「半分以上魂抜けてたよ」と妻に引き止められた。
暑さ寒さも彼岸まで。なんて諺を信じないようになって久しい。9月下旬だというのに暑いこと暑いこと。こんなに暑い日に何故店の外に並ばなくてはならないんだ?
不意に右頬から首筋にかけて冷たいものが押し当てられる。姿が見えないと思っていたら、自販機でレモン味のミネラルウォーターを買ってきてくれたようだ。
「かなめちゃん、今半分以上魂抜けてたよ?」
「そうか?ありが…」
訂正。妻が自分で飲む用だった。
妻が非番の今日、夫婦揃って郊外のアウトレットに来ていた。その一角に小さな小屋が建っており、そこから延びる行列に並んでそろそろ一時間強が過ぎようとしている。
藍色の布で覆われたデザインの木の小屋の看板にあたる場所には黄色い三日月の横に『乙女』と書かれている。月見乙女の占いの館だ。
「さっすが平日!たった一時間で、もう前から2番目!すいてるねぇ。」
「…ちなみに土日はどれくらい並ぶんだ?」
恐る恐る聞いてみる。妻は思いだしながらペットボトルの中身を飲み干して、口元を拭う。
「最低でも3時間かなぁ。テレビの仕事とか増えてるから、毎日はここに来ないんだよね、乙女さん。だから最近は特に待ち時間が長いんだよ。」
テーマパークのアトラクション並の数字である。今日が水曜で良かった。
「それにしても、一緒にお出かけなんて珍しいね。」
「今日何回目だよ、それ。」
「だって、仕事辞めてからも私と外出なんて全っ然してくれなかったじゃん。私、こう見えて喜んでるんだよ?夫婦揃っての久々のデートじゃないですか!」
物凄い真顔でのたまう。こう見えてって、自分が今、真顔だと自覚してるなら少しぐらい笑ってくれよ。
「その『久々のデート』ってのが占いの館ってのもどうなんだかな…」
「かなめちゃんがここに来たいって言い出したんでしょ。」
星見乙女のコーナーで、月見乙女は高校生の相談に対し、『そんな些細なことで得体の知れないモノに取り憑かれるべきじゃないよ』と警告していた。世におまじないと呼ばれるものは五万とある。だが、月見乙女が言うおまじないは、俺が調べている『おまじない』の事だと感じた。俺が『おまじない』に出会う半年以上前に『おまじない』を知っていた人物なのかもしれない。そう思うと確認せずにはいられなかった。
だから、妻の非番と月見乙女が自分の占いの館で占いをする日がたまたま重なった今日、妻に連れてきてもらったのだ。ここまで待つとは思っていなかったが。
「…この通り、待ってる他のお客さんも大勢いるんだから、変な事聞くなら簡潔にね。」
「その辺は心得てるさ。伊達に20年近く記者やってたわけじゃねぇ。」
質問の文言はしっかり頭の中に用意してある。月見乙女の一組の客との面会時間は長くても10分。妻が占ってもらう時間を計算に入れても十分聞くことは出来る。
「次の方、どうぞ。」
弟子だろうか?銀の衣装を纏った若い女性が俺たちを呼んだ。妻と俺は顔を見合わせ、頷き合って薄暗い小屋の中へ進んだ。




