「アタシを襲って下さい!」と女子小学生が迫ってきた。
サブタイトルのわりに、ほのぼのした回です。
「唐突なお願いで誠に申し訳ありませんが、アタシを襲って下さい!」
口に含んだ缶コーヒーを、こんな突拍子もないお願いをしてきた少女の顔にかけないよう、咄嗟に頭を90度右に向けて吹き出した。茶色い飛沫に夏の昼の陽光が反射するが、アニメのように綺麗な虹など作りはしなかった。
缶を持つ左手ではなく右手の甲で口元を拭いながら、改めて最近知り合った少女を見る。年の頃は小学4年生、9歳といったところだろう。サングラスをかけた牛さんが牧場でパラソルを立てて牛乳片手にくつろいでいるTシャツに、赤いスカート、白い運動靴。おさげにした髪には左右にそれぞれピンクと黄色のリボンが着いた髪ゴムを着けている。左の頬に黒子が2つ、仲良く並んで彼女の真剣な顔にくっついている。
「お前なぁ…言ってる意味、分かってるのか?」
「馬鹿にしないで下さい!ジュージュー承知です!」」
イントネーションは鉄板の上で肉が焼ける擬音語だったが、胸をしゃんと張ってそう主張なさる。
「つまり、この未発達な幼女の無垢な体を己の歪んだ欲望のままに穢して蹂躙して下さい、とお願いしているのです!」
最近の餓鬼はこの歳でもこんなボキャブラリーを持っているものなのか?実は今目の前にいる少女は幼く見えるだけで、やたら身長の低い大学生なのではないだろうか、とさえ思えてくる。
「どこでそんな言葉覚えて来たんだよ?」
「ネットです!」
この子のお母ーさーん!お家のパソコンやスマホにちゃんとアクセス制限かけて下さーい!
「ともかく、アタシが襲って良いと言っているのだから襲って下さい!」
「お前が良くても俺が良くねぇよ!」
仕事を探すことにさえ疲れて毎朝家を出ては公園で一日ボーっと時間を潰している冴えない無職男性(41)がいたいけな子どもを襲ってみろ。ただでさえ隣近所、親戚親類から白い目で見られているのに、これ以上人として堕ちてたまるか!
「お前、俺をからかってるのか?そういう遊びは止めなさい!」
「ふーん…分かりました。そういうご趣味が無いと言うなら、力が無くて抵抗できない幼い子どもに、日頃たまった鬱憤を晴らすために暴力をふるう、という襲い方でも良いです。」
暑さと意味の分からない状況のせいで頭が痛くなってきた。缶コーヒーをベンチの座面に置き、こめかみを押さえる。
「そっちもやらねぇよ。ちょっと待て、何でそう襲って欲しいんだ?」
「テストです!」
「テスト?」
俺が人間としてどれだけクズか、というテストか?
「おまじないが本当に効いているかどうかのテストをしたいのです!」
「おまじないぃ?」
さっきから俺、オウム返ししかしてねぇな。ともあれ、どうやら可愛い話のような気がしてきた。
「そうです。知りませんか?連続児童誘拐死亡事件。」
「全然可愛い話じゃねーじゃねーか!」
あまりに勢いよく叫んだものだから、缶が倒れて残っていたコーヒーが全てこぼれた。