どうして無言で蹴ってくるのですか!
それから少しして。
「よさんか。そんなことをしても意味はないじゃろ!」
「そうじゃ、やめなされ」
「放してください! このままではリリス先輩に顔向けが!」
よく見れば脱衣所に置いてあった着替えを身につけ、トボトボと出てくると、何故か服を脱ごうとしているベズリーシアとそれを止める老人達という光景を目にした。
……かなりシュールだった。
見ようによっては14歳くらいの女の子を老人達が無理やり剥いでいるように見えなくもない。
「あ、リリス先輩! 少々お待ちを! 自分も今リリス先輩と同じ恥辱を浴びますゆえ! ええい放せ凡夫ども!」
あぁ、相変わらず生真面目で面倒臭い性格をしているんだなぁ、と懐かしい感じがした。
これを笑ってみているのが勇者で、私とサンダラがよく止めていたっけなぁ、とリリスは暢気に思いを馳せていた。しかし今ベズリーシアを止めるのは自分しかいないのである。
「ベズリーシア。おじいさん達が困っているでしょ」
「しかし! 自分のせいで! リリス先輩が!」
「よく聞きなさいベズリーシア!」
リリスは声を張り上げる。老人達も。そしてベズリーシア自身も動きを止めた。
「私は私の意思で私の身体を晒したのよ!」
勿論うそである。
「そ、そんな……!」
「逆に聞くけど! ベズリーシアは私のプロポーションは人に見せられないほど醜悪だと思っているの?」
「は――、い、いいえ! そんなことないです!」
ねぇ、今はい! って言おうとしてなかった?
本当に良い性格してるね?
確かに胸はないけど。
「ならばどうして私のことを恥だと決め付けるの!」
「は!」
「だからベズリーシアもそんなことをやる必要はないのよ。もしアナタに露出趣味がないのであればね!」
これでも長年供に冒険した仲なのである。ベズリーシアをなだめるのもお手の物である。
「では、自分はリリス先輩のように露出趣味はないのでやめます」
けろりとベズリーシアは言い放ち、あっさりと襟を正していた。
……なんかそんなあっさりと切り替えられると寂しいんだけど。
もうちょっと、ほら、後ろ髪を引かれる演出とかあっても……。
「では皆様、少しトラブルもありましたが向かうとしましょう」
ベズリーシアがそう号令をかけると、老人達はやれやれ、とかボヤキながら部屋から出て行った。
その中でぼそりと。
まさかリリス様に露出癖があったとはの。
という言葉が耳に入ってきてしまった。
「リリス先輩もよければ同行しませんか? 伝説の僧侶様がついていただけると自分達の士気もあがりますし……え! ど、どうして無言で蹴ってくるのですか! や、やめてくださいまし!」
「それで。これはどこに向かっているの」
小屋を抜けだしてからしばらく森の中を放浪し始めた。
老人たちは談笑しつつ森の中を見渡しながらあるいており、リリスとベズリーシアはその後をついて歩いていた。
……まぁなんとなく皆様方の装備を見れば想像はつくけれども。
「この辺に残っている魔物の掃討、また山賊だとかそういった脅威がいないかの見回りであります。どこへ向かっているとかはありません」
その背中にはショットガン、ナイフ、ボーガンといった物騒なものが吊るされている。明らかに誰かとの戦闘を想定している。
「なに、そんなにこの地域は危険なの?」
「この辺に限らず、ここ最近は魔物が激減している分、山賊とかそういう悪い人達が増えていますね」
そうなの?
てっきりミッドベジリアとか王都付近だけの話だと思っていたけど。
そうか。さっきの悪漢に襲われたという話も強ち冗談で済まなかったのかもしれない。
出くわした人がベズリーシアで本当に良かった。
「この近くに村がありますからね。なので時々村の人達と一緒に森の見回りをするんであります」
「見回りかぁ」
の割にはあまり頼りにならなそうである。確かに装備は最新鋭だろうけど老人だし。
あ、そうか。そのためのベズリーシアか。
この辺に沸くであろう山賊なんて彼女1人いれば事足りてしまうことだろう。
「それでさ、好きな人とかいるの? できたの?」
ただの森の散歩と成り果てているこの探索に飽きてきたのだろう、リリスは隣のベズリーシアをからかうことに決めていた。
「あ、えっと、その。実は……」
「ん? んん?」
「勇者様です」
「え? あ、へぇー?」
意外?
いや、むしろ想定内?
こういう時どんな反応するのが一番自然なの?
「ど、どのくらい好きなのかなぁ?」
「操を捧げこの身に勇者様の子を宿したいと考えている所存であります」
ガチだ!
サンダラが勇者の事を密かに狙っているのは、いや、密かでもないか。それは知っていたが、まさかベズリーシアもとは。
そんな気配はまるで見せていなかったというのに。とんだダークホースが現れたものだ。
「……ちなみに勇者の居場所を知ってたりするの?」
どうしよう。これで実はずっとベズリーシアの家に居座っていて、それで行方をくらませていました、とかいう結論であったならば。
私のさっきの決意が、探しに行く(笑)みたいな感じになってしまう。
「いえ、自分も知りません。また会いたいと考えていますがそれも敵わず……」
良かった。
このうら若き恋する乙女に先を越されていた訳ではないらしい。
人知れず安堵し、こんな小さい子供相手に自分は何対抗意識を燃やしているんだとリリスは自己嫌悪していた。
さて。
勇者の探索の旅にベズリーシアを加えようとも思っていたが、これだと少しだけ話が変わってきてしまいそうだ。
「……いますね」
「え? な――?」
戦闘が起こるのはいつのご時勢でも唐突であるというのは変わらないらしい。
途端、変貌していた。
リリスの隣に立っているのは恋する乙女の眼差しではない。
かの魔王軍の魔物の群れと対峙し、拳だけでその道を切り開いた。そんな生きる伝説として語り継がれる武道家がそこには居た。