なんか、特殊執行みたい。
久しぶりにリョナ子の出番。
まだまだ寒さは残るけど、少しずつ暖かくなってきた、そんな季節の変わり目。
朝、僕は仕事部屋に入ると、まずポストのような書類入れに手を伸ばし今日の作業表を取り出す。コーヒーを啜りながらこれを見て、今日の段取りを決めていくのだ。
「むっ」
見慣れない色の封書があった。これは通常の執行ではない。
これは、サポートや尋問等の通常外の特殊指示。
そして、今回のは・・・・・・。
作業場を出る。場所はここではない。
廊下を歩いていると、途中で殺菜ちゃんに鉢合わせた。
「お、リョナっちっ! おはようっすー」
「あ、殺菜ちゃん。おはよう」
彼女の前掛けはすでに血が染みこんでいる。もう一つか二つ執行を終えたのだろう。まだ、就業時間前なんだけど。
「ん、どっかいくんすか?」
「うん、これ見てよ」
僕は色違いの封筒を殺菜ちゃんに見せた。
「おお、それは・・・・・・噂のやつっすか。まじであったんすね」
「うん、数十年に一度あるかないかの幻の執行だね。僕はその監視役に選ばれたみたい」
事前執行をしてない場合、レベルさえ合っていれば、どの拷問士がどの犯罪者を執行するかは完全にランダム。
そして、ごく稀にこんな事も起こる。
「親近者に対して行う・・・・・・身内執行」
今日、僕は、その拷問士がちゃんと執行できるか、監視しなくてはならない。
執行対象。24歳、女性。
罪状、仲間と共謀しての強盗殺人が三件。レベルは5。
私は、その書類を見て、体が膠着した。
名前、そして写真。紛れもなくこの罪人は、私の姉だった。
震える体を必死に抑える。
姉とは親の離婚で私が中学にあがる少し前に生き別れた。
姉は母親に、私は父親に引き取られて、以来会っていなかった。
まさか、こんな形で再会するなんて。
神様はとことん私達が嫌いなんだろう。
元々、母親の浮気が原因だった。その後、母は不倫相手と結婚したみたいだけど。その後、姉がどういう人生を歩んだのかは知らない。
ここに、来るくらいだ。ろくでもないものだったのだろうか、想像もつかない。
「特級拷問士、リョナ子です。入るよ」
頭を抱えていると、扉から特級の拷問士が顔を見せた。
「君が今回担当する一級拷問士だね。今日はよろしく」
白い頭、黒い白衣のメガネの女性。
特級の中でも有名な人だ。最年少で特級にあがり、もはや伝説となりつつあるかのカリスマ拷問士に師事されていたという。
そうか、貴方が監視役なのですね。
「よ、よろしくお願いします」
本来、特級の方にあうと緊張するものだけど、今回はそれどころじゃない。
そして続けざまに、すぐ扉がノックされた。
「罪人入りますっ」
職員が執行対象を部屋に運んできた。
手足は拘束され、顔も目隠しがされている。
・・・・・・お姉ちゃん。それでもすぐに分かった。
「ほら、どうしたの。設置方法を指示しなきゃ。職員さん困ってるよ」
「あ、はい、す、すいません。そうですね」
声をかけられて我に返った。記憶が走馬燈のように駆け巡ってたから。
「つ、吊して下さい」
職員達は言われたように姉を設置していく。
私より少し背が高いくらいか。でもやせ細って、黒くさらさらだった髪は、今は痛みまくりで見る影もない。
「さぁ、始めようか。僕も忙しい身なんだ。自分の仕事があるからね。だからさっさとやってくれると助かるよ」
リョナ子さんに煽られ、私は恐る恐る警棒を手に取った。
蛍、私のおやつ、半分あげる。
蛍、虐められたら、お姉ちゃんに言うんだよ。
蛍、これ、私のお気に入り。これを私だと思って・・・・・・。
駄目だ、手が全く動かない。頭にお姉ちゃんの声が蘇って駆け巡る。
あの優しかった姉の顔がうかんで消えてはくれない。
「・・・・・・僕はある意味、この執行は妥当な気もしている。身内の不始末を身内ができるんだ。誰でもない、君自身の手で彼女に罰を与えられる、これはどちらにとっても恵まれてるんじゃないかな」
リョナ子さんのいう通りなのかもしれない。
他の拷問士に執行されるなら、私がやるべきなのかも。
姉のした事は許されることではない。
書類を見るかぎり同情の余地もない。共同正犯になってるけど、立場的に下だった事もあり男達が教唆犯、姉は幇助に近いと判断され、男達はレベル6、姉は5になった。
残虐な行為。それをしたのがこの姉だ。いや、この犯罪者か。
姉の思いを振り切る。そして被害者の感情を上塗りする。
警棒を持つ手に力を込めた。
今の私は、拷問士なのだ。なぜ、この職を目指し、この職についたかを思い出す。
そして、私は警棒を女の顔に振り下ろした。
犯行内容は、家に押し入り、家人を拘束、暴力を加え暗証番号等を聞き出していた。
被害者は何度も殴られたことだろう。
だから、私も何度も殴りつけた。
悲鳴が木霊する。部屋いっぱいに広がる。
もう、目の前の女はぐったりしている。
後、一回、それで事切れる。
途中、視界がぼやけると思ったら、いつの間にか私の目から大量の涙が溢れていた。
袖で拭う。あと、あと、一回で終わる。
腕を振り上げた。
でも、そこで動きが止まる。
石になったかのように、どうしても力が入らない。
「・・・・・・リョナ子さん。お願いが、あります。・・・・・・最後に、一言。一言だけ話させて・・・・・・くださいませんか・・・・・・」
ずっと無言で私の執行を見ていたリョナ子さんに声をかける。
答えはすぐに返ってきた。
「駄目だよ。それは規定違反だ。それに、それを許せば、君はきっと最後の一降りができなくなる。だから、そのまま終わらせるんだ」
そう言うとは思っていた。わざわざ特級が監視するのには理由がある。
ちゃんと執行できているか事細やかに観察しているのだ。
特級の目は誤魔化せられない。少しでも手を抜いていると判断させたら中断させられてしまうだろう。
「ほら、後一回だよ。早くしてくれ。さっきも言ったけど僕も忙しいんだ」
本当に血も涙もない人だ。
でも、そうだからこそ特級の拷問士なんだ。
彼女達に執行時、感情はない。ある程度、被害者の無念をくみ取ったら後は機械のように執行する。人によってやり方は違うけど、ことこのリョナ子さんはその傾向が強いと聞く。
だから、私の気持ちも知ったことではない。
リョナ子さんにとって、私は拷問士で、姉は犯罪者。それだけなのだ。
「やらないなら、僕がやるけど? ここまで来てそれもどうだろうね」
俯いていた顔を上げる。やっぱり涙は止まらなかったけど、これでさよなら。
「ああああああああぁぁっぁあっぁぁぁ」
私は振り上げたままだった腕を、思いっきり姉の頭に振り下ろした。
動かなくなった姉の首元にリョナ子さんが手を置いている。
「午前10時12分。執行完了。見届けたよ。それじゃ、僕は戻るから後片付けよろしくね」
そういうと、リョナ子さんはさっさと部屋を出て行った。
誰もいなくなった部屋で、私の体は崩れ落ちる。
どうしてこんな事になったのだろう。
最後にちゃんとお別れをしたかった。
もう一度だけ、姉と言葉を交わしたかった。
「・・・・・・うぅ・・・・・・」
声が聞こえた。私は目を見開き姉の亡骸に目を向ける。
え、まさか、そんなはずは。
急いで立ち上がり、吊された姉の元へ駆け寄る。
「お姉ちゃんっ、お姉ちゃんっ!」
目隠しを取り、姉の頬を両手で包み込む。
血だらけの顔、私の手も真っ赤になる。
「・・・・・・ほ、蛍・・・・・・?」
もう姉の命は灯火。最後、無意識に力を抜いてしまったのか。
死の寸前だけど、まだ生きている。
特級の拷問士が見逃すはずがない。
リョナ子さんは私に与えてくれたのだ。
数分、最後の時間を。
「・・・・・・ま、ぼろし・・・・・・さい、ごに、蛍に・・・・・・会え・・・・・・た」
もう姉の耳には私の声は届いていないだろう。
姉も、私の事は幻かなにかに。
「・・・・・・もしも、もう一度、姉妹になれたら・・・・・・今度はもっと・・・・・・」
なにを言ったらいいかわからない。思っている事が言葉にならない。
だから、私は姉の顔をぎゅっと抱きかかえた。
最後の最後、その時まで。
僕は朝きた廊下を戻る。
・・・・・・1、2分てとこかな。
僕も駄目駄目だな。これで特級だってんだから他の拷問士に示しがつかないよ。
「お、リョナっち。終わったんすか」
朝を同じように殺菜ちゃんに出くわす。
前掛けはさらに血で染まっていた。何件やったんだろう。
「うん、滞りなく完了したよ」
「ま、当然っすね。家族だろうがなんだろうが、犯罪者は犯罪者っすからね。それで執行できないなんて拷問士の資格はないっすよ」
うん、この殺菜ちゃんは誰が来ても通常通りやるんだろうな。
「あ~、殺菜ちゃん、ちょっと僕を殴ってくれないかな。顔じゃなくてお腹辺りに」
突然、そんな事を言われて殺菜ちゃんはきょとんとしている。
「へ? なんでっすか」
「まぁ、いいからお願い。レベル1くらいで。じゃなきゃ僕の気が済まない」
規定違反を犯してしまった。罰は受けないとね。
これは拷問士の殺菜ちゃんにやってもらわなきゃだよ。
「よくわからないっすけど、そういうならやるっす」
殺菜ちゃんは、全く遠慮なく、僕の鳩尾の拳を食い込ませた。
「があっ」
お腹を押さえて、その場に蹲る。うぅ、痛い。朝ご飯食べて無くて良かった。
「大丈夫っすか!? 一体なんでこんな事」
殺菜ちゃんの手を借り、ふらふらになりながらも立ち上がる。
「うぅ、いいんだよ。彼女はまだ一級だ。僕達のように、なる前に・・・・・・」
拷問士の存在は色んな人が否定する。
少しの穴があればつつかれる。
でも、僕達の存在意義は自分達で守らなければならない。
そのためには一日一日、しっかり仕事しなきゃだよ。
対象が、親でも兄弟でも、子供でも、親友でも。
それらが闇に手を染めたというのなら。
僕達の罰に例外はない。
でも見てただけでした。




