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逃がさない!

 良く晴れた日曜日。

 カーテンから覗く朝日は眩しく、小鳥のさえずりも絶好調な春麗らかな朝。

 七希はベッドに潜り込んだまま、目を瞑ったまま下腹部に触れてみた。


 「生えてない」


 いい加減観念して欲しいが、未だに七希は希望を捨てていなかった。

 この確認は毎週日曜日の儀式のようなものである。

 最期に残っているのは災いなどではない。

 七希はそう信じている。

 確認が終わると、潔く身体を起こして伸びをした。

 今日はレクリエーション用の小道具の買い出しに行かないといけない。

 わざわざ休みの日に、というところだがこの辺りやる気になると本気である。


 「……」


 パジャマをベッドに脱ぎ捨て、姿見の前に立って七希は自身をなんともなしに眺めた。

 同年代の女子よりも豊かな胸。

 くびれた腰回り。

 引き締まった二の腕に、ふともも。

 男子が見ればよだれもの。

 女子が見ればため息ものの見事なプロポーションである。

 もちろん、そんなものを見ても七希自身はまるで興奮などしないが。

 自分を見てもという感覚はもちろんだが、姉と由紀に鍛えられて女子に免疫ができすぎた。

 それは姉と幼馴染の女の子として生きて行けるように、という優しさと好奇心とやっぱり好奇心による語るも涙の過酷なトレーニングの賜物である。

 体育の時間に女子更衣室で同級生と着替えることなど朝飯前である。

 ふと、雑誌で見たままの適当なポーズをとってみる。

 そのまま紙面を飾るレベルに違いなかったが、七希は首を傾げた。


 「なぜか虚しい……なぜだ?」


 いまさら男に戻って大丈夫か?

 そんな平和の日曜日のひとときだった。




 ◇■◇■◇


 白のインナーに白のショートパンツ、それにデニムシャツを羽織って七希は買い物に繰り出した。

 脚線美が見事に強調されたいでたちに、足元は動きやすいようにヒールではなくグレーのショートブーツを履いている。

 ローキックにも喧嘩キックにも対応した足元装備である。

 これは女装なのではないか?

 そんな事を考えた時期もあった。

 だがしかし、郷に入れば郷に従え。

 もっともらしい事を言う2人の前に、七希が屈するのにそう時間はかからなかった。

 細かい事にはこだわらない。

 そういう事にした。


 「激安の殿堂に行けば、なんでも揃うか」


 故郷と違って人が多い。

 休日ともなるとそれが顕著で、いささか辟易する。

 そんな都会の街を颯爽と歩き抜け、怪しいスカウトを無視し、しつこい男と鬼ごっこをし、軽い運動を兼ねたランニングが終わる頃に目的地に着いた。

 店内に入ると商品がごった返していた。

 これは並べられているのか、間違えて物置の倉庫に入ったのか、そんな雑多な印象の店内を闊歩する。

 目に付いたメリケンサックを手に取ってみる。

 しかしこれは邪道だ。

 鍛え抜かれたこの拳で全てを貫いて見せる、そう決意した七希はメリケンサックをそっと棚に戻した。


 「あの子、苦労してんのか?」

 「そりゃあの容姿だからな、色々あるんじゃん?」


 それを見ていた周りの人間は七希の振る舞いに、それぞれの中で勝手な納得をしていた。

 次に店内で七希が興味を惹かれたのは、かぶりものコーナーだった。

 そうだ、自分はかぶりものをして生きているのと変わらないのではないか?

 そんな猜疑心が生まれた七希はそれを誤魔化す仮面を手に取った。

 ウソなどウソで塗り潰してしまえ。

 そう思ってそれを装着してみた。

 馬のかぶりものである。


 「臭い」


 独特のゴム臭に、さすがの七希も馬の中で顔をしかめた。

 ただし馬のつぶらな瞳はぱっちり開いていたが。


 「あーっと、ごめんなさぁい――ってぇ、何で避けてんのよぉ!!」


 いきなり馬ヅラをした七希の背後からタックルを仕掛けてきたのは七希にとっては見知らぬ少女、桐生涼音である。


 「馬鹿が、気配が尖り過ぎている。避けてくださいと言っているようなものだ」

 「うっさいわね! この馬ヅラ女! 気配とか何なのあんた!? そんなかぶりものして何で後ろの事が分かんのよ!?」

 「コツを掴めば簡単だ」

 「んな訳ねーでしょ!」


 小さいが態度はデカい。

 桐生涼音は兄の居ない所ではいつも絶好調である。

 七希はよいしょと馬のかぶりものを脱いだ。


 「誰だお前は」

 「あんたに名乗る名前は無いわよ、この泥棒猫!」


 はん、と涼音は決め顔をした。


 「そうか、ではな」


 七希はまるで興味無く踵を返した。


 「ちょいちょちょちょ! 何でそこで帰んのよ! おかしいでしょ、有り得ないでしょ、コミュ症なの、あんた!?」

 「すまない、関わると煩わしい奴だと確信した。それだけだ」

 「そう、それは仕方――なくないわよ!!」


 涼音は小さい身体を命一杯怒らせて地団駄を踏んだ。


 「店内は静かにしろ、チビすけ」

 「誰がチビすけよ! 無駄に発育してりゃ良いってもんじゃないわよ、この色ボケ女!」

 「そうか、おめでとう」

 「適当に聞き流すんじゃないわよ! 聞きなさいよ!!」


 既に興味を無くして相槌を打ちながら移動を開始していた七希に涼音は追いすがる。


 「チッ」

 「舌打ちすんじゃねーわよ! 泣くわよ!?」

 「よしよし、良い子だ。これでもかぶって泣き止め。そして去れ」


 追いすがる涼音の小さな頭に、ズバッと馬の面を被せた。

 ちょっとずれてハマった。


 「くっさ! 前見えないし!? ちょ、待って待って置いてくなあああああ!!」


 騒がしい見知らぬ少女に、七希はため息をつくしかなかった。




 ◇■◇■◇


 「ほんっと信じらんない、ばっかじゃないの、ふんっ! ポテト貰って良い?」

 「勝手にしろ」


 なぜか連れだってファーストフード店に入った2人はお昼を軽食で済ませていた。

 適当なセットを頼んで店内に落ち着いてしばらく。

 涼音は思春期らしい恥じらいを放り捨てて元気よくセットに手を付けていた。

 七希も食わないでは無いが、興が乗らない時は断食も辞さない七希は気分ではなかったのでセットにあまり手を付けていなかった。

 それに狙いを定めて涼音がポテトにパクついた。


 「女々しい奴ねー、ダイエットーとかほざいちゃってるの? それで男の気を引こうっての? ばっかじゃん。ナゲット貰って良い?」

 「好きにしろ」


 元気のいいチビすけだ。

 そんな思いでぼんやり七希は相手を眺めていた。

 短めのツインテールが良く似合う幼さを残した顔、身体。

 元気溢れる性格、振る舞い。

 その元気をそのまま溢れさせたパステルカラーの服装が可愛らしい。

 淡いピンクのフリルトップスにホワイトフレアスカート、それをリボンベルトでアクセントしている。

 女の子だな、という単純な感想が七希の頭の中に浮かんだ。

 見ていて面白い。

 そんな感想の持てる相手ではあった。


 「はぐ、んぐ、あんたみたいなのに、おにーちゃんはやらないんだから、覚えときなさいよ! シェイク注文して良い?」

 「奢るとは言ってない」

 「なんでよ! 年下に払わすとかちっせえのよ! 追加注文くらい奢んなさいよ!」

 「その前に誰だ」


 見ず知らずの誰かを奢るほど七希は隣人愛に目覚めていない。

 それどころか排他的だが。


 「ふふん! 涼音はあの、桐生誠也の妹なの! 桐生涼音よ!」

 「あの……?」


 どのだよ、と七希はツッコミを入れたかったが確かに桐生はそれなりに有名ではあった。

 七希が知らないだけである。

 涼音の兄びいきがひどいのもまた、事実だったが。


 「まあいい、なんだお前は桐生の妹か、チビすけ」

 「涼音だってんでしょ!? ばっかなの!」

 「ふ」

 「なに笑ってんのよ……」

 「中途半端に訓練された犬と、駄犬とではどちらが番犬に向いていると思う?」

 「そんなの知る訳ねーでしょ」

 「おめでとう、駄犬。貴様は優秀だ」


 涼音は口元をヒクつかせた。


 「だ、駄犬ですって?」

 「悪い意味ばかりではないぞ、無駄に愛嬌があり、無駄によく吠えて、無駄に慌ただしい。うむ、優秀な賑やかしだな」

 「~~泣くわよっ!」


 何だかんだ年下である。

 わずか2つしか変わらないが、それ以上に大人びて見える七希の態度に気圧されて、ふいに涼音の涙腺が緩んだ。


 「せわしい奴だな」


 七希は涼音の瞳に溜まった涙が零れ落ちる前に、身体を乗り出して指ですくってやった。

 びっくりしたように目を見開いた涼音の前でその指をペロリと舐めあげた。


 「涙を安売りするな。少なくとも、私の周りの女性にそんな奴はいない」


 一華と由紀が無駄に泣いている所を、七希は見たことが無かった。


 「ばっ、ばっかじゃん! ばかばかばかー!!」


 まさかの行動に目を白黒させて涼音は真っ赤に赤面した。

 動機がおかしい。

 どんな顔をすればいいのか分からない。

 良く分からない気持ちを誤魔化すように、わーっと涼音は喚いた。

 それを見て七希が小さく笑った。


 「君ら、二人で遊んでんの? 俺らもちょうど二人だし、一緒にどうよ?」


 そんな折、どうにも軽そうな二人組の男に声を掛けられて、またかよと七希がため息をつく。

 ――その前に、涼音が暴走した。


 「30点、20点、おととい来やがれっての、ダサ男」

 「……あ?」


 店内に緊張走る。

 七希、ここで初めてため息をつく。

 強気は結構だが、降りかかる火の粉を振り払えもしないのに虚勢を張るのは止めた方が良い。

 テーブルの下で涼音の足が震えているのに、もちろん七希は気付いていた。


 「連れがすまない、彼女は5段階評価で3点と2点と言いたかったんだ。ふ、まぁ、大差ないがな」


 見事に男共の怒りを奪った七希は店内のお客がどうしてそんなに落ち着いている、と言わんばかりにクールに微笑んだ。


 「おいおい、ちょっと顔が良いからって調子に乗ってる? 世の中そんなにあまかねーよ?」

 「貴様も将来ヒモにならんように、しっかり生きた方が良いな」

 「……ははぁん、そう、喧嘩売ってんのね?」


 そっちから絡んで来ておいてよく言う、と思ったがさすがに面倒だったので七希も口にはしなかった。


 「くそが、ここじゃ何だからよ、入口でずっと待ってるぜ? へへ、出てくるまでずっとな?」

 「暇な奴らだ。警察でも呼んでてやるから、さっさと入口に行ってろ」

 「てんめええ!!」


 七希の胸倉を掴んで来ようとした男が幸い返り討ちに合う前に、男共にとっての救いの手がその肩にかかった。


 「――ごめん、俺の彼女と妹が何かしたかな?」

 「いってぇ!」


 肩にめり込むくらい力を入れて掴んだその手の持ち主は。


 「おにーちゃん!」


 部活帰りの桐生誠也だった。

 さりげなく七希の事を彼女と言ったが、それについては幸い皆スルーした。


 「よ、俺もいるぜ、妹ちゃん」

 「んげ……」

 「あからさまな反応ありがと~」


 軽さは負けねえとばかりに長髪に軽い性格の男が桐生の背後から手を振った。

 桐生の友人の羽原達也はばらたつやは嫌そうな顔をした涼音にウィンクを送る。


 「っち、んだよ、連れが居んのかよ!」


 そこまで面倒事を起こしたかった訳でもない二人の男は悪態を突きながらも店内から出て行った。

 おつかれさ~ん、と男共を見送った羽原が涼音の正面に座る人物を見て口笛を吹く。


 「ひゅう、本条七希じゃん」

 「達也」

 「へーへー」


 この羽原も馬鹿だが光陵館学園の生徒だった。

 馬鹿だが。

 スポーツ推薦というやつだ。

 スポーツ推薦でも頭の良い人間はいくらでもいるが、この羽原は馬鹿に間違いなかった。

 ただ、悪い奴ではない。


 「さて、向かえも来たみたいだな。私はこれで失礼する」

 「あ……」


 七希としてはなし崩し的に大人数と一緒するのは勘弁だったので、さっさと席を立った。

 それに残念な顔をしたのは当然、桐生である。

 そして七希の私服を初めて見た桐生は顔を真っ赤にした。


 「くく、誠也はわっかりやすいなぁ」

 「む~~!」


 はやし立てる達也と膨れる涼音に見送られる途中、七希は思い出したように立ち止まって涼音に硬貨を弾いて渡した。

 弧を描く硬貨を、涼音が慌てながらキャッチする。


 「500円? な、何なのよこれは?」

 「褒美だ、駄犬。シェイクでも何でも頼むがいい。なかなか楽しめた」


 勇気を持った人間は嫌いではない。

 七希は小さい身体で勇気を振り絞って声を上げた涼音の事が、少しだけ気に入っていた。


 「馬鹿にして! 駄犬いうな! 餌付けのつもり、泥棒猫!」

 「次に会う時はその吠え癖を直しておけよ? ふ、ではな」


 どうも煩い女と立て続けに出会うな、と七希は店内を後にした。




 ◇■◇■◇


 「で、妹ちゃんはどうして、あの本条七希と一緒に居たのよ?」

 「買い物に来てたら見かけたからに決まってんでしょ」

 「それ、ストーカーじゃん」

 「んな訳ねーでしょ! 涼音みたいな美少女に付きまとわれるなんてご褒美じゃん!」

 「素質満点だねぇ」


 と、入れ替わって席に着いた羽原と言い合っているが、涼音としてはぼ~っとしたまま七希が去った後を眺めている桐生の事が気になって仕方なかった。


 「ぐぬぬぅっ、あのカッコつけの泥棒猫……ずえったい許さねーわよ!」

 「んでもシェイクは頼むのな?」

 「当たり前でしょ!」


 ちゅーちゅーシェイクを吸いながら本条七希許すまじ、と涼音は心新たに誓うのだった。

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