「顔のパーツが黄金比だ」と科学者に分析された。
案の定、教授殿が奥さんに着けていたのは記憶を覗く装置だった。記憶を覗くこの装置は、元来奥さんのように意識が無い人と会話するための研究の成果だったそうだ。
「記憶を覗く技術、と一般的には言われていますが、正確には対象者の意識空間へ潜る技術なんですよ。」
教授殿の祖母は亡くなるまでの3年間、人工心肺に繋がれて生かされていた。意識はその状態になってから最期まで戻らず、遺言の一つも残せなかったという。そんな祖母を教授殿は哀れに思った。物理的には家族に看とってもらえたが、精神的にはある日突然己の意識空間に幽閉され、孤独な3年間を過ごしたからだ。彼女が自分で意識空間から出る事が出来ないなら、こちらから会いに行ければ良かった。その思いが教授殿に脳科学者の道を選ばせた。
ちなみに、このエピソードは教授殿が小学校に入りたての時期だそうだ。俺がそれくらいの時なんて鼻水を垂らして木登りやら喧嘩やらに夢中だったのに、天才はそこから違うんだな。
「意識空間…ってのに潜ってみたら、『ついでに』記憶が覗けてしまった…ということですか?」
「はい。記憶閲覧は副産物に過ぎません。」
言いながら、教授殿は俺の頭にペタペタと電極を貼り付けていく。脳ミソに電気を流される…フランケンシュタインにでもなった気分だ。
「よし、完了です。僕も一緒に潜りますんで、もう少し待ってください。」
首を動かせないほどコードだらけになったところで教授殿は自分の頭にも電気を付け始める。目だけを動かして視界に捉えたアリアは『Moon Astrology--advanced--』なる英語の分厚い本を広げている。タイトルと表紙の絵から推測するに占星術の本だろう。鞄の類を持っていないように見えたのに、あんな大きな本をどこから取り出したのだろう?
そんな事よりも、教授殿は残っていた電極を全て自分に貼り付ける勢いだ。アリアも暇つぶしの本を持ち込んでいる所を見ると、最初から彼女が奥さんの意識空間に潜らないことは決まっていたようだ。
「アリアは良いのか?」
一応、確認のために聞いてみる。無関心を決め込んでいたアリアは驚いたような顔をした。
「え、何で?私、泳げないし。」
「ぶぁっ!はっ!…ゴボゴボッ!」
気がついたら海に居た。突然足のつかない海原に放り出された俺は水を大量に飲んだが何とか立ち泳ぎで体勢を整える。見渡す限りの海。ここが奥さんの意識空間だと言うのか?
「あぁ、いたいた。」
波の間から若い男が表れ、こちらへ泳いでくる。歳のほどは二十代後半。まだあどけなさが残る爽やかな青年だった。
「え…まさか教授…?」
「はい。意識空間での姿はその人の精神の姿となるのです。男性は一般的に実年齢より若くなるんですよ。貴方のように。」
鏡があるわけでも無いので自分の姿というものは見られないが、確かに手にはシワが無く、張りがあって若々しい。
体を確かめる俺を見て、青年はククッと笑った。
「あ、失礼。貴方、若い頃はかなりモテたんじゃないかと思いまして。顔のパーツが見事な黄金比だ。」
これだから理系の学者は、と思わず目を細めて睨み付けてしまう。




