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熟した毒と腐った薬  作者: Coral Lagus
『おまじない』の入手方法と効能
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「恨んで復讐なんてだめだよ」と妻に釘を刺された。

流血表現有り。

ついに事件が起こります。

 妻は勝手口から入ってきたイマイたち生活安全課の刑事たちと打ち合わせをしている。そんな居間の様子を台所からお袋と見守る。


「それにしても驚いたよ。オレオレ詐欺ってのはあんなに巧妙なんだねぇ。母さんすっかり騙されちゃったわ。」

「本人に確認して未然に被害を防げたんだ。お袋はお手本のような対処法をとったよ。」

「あら、そう?」


 こんな事を言えば調子に乗るのは分かっている。だが、これから逮捕劇という一般人には刺激が強い騒動を目の当たりにするのだ。緊張させるよりは良いだろう。


 それにしても、だ。正直お袋がポンと500万もキャッシュで用意できた事に驚いている。年金は貰っているから、金に困ってるなんて事は無いだろうが、何のために貯金なんてしていたのだろう?


「お袋、貯金なんてしてたんだ。」

「ん?まぁね。将来への備えだよ。」


 70近いお袋だ。これから病気もするだろうし、そう思えば確かに不思議な事でも無いか。



 チクタクという壁掛け時計の音だけが客間に響く。俺と妻とお袋、イマイと上司の巡査部長の5人が受け子が来るのを待っている。時刻は16時55分。巡査がもう2人いたはずだが、2人は万が一、受け子が逃げた時のために外にいるという。

 作戦はこうだ。受け子が来たらまずお袋だけで対応する。金を渡したところですかさず客間にいるイマイと巡査部長が飛び出し現行犯逮捕。金を直接渡すタイプのオレオレ詐欺の逮捕はこの方法が常套手段だとか。


 ピーンポーン


「来た…!」


 声を押し殺してお袋が言った。客間にいる全員が互いに頷きあう。お袋の緊張をほぐすように妻が笑顔でファイティングポーズをとった。


「落ち着いて…!」

「あいよ。」


 戦地に赴く兵士のように敬礼をしてお袋は玄関へ向かった。打ち合わせ通り客間のドアを開けたままにし、捜査員二人が死角に隠れていつでも飛び出せるように準備する。


「ニシモリさんですね?わたくし、弁護士のタナカと申します。」

「あぁ、この度はウチの息子が大変なことをしてしまいまして、申し訳ありませんかぎりでございますです!」


 語尾がくどくなっている。お袋って極度の緊張状態になると自分で言ってることが分からなくなるんだよなぁ…。大丈夫か心配になって妻を見るも、完全に仕事モードに入った妻は玄関の方へ鋭い視線を向けたままだ。


「示談金の準備のほどはよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、お金ね。これ、これやこの、こちらに。はい。」


 お袋は女優には向かないなぁ…なんて思っているうちに話は進み、お金を渡す件まで来た。客間の緊張感がピークに達する。


「ほと…本当に、あの、申し訳ありませんでございました!」

「いえ。これで示談が成立しますので、ご安心を。」

「いえいえいえ!本当に申し訳ない!」

「…あの、大丈夫ですから…」

「いえいえ、本当に!お納めいただいて…!」

「えっと、は…放してくれますかね?」

「いーえいえいえ!息子が迷惑を…!」


 何が起こっているか大体想像がついた。すぐに返ってくるとはいえ、詐欺の受け子に金を渡したくなくて封筒から手を放せないでいるのだろう。受け子とお袋が封筒を奪い合う様が目に浮かぶ。


「仕方ない、行くぞ!」


 痺れを切らした巡査部長が声をかけ、一斉に玄関へ向かう。若い。大学生くらいだろうか?異変に気付いた受け子が逃げようと封筒を無理矢理引っ張るも、意外にもお袋の力が強くて奪えない。


「はい、警察!手を放して!」


 素直に封筒から手を放す受け子。しかし、その手は上着の懐に入り、ミリタリーナイフを取り出した。警官たちの動きがピタリと止まり、お袋が「ひいっ!?」と短く悲鳴をあげてその場に尻餅をついた。腰が抜けて動けないお袋に受け子は狙いを定めた。


「騙したなァ!!この糞ババァ!!」


 考えるより先に体が動いていた。妻たちの間を走り抜け、お袋に覆い被さる。直後、背中に浅く痛みが走った。かすっただけのようだ。しかし、振り向けば今度は手元にナイフを構えて真っ直ぐ突いて来る。これは避けられない!


「ニシモリ君!」


 巡査部長の声が響く。見慣れた背中がのし掛かってきて、下駄箱に背中からぶち当たる。傷口が焼けるように痛む。

 そんなことよりも、だ。俺が今抱えているのは何だ?分かりきった答えも信じたくない気持ちが勝って結論付けられない。この温もりは何だ?この匂いは何だ?この声は、この横顔は、何だ?


「スズ!!?」


 力なくしなだれかかってくる妻を抱きしめる。左脇腹から信じられない量の血が流れ出て、妻の服を、俺のズボンを染めていく。ともかく止血しなくては!妻を後ろから抱きしめ、両手で傷口を強く圧迫した。呻き声をあげて苦しむ妻に、側で座り込んでいたお袋がすがりつく。


「あ…あぁ…スズさん……!!」

「う…うぐっ……か…めちゃ……」


 顔を横に向けて揺らぐ視線で俺を見つめる。


「大丈…?」

「あぁ、あぁ、俺は平気だ!喋るな、スズ!」

「恨ん…で……復…讐…なんて……ダメ…だ…よ?」

「しない!そんなことしないから、しっかりしろ!」


 へらへらと笑う。だんだん生気が抜けていく顔に慌てるも、傷口を更に強く押さえるくらいしか俺には出来ない。


「かなめちゃん……」

「スズ…!」


 こんな時に何キスをせがんでるんだよ?そんな苦しそうな顔して…!ただでさえ呼吸が浅くなってるのに、気道を塞いでどうする?そう思いつつ、優しく唇にキスを落としてやる。俺の命をやる。何でもやるから行かないでくれ!


「泣い…るの…?…なめちゃ…泣き虫……だ………」


 言い切る前に、妻は動かなくなった。

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