなら魔物は魔物だけど、人は変われる。
つまりベズリーシアはそう言いたいんだということが分かった。
「……その肉体言語で?」
「自分の得意言語であります!」
「ふふ」
全く。どこまで前向きな子なのやら。
私もこの姿勢を見習わなければ。
「そういえば……あの小屋で何か言いかけていませんでしたか? ずっと聞きそびれていましたが」
「あぁ、そういえば」
怒涛の流れで忘れていたが、最初はこんな見回りに付き合う予定ではなかった。
「……、」
最初は、一緒に勇者を探しに行かない? と勧誘するつもりでいた。
だがこの一件を受けて、それをいうのは酷く憚られた。
この子は勇者の残した成果を無駄にしないようにと努力している。
たとえそれが肉体言語であろうとも。本当に平和な世の中にしようと努めている。
それで私は?
勇者を見つけて、文句を言うつもり?
違う。それは建前だ。それも言うつもりだったけど、本筋はそっちじゃない。
ただ会いたい。
会いたい。
会いたくて会いたくて仕方がない。
前に向かって進んでいるベズリーシアを、それだけの自分の我がままにつき合わせていいのだろうか。
……考えるまでもないな。
「近くの村に案内してって頼もうとしてただけだし。うん、大丈夫」
あはは、と笑ってみるが……自然に笑えているだろうか。
ベズリーシアは隣を歩くリリスの横顔をしばらく覗き込んでから、
「自分は不器用なので、頼りにならないかもしれませんが。何かあればいつでも呼んでください」
そういって優しくリリスに向けて笑いかけた。
見抜かれていた。
勿論勇者のことを見抜かれたわけではないだろうが、何か隠し事をしていることは伝わってしまったらしい。
全く。仲間というのはこれだから困る。
それがむしろ心地よかったりするのだが。
「ん、ありがと」
ただ内緒に行動するのと、いつでも頼れる状況にあるのでは安心感がまるで違う。
そんなことを年下の小さい子から学ばされて、リリスは照れくさそうにこっそりと笑いかえしていた。