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第五話*笑顔の理由


 生誕祭の午後、リーニャはそわそわとしながらクダラを今か今かと待っていた。細かく身なりを整え、どこか変な所はないか、何度も念入りに確認する。その姿を眺めながらカダは呆れたようにため息を吐いた。


「なんですか、恋人でも来るんですか?」

「なっ、なにを言うか! クダラは恋人ではないぞ!?」

「ふーん、クダラっていうんですねその人。どうでもいいですけど、後ろの髪留め曲がってますよ」

「なんじゃと!?」


 自分で見えない位置なのでリーニャがわたわたしているとカダが近づいて、髪留めに手をかけた。


(なんじゃ? やってくれるのか? 実は結構いい奴だったりする――)


 するりと髪留めが外れて、きっちりと結わいでいた髪の毛がほどけてしまった。漆黒の艶やかな長い髪が流れるように床につく。


「な、なにをするのじゃ!?」

「髪はきっちり結ってあるよりほどけてた方が俺の好みです」

「そなたの好みなぞ知るかあぁぁっ!!」


 せっかく女官達に綺麗に結ってもらっていたというのに、がっくりとリーニャは床に膝をついた。自分で髪を結えるほどリーニャは器用ではない。クダラと共に過ごすことは煩い女官達には内緒にしておきたいことなので今ここで彼女達を呼ぶこともできなかった。


(くっ、こやつやはりわらわのこと嫌いじゃな……)


 リーニャの一番痛い部分を確実に突いてくる彼に彼女は頭の痛い思いだった。

 仕方なく解け髪のままクダラを待っていると約束通り、室にクダラが迎えにやって来た。

 室に入って来たクダラは、綺麗に着飾ったリーニャを見て、一層微笑みを深くすると丁寧に礼をとる。


「このたびはお誕生日、おめでとうございます。姫様」

「う、うむ、そなたも公務ごくろうであった。さあ、行こうか」


 手を出せばクダラがその手をとってくれる。いつもは恥ずかしくて手を繋ぐなんてことはしないが、今日は特別だ。リーニャの私室からクダラの部屋まで人払いをしてあるので誰かに見咎められることもない。ゆっくりと幸せを噛みしめながら歩いていると、ふいにクダラがリーニャの髪に触れた。


「姫様、今日は髪を降ろしているんですね」

「へ、変じゃろ? これはあやつが……」

「いいえ、とても綺麗ですよ。実は私、しっかり結ってあるより解けた髪の方が好きです」


 衝撃の告白にリーニャは目をむいた。


(馬鹿な! クダラとカダの好みが一緒じゃと!?)


 互いに美しい容姿を持つが内面は正反対なように思える。方やどこまでもリーニャに甘く優しいクダラ。方やいつでもリーニャの命を狙う意地悪なカダ。なのに女性の髪形の好みが一緒とはこれいかに。

 リーニャが悶々と唸っていると、クダラはちらりと後ろへ目をやってからリーニャに視線を戻した。


「銀の美しい少年、彼は白影の子ですね。どうしたんです?」

「ん? ああ、カダのことかの。あれは式典の時にロウ・リュウから贈り物として受け取ったのじゃ」

「そうですか……宰相殿が奴隷を」


 クダラはどこか考え込むようなそぶりを見せてから、いつも通りの優しい笑顔をリーニャに向ける。


「彼は、姫様と歳が近そうですね」

「うむ、札を見たがどうやらわらわより二つ上の十二のようじゃの」

「姫様に歳の近い友人ができて安心しました」

「――友人じゃと!?」


 クダラの思いがけない台詞にリーニャが驚きの声を上げると、彼も驚いて目を瞬いた。


「え? 違うんですか?」

「あやつはわらわの護衛じゃ。友人などでは……それにわらわは嫌われておるからの」


 先刻の出来事を思い出して悄然と肩を落としたリーニャにクダラは空いている方の手でその頭を優しく撫でた。


「では、仲良し作戦を練らねばなりませんね」

「……仲良し作戦?」


 リーニャが首を傾げると、クダラはにっこり微笑んだ。




 どうしてこうなった。

 薬師用の質素な離れの部屋でリーニャはお茶を飲んでいた。それならそもそもの目的を果たしていると言ってもいいのだが、彼女の向かいに座っているのはクダラではなく――なぜかカダだった。

 カダは仏頂面で出されたお茶を睨んでいる。

 ちらりと横目で見ればクダラは二人を席につかせて自分は少し離れた所で立って笑顔を浮かべていた。


 リーニャは、クダラと二人きりで静かなお茶の時間を楽しむつもりでいたのだ。その計画にカダは入っていなかった。けれどカダはここにいて、クダラにおもてなしされている。


「……カダよ、なぜ……いる」

「俺はあなたの護衛なので。どうぞお気になさらず空気とでも思っておいてください」

「堂々と席についてお茶をいただいとる空気がおるかい……」


 そう苦言を零せば、カダは頭痛を抑えるかのようにこめかみに指をあてた。


「俺だって奴隷護衛らしく壁についているべきだと思いましたよ? けど……」


 カダもちらりとクダラを見る。クダラはずっと笑顔を浮かべたままだ。カダは逆に苦い顔をした。


「流れるようにこんなことに」

「……これではクダラとお茶というより、カダとお茶になってしまう……」

「悪かったですね、邪魔して」


 空気がどんどん重くなる。

 せっかく勇気を出して長年言えなかったお誘いをしたというのにこれではぶち壊しだ。リーニャはがっかりと肩を落とした。どうやらクダラはリーニャの言ったことを気にしてカダとの間を取り持とうとしてくれているようだが、二人の間には根本的な溝がある。お茶をして仲良し、とは簡単にいかないのだ。


(わらわがカダを傍においているうちは、カダはわらわに気を許さぬ……)


 彼はなによりも自由を望んでいるのだから。


 楽しくなるはずだった誕生日の午後は、憂鬱なまま過ぎて行った。




「うぇん……クダラとお茶あぁぁ……」


 自室に戻るなりリーニャは寝台に突っ伏してめそめそしだした。クダラの部屋を出て、送ってくれた彼が笑顔で退室するまで気丈に振る舞ってはいたが、クダラがいなくなるとすぐにこれである。

 カダは面倒臭そうに溜息を吐いた。

 結局、リーニャの念願だった『クダラと二人きりでお茶』は叶わず、カダと重苦しい空気の中、味が分からなくなった茶を飲み続けるという苦行を強いられ彼女の心はすでに漬物石より重くなっていたのだった。

 しかしここにリーニャを慮って気遣う優しい言の葉を送る人間などおらず、その背をさすってやろうとすら彼はしなかった。これがクダラならどろどろに甘やかすのだろうが、今回は心労をかけた張本人である。彼が大好きなリーニャですら、今ばかりはガタガタと彼の胸ぐらを掴んで激しく揺すり、『このばかちんがーー!!』と叫びたかった。


「……ひとつ、聞いても良いですか?」

「ずびっ――なんじゃ……」


 優しさの欠片もない声音が聞こえ、不満そうに顔を顰めながらもリーニャは少しだけ顔を上げた。視界に映ったカダは入り口近くの壁に背を預けて座っている。相変わらず美しい容貌は冷ややかでリーニャのことなどどうでもよさ気である。


「あの人、なんなんですか」

「? 質問の意図が分からんのじゃが」


 こてんと頭を傾げてみせると、カダは面白くなさそうに目を眇めた。


「家名がないところを見ると、奴隷ですよね?」

「うむ、わらわが三つの時に父上が連れてきたのじゃ。それがどうかしたのか?」

「…………なぜ、笑っているのでしょうか」


 増々意味が分からなくてリーニャは首を傾げた。

 クダラはいつも笑顔だ。なにを言われても、なにをされても大抵は穏やかな優しい笑顔を浮かべている。怒っていることなど一度も見たことはない。困ったような顔は度々見るが頻度は低いだろう。

 いつでも、どこでもリーニャを甘やかす。優しい人。


「≪幸せな奴隷≫なんて、存在しません。人間に無償の愛や優しさなんてない。もしも現実にそんなものがあるのだとしたらそれは――――」

「カダ」


 リーニャはむくりと起き上がり、カダの言葉を遮った。

 続く言葉はきっと、クダラの人格を否定するものだろうから。


「まんじゅうでも食べるかの」

「え?」


 ごそごそと棚の中からまんじゅうを取り出して卓の上に乗せた。


「カダ、こっちに来るがよい。共にヤケまんじゅうといこうではないか」

「……意味が分からないんですが」

「腹が減っておるから変な事を考えるのじゃ。甘いもので腹を満たせば身も心も落ち着くというものじゃろう」


 渋るカダを無理矢理座らせるとリーニャはまんじゅうを取り分けた。そしてさっそくぱくりとまんじゅうを頬張る。


「うむ、おいしいのう」

「…………」


 笑顔でまんじゅうを食べるリーニャの顔をカダはじっと見つめた。それに困ったように彼女は苦笑する。


「不満か?」

「……いいですけど別に」


 といいつつやはり不満そうにカダはまんじゅうを食べた。


(……笑顔の理由……か)


 実の所、リーニャにも良く分からない。

 彼と出会った初めの頃、クダラは今のようでは決してなかった。無表情で、無感情、まるで綺麗なお人形さんのようだと思ったものだ。

 それがいつの間にか、笑うようになった。

 いつからだったか、なにがきっかけだったのか、思い出せないが。


 ≪幸せな奴隷≫などいない。

 その言葉が、ずしりと重みを帯びてリーニャは不安をはらうようにまんじゅうを頬張った。


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