あ、というか自分も脱ぎます!
冷たい。
水が髪を伝って流れ落ちる。
二日酔いの気持ち悪さを洗い流すかのような清清しさ。
滝に打たれていた修行時代を思い出す。アレはエロジジイが透けてる服を見たがってただけかもしれないけど。それでもアレ以来、何かを考えるのには最高の方法だということに気付けた。
身体が冷たい。頭が空っぽになる。だからこそ思考はクリアだ。
サンダラは言った。切り替えないと、と。
現に冒険者の頃にあったやんちゃっぷりもナリを潜めて、今では立派に腰を据えた亭主子持ちである。
ベズリーシアも今では普通の女の子である。神童と言わしめたあの武道家としての雰囲気も今は感じない。
そう、強くなることに意味がなくなってしまったのである。
確かに各地方にはまだ魔物がいないこともない。
だが魔王という最大の統率者を失った魔物達に大きな動きも見受けられず、国の軍隊が少しずつ駆逐していっているという話だ。個人が頑張る必要もない訳だ。
回復を担当する僧侶は魔物との争いが起きずとも、常に必要とされているのである。
だからこそリリスは自分を変えるきっかけを掴めずに、ただのうのうとなすがままに冒険が終わってからも生きてきていた。
それが良くなかった。自分で考えることを放棄していた。世界が変わっていったことに気付けなかった。
いや、そんなものは言い訳だ。変わるのは世界なんかじゃない。いつだって自分自身だ。
「なんだろ、私だけばっかみたい」
いつまでも受身の人生で。いつまでも冒険者気取りで講演会なんてものにまで借り出されて。
そのくせ勇者への恋愛感情をいつまでも押し殺していて。
魔王を倒し終えたとき、しばらく色々の国へ召集されることが続き、とても普通の生活ができるようなものではなかった。
それも段々と落ち着きを見せ、次第に呼び出されるのは取り巻きのリリス達を除く勇者だけとなっていった。
だから勇者が落ち着けるようになってから。世間が落ち着いてからこの感情をぶつけてやろうと自分に言い聞かせていた。
地元の教会で働きながら、その機会をずっと伺っていた。
そして――3年が経ち、気付けば勇者も失踪していた。
それから半年は待ち続けていた。
何かの手違いだと。ひょっこりいつか帰ってくるのではと思い続けていた。
……それが間違いだ。
思い続けるだけでは変わらない。
勇者が見つからないのであれば見つけてやればいいじゃないか。
「決めた」
身体が冷たい。
思考はクリアだ。
頭によぎる考えはひとつだけ。
「勇者を見つけやる」
どうしてそんな簡単なことを思いつかなかったのだろう。
さしあたって教会に休職願いを出すことから始めよう。取り敢えず1年間くらいぶらぶらと世界を回っても困らない程度のお金は貯蓄できている。
ならば次に問題になるのは何か。
それは火力だ。各地の魔物は激減しているが、一方で山賊や盗賊団が多く形成されている土地も増えてきたとか。
そんな集団に太刀打ちできる味方を用意しなければならない。伝説の僧侶とて対集団戦となっては勝ち目が薄い。
ぱっと思い当たるので仲間候補は2人いる。というか直近で出会った人物2名なのだが。
サンドラは厳しいだろう。お腹に子供がいるとか言ってたくらいだ。ならばベズリーシアはどうだろうか。
……というか彼女はこんな山小屋で何をしているというのか。キノコ狩りでもしてたの? どうやって生計立ててるって言うの?
謎である。この3年間何やっていたのかも謎だし。
それでも武道家としての腕は間違いない。当時まだ10歳いくかいかないくらいの子供であったが、討伐した魔物は数知れず。その片鱗が今もまだ残っているというのであればこれほど頼れる仲間もいない。
残っていればの話だが。
……きびしそうだな。
でも駄目でもともとか。
シャワーの水を止めて、あらかじめ借りていたタオルで身体を拭く。
汗を流せたからか、二日酔いも少しはマシになった気がする。
ミニタオルを頭に巻きつけ、バスタオルを身体に巻きつける。
そのまま勢いよく風呂場のドアを開けた。
「待たせたわね! ベズリーシア! 早速で悪いんだけど頼みごと……が……」
目に入ったのはイスに腰掛ける3人の老人。そしてしまった! という表情のベズリーシア。
「おぉ、リリス様でねぇが。こりゃあ良いものみれただぁ」
「んだんだ、眼福眼福」
「あの! その! リリス先輩、すいません! 自分が一言注意していれば……! あ、というか自分も脱ぎます! 折半いたしましょう!」
…………っ!
急いで風呂場に引き返し、その場でリリスは膝を抱えて蹲るのだった。