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狙った獲物は?

 光陵館学園には諸々の会議をする為の、ちゃんとした会議室が用意されている。

 長テーブルを四角に並べた席にそれぞれのクラス委員が座り、議長席に七希が着いている。

 1年10クラス、男女クラス委員2名+議長の七希。

 総勢21人がこの会議室に集まっていた。

 七希は早速会長の案を煮詰めるべく、一年のクラス委員を集めたのだ。


 「皆、集まってくれてありがとう。旺盛な食欲を満たす貴重な時間に早食いなどさせてしまって申し訳ない」


 12時からの1時間の休憩の中で12時20分から始まった会議である。

 それほど早食いが要求されている訳ではない。

 むしろ議長が食い足りなかっただけである。


 「さて、時間も無いし早速始めるとしよう。手元に配っているプリントに目を通して欲しい。この度、会長殿の提案でレクリエーションが企画されている事は既に通達した通りだ。一年は宝探しを開催する事にした。これは私が独断で決めた事ですまないが、お互いが様子見をするくだらない会議で時間を浪費する、などという展開は反吐が出るほど嫌いなので了承して欲しい。民主主義は時に無駄だ」


 とんでもない人間が生徒会役員になったものである。

 当然はいそうですかと聞き流す生徒ばかりではない。


 「ふざけないで下さいませ! あなたそれでも由緒正しい光陵館学園の生徒会役員ですの!?」

 「黙れよ金髪。おまえこそその校則違反はなんだ?」

 「き、きんぱっ!? これは地毛ですわ!!」


 反旗を翻した生徒。

 それは四楓院みやび、その人であった。

 ここに初めて、二人は対面する。

 出鼻から最悪だったが。


 「染めている人間はいつもそう言うものだ。外に出る部活動で髪が焼けました、などと苦しい言い訳をする。お前は何部に入っている?」

 「ぶ、部活動はやっておりませんわ!」

 「金髪、私は古き慣習に異議を唱えたい気持ちも分からんでもない。しかし会長殿が是正したいのはそういうことではないだろう? 放課後私が墨汁で塗ってやる」

 「だから、地毛ですわ! 聞きなさいよ、本条七希!!」


 のっけから会議が頓挫してしまったが、この展開は集まったクラス委員には予想できた事だった。

 テーブルに着くその他クラス委員は観戦モードである。


 「おいおい、やっぱりこうなったか」

 「四楓院さんにあんなこと言えんの本条さんだけだろ」

 「ていうか、本条さん四楓院さんの事知らないの?」

 「いや、知ってたら金髪がどうのこうの言わないんじゃね?」

 「だよな、何で知らないんだろ」

 「四楓院さんはこれ、絶対ライバル視してるよな」

 「なんか並び立つ者の無い女帝と恐れられた四楓院さんとは思えんよな」

 「なあ」


 ひそひそと話すクラス委員(男子)の面々は言い合いを続ける二人をじっと眺めた。

 じっと。


 「ところで、どっちも最っ高に可愛いよな」

 「眼福だな」

 「だな」

 「お前らどっち派?」

 「大和撫子グラマラス、本条さんに決まってる」

 「金髪貧乳お嬢様、四楓院さんに決まってる」

 「ちょっとこれは甲乙つけがたいよな」

 「だな」


 何が「だな」だよ、とクラス委員(女子)の面々はアブソリュートゼロの視線で男子どもを眺めていた。

 女子にとっても二人は特別なのだ。

 本条七希は『お姉様』であり、四楓院みやびは『お嬢様』なのである。

 どちらも憧れと崇拝を持って接する対象なのだ。

 決して男子の好奇の目で穢されて良い存在ではない。

 本条七希は入学以来圧倒的に目立っているが、それでもやはり四楓院みやびの人気も根強いものである。

 高飛車で少々近づきがたい、という欠点はあるが卑怯な事を嫌い、根は真っ直ぐ優しい。

 そして金髪貧乳という絶対的なステイタスを持っている。

 本人が聞いたら烈火の如く怒りだすだろうが、ステイタスだから仕方ない。


 「ふん、理解した。会長殿の敵はつまり、金髪。お前のような人間だな」

 「て、敵!? 言うに事欠いて、このわたくしが学園の敵ですって!?」


 真っ赤になって立ち上がったみやびに向かって、七希は悠然とした足取りで近づいた。

 無駄に挑発的。

 昔はこうじゃなかった。

 由紀が頭を痛める所である。


 「おい、金髪。貴様名前は何という」

 「!? ふざっけないでくださいませ! 名前ですって!? し、知らないと言うの本条七希!!」

 「知らん」

 「~~~~!!」


 さすがの切迫した事態に、のんびり構えていたクラス委員も息を呑んだ。

 しかし動けない。

 この二人の間に入って行けるほど無謀な生徒は居ない。


 「――いや、思い出した。貴様、確か四楓院とか言ったか?」


 そういえば由紀が何か言っていた。

 七希は今やっと思い出した。

 普通こんな目立つ容貌をした人間など忘れようがないが、七希は忘れる。

 もちろん、自慢できることではない。


 「いまさら――は?」


 四楓院みやびは固まった。

 目の前まで近づいて来た七希が、あらぬ行動をとったからだ。


 「ちょ、ちょちょっ!?」


 一瞬にして、みやびはゆで上がった。

 意味も分からずのぼせ上がった。

 無理も無い。


 ――なぜか七希がみやびの顎に指をかけ、まるでキスでもする様に持ち上げたからだ。


 「ぴーぴー喚くな金髪。私は姉から煩い奴の口の塞ぎ方を教わっている」


 確認したいが絶対に間違っているので披露するのは止めておいた方が良い。

 ちなみに本条一華の趣味は妹もとい、弟の洗脳である。


 「そ、そそそ、それは、どういう……」


 さすがに百合な世界など考えたことも無かったみやびがたたらを踏んで後ずさる。

 しかし、本条七希は武道の達人。

 そんなか弱い動きで逃れられるはずもない。

 壁際まで後退したみやびは、何故か憎き相手に、しかも同性の女の子に壁ドンされていた。


 「四楓院」

 「な、なななな、なんです、のっ」


 一方、観客たちはもはや止めようなどと無粋な気持ちは消え失せていた。

 彼らの、彼女たちの想いは今、一つだった。

 そこに内部組も外部組もない。

 想いは一つ。


 『いけ! いってしまえ!!』


 それだけで息も止めていた。


 「――すみません! 遅れました!!」


 そこに空気を読まずに乱入してきた遅刻者。

 桐生誠也少年である。

 彼は部活のミーティングで少し遅れる旨を連絡しており、実はこの場には総勢20人しかいなかったのだ。

 勢いよく会議室のドアを開け、肩で息をしながら、いやー遅れた遅れた。

 でも七希さんと一緒に会議できるなんて幸せ、とマジで空気を読まずに会議室に入ってきた。


 「……」

 「……続けるか」


 会議をな。

 と言って、七希はみやびを解放した。

 ちなみに、七希は本当にキスをしようとした訳ではなかった。

 姉直伝、唇チキンレースを開催して相手を精神的に叩きのめそうとしただけだ。

 七希はこれを幼少の頃より姉にされ続け、ちょっとトラウマになっていた。

 多分、姉は本気だった。

 七希少年はそう確信している。


 「……桐生よ」


 だが。


 「おいおい、桐生くんよぉ」


 しかし、だ。


 「さいってー、桐生くん」


 七希が本気だと思っていたこの場の生徒たちの期待を踏みつぶした憎悪は、桐生くんに一心に向かった。


 『空気よめやあああああ!!!』

 「ええええ!!?」


 幸薄い少年である。


 「……なんなんですの」


 その怒号の中、四楓院みやびは糸の切れた人形のように、ぺたんとその場に座り込んだ。




 ◇■◇■◇


 「雨か」


 傘持ってきて無かったな、と七希は昇降口の屋根の中から悪天候を見上げた。

 今日はレクリエーションの打ち合わせで放課後も生徒会があったため、由紀もいない。

 突っ切って行くには徒歩30分の距離は長すぎる。

 恐らく帰った頃には下着までびしょ濡れだろう。

 さて、どうするか。

 施錠時間ぎりぎりまで天候の回復を待っても良い。


 「七希さん!」


 思案していた七希の後ろから声が掛った。

 ここは昇降口だから、当たり前だよなと思いながら振り向くと桐生が立っていた。

 ご主人様見つけたー! と、尻尾を振るわんこのようである。


 「桐生か」

 「うん! 嬉しいなぁ、覚えててくれて」

 「お前、私の事馬鹿にしてるのか?」

 「そんなことないよ! 嬉しくって……」

 「……お前、男に名前覚えてもらって嬉しいか?」

 「え? ええ? いや、まあ嬉しいとかではないような気がするけど?」

 「そうか」

 「? どうしたの?」

 「気にするな」


 七希はため息をついて、図書室にでも行くかと引き返そうとした。

 しかしオトコ桐生、どう考えても勝負の時である。

 千載一遇のチャンスである。

 今日は既に良く分からぬ責めを被った。

 ならばこれは、それを釣り合わす為のご褒美ではないか?

 桐生はそう確信した。


 「七希さん! い、一緒に、帰ろう!!」

 「傘が無い」

 「傘なら、俺のがあるから!!」


 恋人関係でもないのに、相合い傘でいきなり帰ろうと誘うのはどうなのか?

 桐生は大分夢見る少年だった。


 「使って良いのか?」

 「うんっ!」


 七希としては予備があるんだな、という感覚である。

 普通そうだ。


 「では、ありがたく借りるとしよう」


 七希はいっぱいいっぱいの桐生からネイビーの傘を借りてそれを広げた。

 水玉だった。


 「ふ、何だこれは。お前の趣味か桐生?」

 「違うよ! それ、妹のだから! あいつ、中等部だから!」

 「ほう、妹か。私は姉しかいないから、下に兄妹がいるというのは楽しそうだな」


 一華が七希を玩具にする様子を見ての、実体験からの感想である。


 「生意気な所はあるけど、そうだね、可愛い奴だとは思う」

 「シスコンか?」


 桐生、一呼吸を置いて再び。


 「お、俺が好きなのは、七希さんだけだから! そんなはずないよ!」

 「……哀れな奴」


 桐生の必死の、再度の告白に、さすがの七希も気の毒になって小さく呟いた。


 「だが礼は言う。ありがとう、桐生」


 七希の礼は傘に対してなのか、好意に対してなのか判別は付かなかったが、そのいつにない柔らかな笑顔に、桐生は更に深い恋に落ちてしまった。

 百年の恋だ。

 もう、桐生の恋煩いは不治のそれであり、鎮火は不可能だ。

 その笑顔を頭の中でリフレインしている間に、想い人は水玉傘を差して帰って行った。


 「……あれ?」


 そう、帰って行った。


 「……」


 予定とは違った。

 爪が甘い、と桐生は脱力した。

 こんなんで本当に七希の心を掴む事ができるのか。

 青少年は今日も苦悩していた。


 「おにーちゃん!」

 「おっと」


 そしてどうしようかと昇降口で佇んでいた桐生の後ろから更に傘を持った女の子が声を掛けてきた。

 後ろからの可愛らしい体当たりを難なく受け止める桐生。


 「傘、どうしちゃったの?」


 ツインテールにした短めの黒髪が幼さを強調するが、それが良く似合う可愛らしい女の子。

 桐生涼音きりゅうすずね、妹である。


 「あ~、うん、困ってる友達に貸しちゃったんだ」

 「ふ~~ん」


 涼音は目を細めた。

 何が友達だ、と。

 この妹、偶然通りかかった訳ではなかった。


 「じゃあ涼音と一緒に帰ろうよ、おにーちゃん!」

 「ああ、助かるよ」


 涼音の差し出してきた傘を手に取って、相合い傘で帰り始める二人。

 必要以上に桐生に抱き着いた涼音は、しかし笑っていなかった。


 「……泥棒猫め」


 妹の愛は重たい。

 鈴の鳴るような声音で紡がれたどす黒い想いは、雨の砕ける音に混ざって消えていった。

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