「怪しい」と怪しい格好の少女に指摘された。
アリアからの連絡は、予想よりも早く来た。月見乙女の占い館へ行った2日後、妻のブラウスにアイロンをかけていると、携帯が鳴った。
『おまじないをくれた人が会えるって。
明日の昼、横浜まで来れる?』
名刺交換のマナーは知っているが、メールのマナーは知らないようだ。その上ため口かよ。
横浜、とは言ったが、実際は横浜駅ではなく中華街に近い石川町駅前の喫茶店でアリアと待ち合わせている。土曜なので、駅周辺は観光客でごった返しており、絶えず中華街へ向けて人がゆるゆると流れていく。互いを見つけるのが大変そうだなぁ、と薄くなりつつあるアイスコーヒーを啜りながら人混みをぼんやりと眺める。
それにしても、香水は駄目、短パンも駄目、髭や髪は清潔に整えてくる事、臭いの強い食事も控える事と注文されてその通りにして来たが、アリアに『おまじない』をかけた人はどこぞのお偉いさんなのだろうか?念のため久々にスーツを着た。このクソ暑い日に。
「汗だくじゃあむしろ失礼だよなぁ…」
あー。また独り言を言ってしまった。周囲の数人がちらりと視線を寄越した。睨んでも良いが、気持ち椅子を俺から遠ざけるのは止めてくれ。
そして、一人だけずっと俺を見ている人物に気付いた。アリアだ。少し離れた所でテラス席の俺を呆れた目で見ている。
「独り言…怪しい。」
よく人の事を言えるな。まさか占いの館の格好で来るとは思わなかった。銀色のローブを着た洋人形のような少女は人混み中でも一際目立っている。
「お前…その服以外持ってないのか?」
「見つけやすいかと思って。」
こんな妙な格好の美少女と並んで歩きたくはない。コスプレをさせて女を侍らせる変な趣味の持ち主だと思われかねないではないか!現に通行人やテラス席でコーヒーを飲む客たちがチラチラとこちらを見ている。
「そんなにキョロキョロしてると余計に疚しいことをしているように思われるよ。」
「ていうか、お前。月見乙女の前では猫被ってるだろ?素はこっちの無礼な方か?」
「うるさい。ヒモ甲斐性無し。」
銀色の猫の皮の下には虎が隠れているようだ。
周囲の目を気にした様子もなく、アリアは海の方へ町を歩いていく。やがてたどり着いたのは大きな病院。何度かテレビで取り上げられたことがあるそこそこ有名な所だ。
「あ、香水や臭いの強い食べ物って、こう言うことか。」
最初から病院へ行くと言ってくれればスーツなんて着てこなかったのに。と思うと余計に暑く感じる。
「入院してるのか?『おまじない』をかけた人は。」
「うん…。」
あまり状態が良くないのはアリアの表情から押して知れた。
携帯の電源を切り、ナースステーションで受付を済ませた。アリアは一度ここに来たことがあるらしい。看護士の案内の申し出を断って真っ直ぐ病室へ向かう。個室が並ぶ区画の角部屋。扉の横に入院者の名前は無い。
「星野です。入ります。」
ココンとノックをして、引き戸を開ける。ここまでも充分していたが、薬品の臭いが少しきつくなった。
入り口から見て左に新たな引き戸、右は壁で、小さな廊下のようになっている先には衝立が置いてある。左の戸の向こうは恐らくトイレやら水回りだろう。静かに入ってきた扉を閉め、衝立を迂回する。
お袋よりは若そうな女がベッドに寝ていた。酸素マスクに点滴、心電図のコード、頭に貼り付けられた何か分からない電極と、女の体中には様々なものが取り付けられている。意識は無い。
それにしても、
「赤い…な。」
肩の長さに切り揃えられた彼女の髪は、赤かった。根本を見る限り、染めている訳では無さそうだ。彼女がアリアの現実世界での知り合いであることに納得がいく。容姿のために周囲から浮いてしまったアリアの苦しみを、彼女なら理解してくれそうだ。
「この人か?」
「うん。アケミさん。サークルのオフ会で会って、仲良くなった。」
色素薄い倶楽部というそのまんまのサークルで親しかったという。
「…それと、言ってなかったけど、多分、
アケミさんが、始祖だと思う。
」
心電図の規則的な音とともに、その言葉が部屋に木霊した。




