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一人と独り

 本条七希は良く食べる。

 本日も上品すぎるカフェテリアの陽の当たる窓際に陣取って、モリモリ食べている。

 もちろん赤絨毯にアートのような意匠が施された天井、そこから吊り下げられたシャンデリアのある空間でこれほど豪胆に食事を平らげる人間はただ一人である。


 「やはり美味いな。少々高いとはいえ、この値段でこの品質……学食ならではのサービスか。悪くない」


 非常に満足そうに頷いて、七希はランチを平らげている。

 既に定食2つ目である。

 伝統校のどことなく品のある学生たちは、そんな七希の遠慮のなさに目を丸くしていた。

 というか、どうしてそんなに食べてそのスタイルなのかという疑問を持っていた。

 七希の場合、良く食べて良く運動しているだけだが。


 「――失礼、相席させてもらうよ、本条七希くん」


 七希の返事を聞かず、勝手にその男は向かいの席に着いた。

 銀縁メガネにオールバックに整えた髪。

 キザったらしくテーブルに肘をついて両手を組んでいる男は、生徒会長の九重和馬ここのえかずまだ。


 「会長、何ですか? 今日は生徒会が? 後フルネームで呼ぶな、ひり潰すぞ」

 「ひりっ!? し、失礼した」


 必要が無ければ接触しないが、七希もこれで生徒会である。

 さすがに会長くらいは知っている。

 ギリだが。


 「ふ、いいね、良く食べる女の子は大好きだよ。とても健康的で生命力に溢れている。やはり命を産みだす母となるべき存在はこうでなくては」

 「気持ち悪い」

 「きもっ!? こほん、本条くん。君、キモイと言われるより気持ち悪いと言われる方がショックは大きいよ?」

 「すまない、つい本音が」

 「……ほ、本音か……本音なら仕方ないね、うん……仕方ない」


 九重は精一杯何でもない風を装ってメガネを指で押し上げた。

 周りからは、さすがですお姉様、という意味不明の賞賛が囁かれていた。

 繰り返すが七希は新入生である。


 「で、用件は?」

 「う、うむ」


 入学したての、みかけ華奢な女子生徒に気圧される最上級生生徒会長の図である。


 「どうかな、本条くん、入学してもうクラスには馴染めた頃だろうか? 君の事だから心配はないと思うが」


 心配ないどころか絶賛ボッチを貫いているのが七希である。

 だからここで一人飯を食べているというのに。

 ただし普通のボッチはこんなところで堂々と一人飯は食べないが。

 七希は神に許された稀有なボッチ、ネオボッチである。


 「まあ、それなりに。それがどうかしたか?」

 「うむ。知っての通り、我が学園はエスカレーター式の者、外部からの入学の者との間で垣根がある」

 「え?」

 「……え?」

 「あ、いえ、どうぞ」


 そんなもんあったっけ?

 という七希の疑問ももっともである。

 基本他人に無頓着な七希にその辺りの細かい空気を読めというのは、ペンギンに空を飛べと言う程無茶である。

 そして今回の場合、由紀もその垣根を簡単に乗り越える人柄をしていたので七希には余計に分からなかった。


 「こほん、前々から私はそれをどうにかしたいと思っていたのだよ。同じ学び舎で机を並べる者同士、切磋琢磨することはあってもいがみ合ってどうする!」

 「政治家みたいな物言いだな、会長? 来季の票が欲しいのか?」

 「い、いやね、本条くん。来季はもう私は卒業してるからね? 票が入ってたらそれ、留年だから?」

 「なんだと……?」


 七希は今初めて箸を置いて、会長に睨みを効かした。


 「ひっ」


 文科系代表の会長はその獣のような視線に腰が抜けた。

 美人に凄まれると思った以上の破壊力がある、と九重会長は身を持って実感した。


 「留年するくらいの熱い想いも無いのに、貴様は綺麗事を口にしたというのか? 自分が卒業するまでの自己満足か? ハッ、聞いて呆れるな。そんなどうでも良い理想など犬にでも食わせてしまえ。私は食事に忙しい、去れ」


 いやまだ食べるのかよ、と冷静に観察している生徒たちは心の中で突っ込んだ。


 「あの……本当に、何と言うか……自分が恥ずかしいって言うか……」


 哀れ困惑する会長と、理屈っぽい下級生女子の図である。


 「男がうだうだするな! 貫き通したい理想なのか! そうでないのか! 話はそれだけだ!」

 「じ、自分としては、貫き通したいと思っております! 任期のうちに、できるだけの事は本気でやりたいと思っております!」

 「例えそれを次世代に押し付ける事になってもか!」

 「は、はい! それでも変えて行かねばならない大事な事だと思っております!」

 「本気か?」

 「誓って!」

 「……ふ」


 背筋を張っていつの間にか立ち上がって直立不動に答える九重会長に、七希は満足したように微笑んだ。


 「ならば好きにすれば良いではないか。用件はなんだ?」


 何度も言うが、年上である。

 お前も言葉づかいどうにかしろよという感じである。


 「あ、う、うむ……その、なんだ。皆の交流を深める為に、この春、レクリエーション大会を開こうと思っている。既に学園の承認は貰ってある。一年の行事については君に取り仕切ってもらおうと思ってな……良いだろうか?」


 会長、すでに及び腰。

 七希は恐る恐る会長が差し出してきた要旨が書かれたプリントを受け取った。


 「分かった。責任を持って取り仕切ってやろう。会長、あなたの目は本気だった。思わず力を貸してやりたくなるほどにはな」

 「あ、ありがとう、本条くん!」

 「気にするな」


 ぶわっと涙を流しながら両手を差し出してきた会長と握手をする七希。

 周りからは意味不明の拍手が起きていた。

 きっとこの場に由紀が居れば「なんでやねん!」と突っ込みが入っていた事だろう。




 ◇■◇■◇


 レクリエーションか。

 七希はクラスの席に付いてプリントを眺めていた。

 開催する日時は確保されている。

 学園行事として公式に認定されているのだ。

 この辺り、九重会長もさすがの根回しだった。

 ただし、学年毎にまだ何をやるかまでは決まっていない。

 例年にない、そして突然の提案だったに違いない。

 それだけ熱い思いだったということだ。


 「あ~、ななちゃん、何か良い事あった? 鉄面皮がちょっと崩れてるよ?」

 「誰が鉄面皮だ。私に恥ずべきことなど一つもない」

 「女の子になったことは?」

 「……」

 「恥ずかしかった?」

 「……ちょっと」

 「うむ! 素直でよろしい!」


 正確には女の子になったのが恥ずかしいではなくて、身体的な男女差が恥ずかしかった訳だが。


 「それより由紀、聞きたいことがある」

 「なぁに? スリーサイズなら別に触ってくれて測ってくれればいいけど?」

 「いいから聞け」

 「も~、強引なんだからぁ、で、なに?」


 ちなみにこの会話、割とクラスに筒抜けである。

 女の子になった下りは意味不明なので皆スルーだが、そもそも本条七希にここまでフランクな対応をかますことが出来るのは藤間由紀ただ一人である。

 それにクラスメイトは感心しきりの脱帽だった。


 「どうやらこの学園は伝統と格式に縛られて少々窮屈だという」

 「ふんふん」

 「それを打破すべく、会長よりレクリエーションの開催を任されたのだが、何をすれば皆楽しめると思う?」

 「へえ? レクリエーション!」

 「ああ、私としては異種格闘技大会がベストかなと思っている」


 ざわっとクラスが浮足立った。

 本条七希は格闘技好き女子らしい。

 この時、皆の間で暗黙の了解として認識された。


 「それななちゃんの趣味だからね? もうちょっと考えようか」

 「ダメか……自分の楽しめ無いものに、人が楽しめるはずがないと思ったのだが」

 「ん~、まあ間違いではないよね!」


 由紀は可愛らしく首を傾げて微笑んだ。

 七希は美人、由紀は可愛い。

 当然のように、由紀もモテる。

 七希が近寄りがたい存在だとすれば、由紀は庶民派アイドル。

 告白も多く受けるがその全てを断っている。

 そして二人はよく一緒にいる。

 その状況がある噂を作り出した。

 ――あの二人、絶対デキてる、と。

 そうして一部の間では神聖なものとして崇められていた。

 幸い、桐生君はその噂を知らない。

 頑張って欲しい。


 「やはり身体を動かす方がいいと思うのだが」

 「そうだね、もちろん文科系の方が~って意見もあるだろうけど、心を開くには身体を動かす事は大事だと思うよ、あたしも!」

 「うん、由紀にそう言ってもらえると安心する。では、あまりハードにならない程度に身体を動かす遊びにするか。トライアスロンか?」

 「それで何の友情が生まれるのさ、後それハードだからね?」


 クラスメイトが藤間さん、頑張れ!

 と祈っているのはもちろん七希は知らない。

 由紀は気付いている。


 「健全な心は健全な肉体に宿ると思っている」

 「無駄に説得力を出してくるし……」

 「ふむ、ではまぁ、宝探しくらいにしておくか?」

 「も~、ななちゃん、最初から落としどころ決めてたでしょ?」

 「まぁな」


 てい、と由紀が女子的スキンシップで肩を軽く叩いてくる。


 「では班分けして宝探しか。それなりに盛り上がるよう尽力しよう」

 「んふふっ、ななちゃんのそういうところ好きだなぁ」

 「曖昧な表現を使うな」

 「え~? そういうところ? そういうところはそういうところだし!」


 ――分かる。

 クラスメイトは密かに頷いていた。

 細かい事は置いといて、本条七希はとりあえずやってみる精神の人だ。

 そしてとりあえずできてしまう人間だ。

 団十郎から嫉妬の嵐を向けられている所以である。

 何はともあれ、生徒会長の指摘通り、本条七希はボッチではあるが、クラスメイトからは確かに好かれていた。




 ◇■◇■◇


 「レクリエーション、最悪……余計なこと、しないでよ」


 放課後、一人の女子生徒がポツンと屋上に残って呟いていた。

 彼女の名は進藤かなめ。

 七希とは別のクラスで、同じく外様の編入生だ。

 当たり前の話だが、会長の言っていることは確かな事実として存在する。

 単に七希の周りに無いだけである。


 「――あら? どなたか残っておりますの?」

 「!?」


 突然の声に、かなめは肩を跳ねあげて驚いた。


 「ごめんなさい、驚かすつもりはなくてよ。ですが、ここは冷えますわ。このわたくしが証明してさしあげたから確かです。あなたも風邪を引く前におかえりなさい」


 金髪碧眼、存在感抜群のその女性徒の事はかなめも当然知っていた。


 「は、はい。少し考え事を……すぐに帰ります、四楓院さん」

 「それがいいですわ」

 「はい……ごきげんよう」

 「ごきげんよう」


 かなめを見送ったみやびは、屋上に他に誰かいないか見回った。

 四楓院みやび、基本優しい少女である。

 告白現場まで押さえるつもりはないが、あの事件以降、施錠時間前には必ず見回る様にしているのだ。


 「そういえば、今度レクリエーションがあるとか言ってましたわね。ふふ! いいですわ、そこでこのわたくしの実力を思い知らせてあげます! いつまでもその澄ました顔が続くと思わないことですわ、本条七希! お~っほっほっほっほっ!!」


 その日、屋上から聞こえて来る奇妙な笑い声に運動部の人間は一様に頷き合っていた。

 ああ、春だから仕方ないよね、と。

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