レクリエーション!
若人の未来を祝福するかのような突き抜けた晴天に恵まれたその日。
光陵館学園の生徒は生徒会主導のレクリエーションに興じる事になった。
一年は七希の提案の元、宝探しをすることになっている。
「並べゴミ虫ども!」
『アイ、マム!』
そんな空の元、可憐かつ鋭い声が空気を裂いた。
「報告!」
「報告! 一組29名、事故なし!」
整然と整列してみせたクラスメイトを代表して、武田が声をあげる。
事故というのは、なんらかの事情でこの場に居ない者という意味だが、幸いこの場にはクラスメイト全員が揃っていた。
整列、報告、その機敏な動きに七希は満足そうに頷いた。
天を見上げんばかりに胸を張って整列したクラスメイトの前を、後ろ手を組んだ七希が値踏みするように眺めながらゆっくり歩く。
「武田ぁ! 早朝ランニングは辛かったか!?」
「アイ、マム! 朝飯前であります!」
一年一組内部組男子、武田は既に七希に服従していた。
この男もなかなかのエリート君であったが、そんなことはどうでも良かった。
むしろ喜んでいた。
彼はブタなのだ。
七希に踏まれる、ただそれだけで良い。
その潔さ、男の中の男だった。
武田の凛々しい姿に、クラスメイトの男子たちは目の端に光る物を浮かべていた。
「柴崎ぃ! 貴様の震えた腕立て伏せは笑えたなぁ! 地面にこすり付けて興奮していたのか、この芋虫野郎が!」
「ア、アイ、マム! 自分は地面に興奮する芋虫であります!」
罵倒されて男共はうっとりした。
無理も無い。
口汚いが、七希の容姿は絵画を切り取って来たのかと見紛う程のクオリティなのである。
そんな彼女の口から、ちょっと卑猥なあれやこれやが紡がれようものなら、思春期男子がノックアウトするのも致し方なかった。
「ほ、本条さん?」
「……先生、許可なく喋る事は許されない。2度はありません、水を差すのは止めて頂きたい」
「ひっ、す、すみません~」
親御さんからクレーム来るんじゃないか?
怯える担任教師29歳、小峠女史は七希の一睨みに退散した。
しかし横暴とも言える七希の振る舞いに異論を唱える軟弱者は、この場にいなかった。
ここにいるのは戦士なのである。
そう、謎のブートキャンプを開催した七希に仕上げられた猛者なのだ。
キャンプ期間はレクリエーションまでの一週間。
早朝走り込み、昼の筋トレ、夕方からのサーキットトレーニング。
仕上げは休日の合宿形式の体力強化トレーニング。
学園施設には合宿所が用意されており、トレーニング施設は超一流。
七希は生徒会権限で合宿を申請した。
そこで繰り広げられた地獄絵図。
酸欠でリバースする者が多発するという鬼のメニュー。
いずれも自由参加だったが、クラスメイトは不思議と全員参加した。
辛いメニューを励ましながら、支え合いながらクリアした一年一組はレクリエーションをするまでもなく、一体感が生まれていた。
「桜庭ぁ! 足が震えているぞ! お漏らしでもするのか!」
「武者震いです、本条さん!」
一年一組外部組女子、桜庭は筋トレの後遺症――つまり筋肉痛――で振るえる足を手で叩きながら、笑って応えた。
そもそも外部組にとって七希は希望の星である。
決して体育会系ではない桜庭だったが、七希に付いて行きたいという想いが訓練をクリアさせた。
そんな一年一組に、いまさら外部組内部組という垣根は無くなっていた。
人間同じ目的に向かって血反吐を吐きながら進んでいる時、隣にいる者は友である。
「ふ、よく耐えた! 今この時を持って貴様らはゴミ虫から卒業する! 戦士だ!」
『アイ、マム!』
「貴様らはこれより最大の試練に挑む! 失敗すれば死ぬ。ヘマをすれば死ぬ。怖気づけば死ぬ。気分はどうだ!」
『アイ、マム! 最高であります!』
「貴様らは戦士だ! レクリエーターだ! 危険を冒す者が勝利する!」
七希は一度言葉を切って、ゆっくり戦士たちを見回した。
その顔には自負がある。
シゴキに怯える弱卒など誰一人いない。
それを確認して、七希は大きく息を吸い込んだ。
「勝つのは誰だ!」
『一年一組!!』
「誰よりも血反吐を吐いたのは!?」
『一年一組!!』
「戦う準備は!?」
『とっくにできている!!』
「狙うは一つ!!」
『優勝! 優勝!! 優勝!!!』
「気合いを入れろ、いくぞおおおおお!!!」
『うおおおおおおおっ!!!』
おーらい、いい出来だと七希は口角を吊り上げた。
その獰猛な笑みにも武田はうっとりした。
「状況を開始する! ついて来い、駆け足!」
ブートキャンプを乗り切った彼ら、彼女たちは一糸乱れぬ列を作って七希の後に付いて行った。
目的地は光陵館学園の広大な敷地で開催されるレクリエーション会場である。
「せんせ、どんまい!」
その列に唯一加わらず――終わった、私の教師人生ここで頓挫しちゃった、もうダメだ、とさめざめと泣いている――小峠女史の肩を励ますように叩いたのは、由紀だった。
「藤間さん! あなた、本条さんの幼馴染でしたよね!? もうちょっと、もうちょっとだけ大人しくなったら、先生嬉しいなぁ~なんて! どうにかなりませんか!?」
「でも、ななちゃんのおかげであたし、男と男の友情が堪能できました! ハードな訓練に泣き崩れる男! 励まし合う男! ぶつかり合う男! 肩を組み合う男! マッサージし合う男! 腹筋を見せ合う男ぉ! ごちそうさま!!」
小峠女史はうなだれた。
ああ、この子もダメな子やった、と。
◇■◇■◇
光陵館学園の敷地は広大だ。
写生や写真、芸術を志すものにインスピレーションを起こさせるため。
運動部に身体を鍛えさせるため。
学生たちの高い目的意識に応えるのが、この学園の流儀である。
「良いか、私は主催者側だ。貴様らを依怙贔屓してやる訳にはいかん。武田! 貴様が指揮を取れ! できるな?」
「アイ、マム! やってみせます!」
武田が誇らしげに一歩進み出た。
「隠された宝は全部で10個、それを見つけるのが貴様たちの試練だ。クラス毎に持ち帰れる宝は一つ! 見つけやすい物には低得点、見つけにくい物には高得点がつけられている。隠し場所のヒントはフィールドに散りばめられている。それを参考にして宝を探し出せ!」
『アイ、マム!』
クラスメイトが肘を立て、こめかみに手を付ける。
その見事な敬礼に七希も敬礼で返す。
もはや言葉は必要なかった。
ハンドサインを出した武田に従って、一年一組は整然と宝探しに取り掛かった。
「ふぅ」
「ふぅ、じゃありませんわよ! 何なんですの、あの軍隊みたいな行動は!?」
「なんだ、金髪か」
異様な雰囲気を醸し出していた一年一組の出発と入れ替わる様に、四楓院みやびが七希に詰め寄って来た。
自慢の金髪巻き毛をなびかせて。
「お前こそ、七組は良いのか?」
「良いのかって、これは何なんですの!? レクリエーションなのではなくて?」
「レクリエーションという名の戦場だが?」
「意味が分かりませんわ!」
七希は顔がくっつくほどに詰め寄ってくるみやびの額を指で突いて距離を取る。
青い瞳が眩しそうに太陽に輝いていた。
「近い、口を塞がれたいのか金髪」
「ふさっ!? や、やっぱりあなた、その気があるんですの!?」
毛?
首を傾げながら、そういえばと七希は手を打った。
「時に金髪」
「四楓院みやびですわ」
さりげなく訂正を入れてくるみやびに分かったと頷く七希。
みやびは少しだけほっとした。
「胸毛は好きか?」
「どんな質問ですの!?」
一体これは何だ、試されているのか?
この質問には、何か深い意味でもあるのか?
業腹だが、仮にも相手は学園一の才媛である。
みやびは咄嗟に返しそうになった返事を飲み込んで、答を考えた。
「つ、つるつるよりかは男らしいのではなくて?」
「つまり好きだという事か?」
「……一概に嫌い、だと決めつけるのも、良くは無いと言うか」
本当は苦手である。
お嬢様として育てられたみやびは、どちらかというと少女漫画に出て来る様な王子様みたいな男が理想だった。
胸毛がふさふさした野性味のある男は守備範囲外である。
しかし七希の質問に素直に答えるのは憚られた。
ちょっとした天邪鬼だ。
――そして次の七希の行動に「ぎょっ」とした。
「ななな、何をしていますの! はしたない!!」
レクリエーションなので、七希たちは体操着に着替えている。
その体操着の胸元を七希は自分の手で引っ張って覗き込んでいた。
簡単に言えば、自分のおっぱい覗いていた。
「あははー! 四楓院さん、ごめんごめんー、ななちゃんが失礼しました!」
その馬鹿げた行動を後ろから抱きしめるようにして諌めたのは由紀である。
「由紀、なぜ止める」
「ななちゃんがおかしな行動を取った時は全力で止めます」
「しかし由紀、やはり女は胸毛が好きなのか?」
どちらかと言えば苦手だろ、とみやびは空いた口が塞がらないまま心の中で答えた。
「確かに! あたしと一華さんは毛深い男は魅力的だよね、世の中の女の子は実は皆そう思っている、と言いました」
「うん」
何言ってんだこいつ、とみやびは心の中で突っ込んだ。
「そしてななちゃんは、四楓院さんにそれを確かめて、やっぱりそうかと自分の胸を覗いた。今の一連の行動はそういう事で合ってるかな?」
「間違いない」
確認するまでも無いが、七希の不幸は身近にいた女子が一華と由紀だったことである。
「だがやはり私にその可能性は無さそうだ」
「うんうん、ななちゃんのそこにあるのは、たわわに実った何かだよ。ふさふさしたものは生えてこないんだよ、残念ながらね」
神妙に、由紀は頷いた。
「由紀、私はこの金髪は――」
「四楓院みやび!」
再度注意する。
みやびはあきらめない。
「ああ、四楓院――言い難いな、金髪で良いか?」
「良い訳ないでしょ!」
「じゃあ、みやびちゃんで良いんじゃないかな?」
「そうだな、ではみやび」
「……何なんですの、この強引な展開」
厄介だ、こいつらはとても厄介だ。
みやびは確信した。
「みやびは可愛いと、私は思う」
「――んなっ!?」
あまりにも突然の予想外の言葉に、みやびの心臓が跳ねた。
「うんうんっ、そうだねそうだね!」
「だが、私は……やはり身体に心が引きずられているのか……? それが心配なんだ」
「ははぁん、ななちゃん、みやびちゃんに欲情しようと頑張ったと?」
「欲情!?」
みやびちゃん!?
こいつらはどこまでこちらを揺さぶってくるのかと、みやびは現在進行形で動揺する心を落ち着ける。
そうだ、これこそが作戦なのか?
こちらの動揺を誘って時間を潰し、七組を敗退に追い込もうとしているのでは?
実際このレクリエーションは遊びにも関わらず、順位がつく仕様になっている。
ゆとり教育も真っ青の、遊びにも競争が盛り込まれた行事なのだ。
「――騙されませんわよ、本条七希! と……」
「藤間由紀で~す」
「こほん、本条七希に藤間由紀! この勝負、わたくし達七組がもらいますわ! ここで油を売るのはお終いです! その手には乗りませんわよ!」
宣言するや否や、みやびは脱兎の如く去って行った。
引き止めるも何も、呼んでも無いのに近づいて来たのはみやびだったのだが。
そして周りで首を伸ばして様子を見ていた男子どもに一睨みをしていく事も忘れない。
四楓院みやびに睨まれてはたまらない、そう思って見物客は散り散りになった。
由紀は横目にそれを確認して、小さく微笑んだ。
「感謝しなよ、ななちゃん」
「? 良く分からんが、やはり私は……女、なのか……」
「う~~ん」
本条七希は滅多な事ではブレない。
ただ、時々不安定になる『日』がある。
もちろん色々分かっているので、由紀は野暮なことは突っ込まない。
「ななちゃん、あたしの事、好き?」
「――好きだ」
即答した。
その迷いの無い真っ直ぐな視線を受け止めて、由紀は面映ゆくなる。
「あたしもななちゃんの事、好きだよ~。友情とか愛情とか、男とか、女とか、とりあえず今はいいんじゃないかな? そのうち答えも出るんじゃないかと、あたしは思うよ!」
そしていつもブレない強さを持っている由紀に、七希は安心した。
「……うん、由紀にはいつも助けられている」
「幼馴染、だからね!」
幼馴染は負けフラグ?
そうとは限らない。
「さ、行こうよななちゃん、皆の様子を見にね!」
「ああ、そうだな」
差し出された手を握って、本条七希は歩き出す。
その手の温もりに深く安心する。
やはりまだまだ未熟だな、そう思うが同時に違う感想も抱いていた。
こういうのも、悪くないと。
柔らかな笑顔を浮かべた七希は、戦士たちの戦場に向けて足を踏み出した。
◇■◇■◇
――ちなみにその柔らかな七希の笑みを、偶然ながら目撃した者が居た。
「……七希さん」
「お~い、誠也、行くぞー」
純情少年は羽原に首根っこを掴まれて引きずられながら戦場に向かった。