魔法のローブ洗った?
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「あーもう、お母さーん! また私の魔法のローブ洗濯機で洗ったでしょ!」
「え? そうだっけ?」
「そうだよ! ホラ! こんなんなっちゃって! 私が手洗いするつもりで置いといたのにぃ」
バっと拡げてから、このローブをこんなことにしてしまった張本人である母に見せ付ける。
あーあ。シワだらけになっちゃったよ。
これ3875Gもしたんだよ?
「もーうるさいね! そんな文句ばっかり言わんで手伝い! ほれ!」
いや、ほれ! って箒渡されても。
「お母さん、私これから出かけるっていったじゃん!」
そのまま箒をポイっと返して私は自分の部屋に戻っていく。
このままでは僧侶らしからぬ格好で講演会にいくことになるんだけど。
なに、パーカーにジーンズで行ってもいいものなの? いや、よくないっしょ。
何か別の策を練るしかない。
衣装ダンスを開けて中を漁る。薬草とか布の服とか出てくるけど、今はそんな……あ、ちいさなメダルみっけ!
「ってちがうでしょ! あーもう! 何かそれっぽい服なかったかなぁ?」
シルクのローブも持ってたけど穴空いたから売っちゃったし、きわどいローブなんて着て講演会なんて行ったりしたらそれこそ大恥だ。
「部屋はいるよ」
「もーお母さん今慌ててるんだからちょっと後でにしてよ!」
「あんた……下着姿で何しよるんね……」
呆れた声が聞こえる。たまたま鏡に映った今の自分の姿をみたけど、反論することはできなかった。
「お、お母さんが洗濯しちゃうからだよ!」
「ならなんで今着る時になって文句いうんね! どうせアンタのことやけ、洗う予定で放っておいたものをそのまま洗わずに着るつもりやったんやろ!」
「う、うぐ」
それは否めない。
久々に取り出したローブが汚れていて、それで後で洗うつもりがテレビを見ちゃっててそのまま忘れてお風呂入って寝ちゃったのである。
「もーそんなんやけ結婚できんのよ。ほら、アンタと同期の盗賊は結婚したやろ? 確か」
「アイツは妥協したんだもん。私はしたくないだけだし」
そう、妥協だ。
私の恋のライバルであったアイツは全く見ず知らずの男と結婚していて、今は専業主婦に準じているのだというから驚く。
近々第二子の出産予定もあるかもとか言ってたっけ。
もういいや、これ着ていこ。紺色のパーカーでフードを目深に被ればそれっぽい、今風な僧侶としてみなしてくれるだろう。
「妥協したくないって……でもアンタの好きな人は……」
「もういいって! それじゃ行って来るから!」
服に袖を通しながらクローゼットから杖を取り出す。うぇ、すごい埃。
部屋の入り口で立っていたお母さんを押しのけ私は階段を駆け下り家を飛び出す。
今日講演を行うのは隣国に新しく設営されたホールであり、聴衆はおよそ1000人とかなんだとか。
開始時間まであと5分くらいであり……まだ少し余裕があるけど早めに現場に向かっておくのも悪くはない。
魔法を唱えひとっとびである。着地の時に若干足を挫き3ダメージを負ってしまったが、そこは僧侶の出番である。簡単な魔法を唱え即座になかったことにする。……おかしいなぁ、現役時代ならこんなことなかったのに。
ホールの裏側からそそくさと入場し、そして即座に……マイクを手渡された。
どうやら私は時間を勘違いしており、開始時間を既に5分すぎていたらしい。というか家の時間が若干ずれていたらしい。
取りあえず平謝りし、そして背中を押され舞台へと立った。
ちらりと目に入った題目は、魔王を討伐した伝説の勇者のお付き添いの僧侶リリスの講演、だった。
何それ、分かりづらくない? 本当にセンスない。近頃のラノベか。
はぁ、とため息を内心で吐きながら、ステージ脇の階段を登る。
私の姿が見えるのと同時に大きな歓声、それとすばらしい量の拍手で迎え入れられた。
あぁ、みんなありがとう。5分も遅刻したけどブーイングとかなくてよかった。あとこの衣装が思ったよりもハズしてなくてよかった。
どこか照れくさい気持ちでマイクを持ち上げ観衆に目を向け――、
――青い景色が広がった。
屋外のホール端から端まで見下ろせる光景。
丁度視界の半分より下は人の顔、それより上は真っ青な空がどこまでも遠くまで流れている。
あぁ。
なつかしい。
あの冒険の頃が。
目を閉じて思い出に浸るのは簡単だ。
だけどそれはもう少し後にしよう。そうだ。今日はあの生意気な盗賊を誘って飲みにでも行こう。たまには思い出話に花を咲かせるのも悪くはない。
ざわついている聴衆が目に映る。
今は昔をなつかしんでいる場合ではない。
言葉を発するため、空気を吸い込む。
さしあたって――、かの地にて洗礼を受けた伝説の僧侶、リリスの言葉はこんな文言ではじめる事にしよう。
「魔王がいなくなってから、早3年。そして――伝説の大勇者が失踪してから半年が経とうとしています」