「まともなことも言うじゃない」と占い師に誉められた。
月見乙女は自分だけを愛してはくれない。そう気付くまでに時間はかからなかった。自分を頼って掲示板に書き込みをしてくる相談者や、わざわざ足を運んで来てお金を払って占ってもらうお客さんたちに誠意を尽くす。そんな当たり前のことを月見乙女はしているだけなのだと分かった時、アリアはどうしようもなく悲しかった。やっと見つけた自分を愛してくれ得ると思っていた人は、教師や児童相談所の職員と同じなのだと悟った。
しかし、アリアはどうしても月見乙女を諦められなかった。それは自分が月見乙女を心から愛してしまったからだ。この愛を、彼女にだけは受け止めて欲しかった。そして、彼女の愛を自分だけに注いで欲しかった。
「本当に愛しているのに、自分だけのものに出来ないと知った時、人はどうなるか。」
アリアは昔の自分を懐かしむような、憐れむような、薄ら笑いを浮かべながら語る。
「この手で殺してしまおう。そうすれば、彼女は永遠に自分のもの。…病的なストーカーの考え方。それが、本当に私の中の全てを埋め尽くした。」
だからアリアは
月見乙女を刺した。
「でも、私は『おまじない』を受けていた。だから、先生の記憶が、傷が、全て私に移った。」
「アタクシにはあの日、アリアが占い部屋に入って来た所までしか記憶がないの。気が付いたらアリアが血を流して倒れていたわ。」
左肩だったのだろう。二人の視線はアリアの左肩に集まる。
「この子がアタクシを刺した時、自分の全てをぶつけてくれたんだと思うの。全ての愛しさ、悲しさ、思い。それをアタクシはこの身で受け止めてあげたかった。でも、この忌まわしき呪がアタクシからあの時の記憶を奪ってしまった。」
アリアは静かに首を横に振った。
「良いんです。あの時、痛みと共に、先生の私への思いがありありと伝わって来た。とても温かかった…。
同時に人を傷つける罪の重さも知った。私は、この呪に救われた。」
「…でも」
俺の横の席から反論の声が上がる。
「私以外の人は、私が刺された事を覚えてる。それなのに、私自身は何も覚えていない。それって、無責任だと思うな。散々他人を心配させておいて、心配させたことすら覚えていないなんて。
乙女さんも、私も、確かに傷は無くなって命は助かったかもしれないけど、救われてはいない。そうですよね?」
「…そうね。アタクシも、スズさんも、望まぬうちに復讐をしてしまったし、あの時の自分の思いという大切なものを奪われてしまった。被救済者は救済されてなんかいないのよ。」
襲われた記憶が、傷が、自分の物のままであって欲しかった。この2人の他にそんなことを望む被害者はあまりいないだろう。誘拐されて、暴行を受け、殺されそうになった児童たちや、町中でストーカーに刺された女性などなど。『おまじない』で『救われた』被害者の数の方が圧倒的に多いとは思う。
それでも。
「罪を犯した者は、法の下で公平公正に裁かれ、罰を受ける。なのに、加えて『おまじない』による罰を受けるのは間違ってる。」
『おまじない』の効果を知ってから、ずっと思っていた。俺をこの1月突き動かして来た思いに、向かいに座る月見乙女も頷いた。
「さすが警察官の夫。まともなことも言うじゃないのさ。」
「…え!?警察官?」
アリアは師匠の言葉に満月のように目を丸くして妻を食い入るように見つめる。それに対して俺たち夫婦は月見乙女にぎょっとしていた。占いの際、妻は自分が「公務員」であるとは言ったが、警察官であるとは一言も言っていない。
「なーに皆揃っておったまげてるのさ?アリア、アンタもまだまだ修行が足りないね。客の職業ぐらい見抜けなきゃだよ。」
月見乙女はお茶を一気にあおった。




