「ヒモです」と美少女に紹介された。
聞き返す間もなく、病室の扉が開く音がした。衝立から顔を覗かせたのは、ひょろりとした中年の男だった。やややつれた顔に無精髭を生やしているが、落ち着いた視線と口元に湛えた微笑が爽やかな印象を与える。
「あぁ、アリア君。もう来ていたのかい。待たせて悪いね。」
「いいえ、今着いたばかりですから。」
「そう。で、貴方が例の…」
「お邪魔しています。本日はお時間を作っていただいてありがとうございます。」
「いえいえ、土曜で講義も無いですから。」
挨拶もそこそこに、男は持って来た3つの鞄をベッドの側に無造作に置き、中の物を取り出しはじめた。ノートパソコンにタブレット端末、それとコードがうじゃうじゃ、何用のものか分らない機器が出てくるわ出てくるわ。
一通り御店開きが済んだ頃、俺とアリアが唖然と立ち尽くしていることに気付いた。
「あ、座って座って。ちょっと配線に時間かかりますんで。」
言われるままにベッドの脇、窓側の丸椅子に腰かける。さっき講義と言ったか?つまり、この男は大学か何かの先生。そして見覚えのある顔。
「…もしかして、貴方、北神先生ですか?」
「えぇ、そうですよ。あ、挨拶がまだだった。
どうも初めまして。北神 翔と申します。東都大学で教授をやっております。」
とても紳士的な雰囲気を醸し出すこの教授殿は、世界中で知らない人がいないほど有名な科学者である。何故彼が有名なのかというと、人の記憶を覗くなんていうSFの技術を実現してしまったその人だからだ。
彼を手に入れようと各国の軍やらテロリストやらが血眼で探しても尻尾の毛も捕まえられないのに、本当に平和利用しようという一般人はばったりと出会える。そんな噂が真しやかに囁かれている。
現にこうして俺もばったり出会えてしまったわけだ。
「えっと…では、アケミさんというのは…」
「アケミさんは教授の奥さん。」
「やっぱり…」
挨拶と自己紹介が済んでからすぐに配線作業に移った教授殿を観察する。俺の記憶に間違いが無ければ、教授殿は52歳。奥さんもそれくらいだろう。まだ若いのに寝たきりとは…。
「…失礼かも知れませんが、奥さんは何故この状態に?」
「さぁ…?医師も原因は分からないと…。」
全く思い当たる節が無い、という顔じゃないな。ありゃ、何か知ってる反応だ。俺の勘がそう告げる。
奥さんの話を早々に切り上げ、手を止めずに今度は逆に俺に質問をして来た。
「ニシモリさん、でしたね?アリア君から聞いたのですが、貴方、『おまじない』を作った人物を探しているとか。もし探し出せたら、どうするおつもりなのですか?」
『おまじない』なんていう非科学的な代物について調べている俺を異常だと言わない所を見ると、教授殿は『おまじない』を知り、『おまじない』の存在と効果を認めているようだ。やはり、アリアの言うように奥さんが『おまじない』の始まりなのだろうか。奥さんだけでなく、教授殿にもお話を伺う必要がありそうだ。他人の記憶を見る方法を持っている夫と、記憶を他人に移す『おまじない』を流行らせる妻。教授殿もこの件に加担している可能性は非常に高い。
「…何故あんなモノを作り出したのか、『おまじない』が広がった結果起こっている弊害を知っているのか、それに対してどう思うのか、問いただしたいんです。それと、『おまじない』を解く方法も。」
「ちょっ…!それじゃスズさんが…!」
『おまじない』を解けば、妻や月見乙女は負うはずだった傷を受ける事になるかも知れない。アリアが怒鳴るのも分かる。こんなことを言うのは不謹慎だが、怪我をしたのがあの受け子で良かったと思っている自分もいる。だが、妻がそれを望んでいるのだ。
「スズがそれを望むなら、俺は叶えてやりたい。」
俺の言葉と視線を受けて、アリアは厳しい表情のままで椅子に座り直す。納得はしてくれていないようだ。そうだろうな。アリアは『おまじない』に感謝しているのだから。
手を止めて俺たちの会話を聞いていた教授殿は淡々と質問を続ける。
「記者さん、なんですよね?『おまじない』のことを記事にするおつもりですか?」
「『元』ですよ。今はただの無職です。」
「ヒモです。」
そうそう、無職と書いてヒモと読…まねぇよ!被せ気味に茶々を入れて来たアリアを睨むも、プイッとそっぽを向かれてしまった。




