「ヒモ甲斐性無し」という渾名を美少女につけられた。
香も残り少しとなり,お茶もほぼ全員が飲み終えた。そろそろお暇すべきだろう。まだ聞きたいこともあるが、俺たちの後にもあれだけお客さんが並んでいたのだ。これ以上待たせるわけにもいかない。
「それでは、今日はお騒がせした上にお茶まで頂いてしまって、申し訳ありませんでした。」
妻が深々と頭を下げた。俺も頭を下げようとしたが、月見乙女が怪訝な顔をしているのが気になり、中途半端な角度で止まった。
「アンタ、もう終わりで良いのかい?」
「え…?」
「まだ何か聞きたそうに見えたんだけどね。自分で言うのもアレだけど、アタクシは今人気の占い師なんだ。次に会える機会がいつになるか分からないよ?聞きたいことがあるなら全部言ってみな。」
「ですが…散々他のお客さんを待たせてしまいましたし…」
気付けばかれこれ小一時間、話し込んでしまっていた。炎天下で長時間待っていたら、本当に熱中症患者が出てしまう。
しかし、月見乙女は「何だい、そんな事を気にしていたのかい」と大したことではなさそうに答える。
「とっくに他のお客様には帰ってもらったよ。元々ここはアタクシの気まぐれで占いをやったりやらなかったりしてる館だからね。大抵のお客様たちもアタクシの性分は分かってくれてるから、納得して帰ってくれた。問題は無いよ。」
「そんな…余計に申し訳ないです!」
「大変なご迷惑を…!」
「良いのよ。人の命よりも大切なものは無いんだから。」
それはそうなのだが、いたたまれなさに俺も妻も恐縮するしかない。
そこにアリアが新しいお茶の用意を運んできた。今度は紅茶のようだ。三日月の形の白い皿に乗った角砂糖とミルクの入った瓶、レモンスライスをテーブルの真ん中に置いた。角砂糖、ということは、またホットで来るらしい。俺たちは招かれざる客で、文句を言う立場には無いが、この小屋に冷たい飲み物は無いのだろうか…?
「で?」
先を促され、帰るために椅子から浮かせていた腰を再び下ろす。
「…俺は、この『おまじない』を解く方法が知りたいのです。そのために、『おまじない』を作った人物を探しています。アリアさんに『おまじない』をかけた人を紹介して頂けませんか?」
俺が調べていた小学生たちが『おまじない』を受けたのは一番古くて今年の正月頃だった。それよりも昔、一年以上前にアリアは『おまじない』を受けている。だから、アリアはより始祖に近い人物と会っている可能性が高い。
「まー!何とも暇な事をやってるんだね!」
「でしょう?それでいて活動資金は全て私に頼ってるんだから、困ったヒモなんですよ。」
おい、乗るな。妻よ。
赤い唇に指を当てて考えていたアリアは、自らの額を擦る。
「私にコレをくれた人…ですか。ご紹介しても良いですが、お話を伺うのは難しいかも知れませんよ?」
「難しい…それでも構いません。交渉はこちらでしますから。お願いします。」
月見乙女みたいに多忙な人なのだろうか?それとも字のまま、赤の他人に容易に情報を話したりしない気難しい人なのだろうか?どちらにしても、粘り強く話をしてもらえるよう努力するだけだ。
「承知しました。私から連絡をとってみて、予定を聞いてみます。」
「ありがとうございます。」
ここで連絡先交換タイムが始まった。俺とアリアはもちろん、月見乙女も妻にお友だちになって欲しいとアドレスを交換し始める。妻が喜んだのは言うまでもない。
アリアは俺が差し出した名刺をまじまじと見つめ、怪訝な顔で見上げてくる。
「…中央やまと出版?」
「昔勤めてた時の余りだ。社名とかは気にしないでくれ。」
「超大手じゃん…」
ボソリと呟き、銀色の衣装の下からスマホとメモとペンを取り出す。自分のアドレスを覚えていないらしいアリアは連絡先をメモに書き写し、両手で差し出してきた。名刺交換の基本マナーは多少知っているようだ。受け取ろうとしたが、メモはびくともしない。今度は俺が怪訝な顔をする番だ。
「…悪用、しないで下さいね。ヒモ甲斐性無しさん。」
「す る か よっ!!」
乱暴に引っ張ったために、アリアの指の間に紙切れが残った。




