なんか、色々おかしいみたい。
犯罪者の、それもレベルブレイカーという凶悪犯達が幽閉されてる場所に僕達は閉じ込められてしまった。
僕の前をシスト君と叶夜が歩く。
シストくんは端末を見ながらルートを確認していく。
叶夜は目の前に集中してるみたい。
「人間には二種類います。頭のいい人と悪い人」
突然、シスト君がそう呟いた。
「レベルブレイカーも同じです。知性がある者、ない者がいます。当然やっかいなのは前者ですが、この状況だと少々読みづらいですね」
僕はなんとなくシスト君の言いたいことがわかった。
もし、僕がレベルブレイカーでこの状況に陥ったならどうするだろう。
「例え、拘束がとれて檻が開いたとしても、すぐに出るでしょうか。僕ならまず様子を伺います。そしてその後考えられる行動は三択です」
「・・・・・・逃げようとする。その場に留まる。そして・・・・・・自殺するの三択か」
ここにいるのはレベルブレイカー。つまり数回におよぶ拷問の末に待つのは死だけだ。
激しい拷問を受けるなら死んだほうがマシと考える者もいるだろう。
「状況しだいでは、ここから逃げ出せるかもという可能性も考慮するでしょう。なので、すぐに行動を起こすとは考えにくい。さしあたっての問題は・・・・・・」
ただでさえ小さな灯りに、ぬっと影が落ちる。
廊下の先、大きな影が僕達を覆う。
「叶夜。まだ動かなくてもいい」
今度こそ檻から出てきたレベルブレイカーだ。
かなりの大男。二メートル近くあり、体格もいい。でも片腕がなかった。
シスト君は、僕らの足を止め、自分から一歩踏み出す。
「ふぅ、ふぅ、なんだ、これ、どうなってやがる、あぁ?」
大男は興奮しているようだ。
シスト君は構わず近づいて男の前に立つと口を開いた。
「落ち着いてください。僕の目をよく見て」
荒い息を吐いていた大男が、シスト君と目を合わせる。
「僕は貴方達を解放しにきた者です。このまま僕の指示に従ってください。さすれば外へ出られますよ」
「・・・・・・解放? まじか、でれんのか、ここから・・・・・・」
「ええ、この二人もレベルブレイカーです。一緒にここから出ましょう」
あ、僕もレベルブレイカーってことにするのね。
ここは話を合わせよう。真っ先に檻から出たこいつは多分物事をよく考えようとしないタイプ。
「ふぅ、ふぅ・・・・・・」
大男は僕達に視線を移した。値踏みするようにじっと見ていた。
「なるほど・・・・・・たしかに餓鬼と女だが、ただ者じゃねぇ。人を何人も殺してきた奴の目だ。おめぇら今まで何人殺した?」
僕達に投げかけられる質問。叶夜がまず答えた。
「さぁ、もう覚えてないよ。なんせ今より小さい頃からやってるし」
そして僕も続く。
「僕はそうだね。とにかく数え切れない程かな。ここにいるレベルブレイカー達の誰よりも多いかもしれない」
ま、嘘は言ってない。本当は一人一人覚えているし、対象は極悪人に限るけどね。
「そいつはやべぇな。俺なんて4人だけだ。それも酔った勢いで喧嘩して殴り殺しちまった。喧嘩を売ってきたのはあっちなのに、レベル9とかにされてこのざまだ。納得いかねぇ。見ろよ、これ、最初の拷問で手を切り落とされたんだぜ」
大男は肘から上がない腕を上げ、奥歯をギリリと噛んだ。
僕以外の拷問士にやられたのか。レベルブレイカーで五体満足の者は少ないかもね。すでに一次や二次執行を受けてる者もいる。そうなるとますます僕の正体がばれるわけにはいかない。
とはいえ、これ檻から出てきた奴はこうやって欺して、檻から出てこない奴は無視すればこもままエレベーターまで何事もなく辿り着けるかもしれない。
そう思ったんだけど、世の中そんなにうまくはいかないものだ。
次に僕達の前に現れた二人が問題だった。
「落ち着いてください、僕達は貴方達を解放しに・・・・・・」
シスト君は同じようにそう声をかけたのだけど。
「てててて、てめぇぇっぇぇぇぇ」
「あああああああ、こいつ、こいつ、殺す殺す殺す・・・・・・」
最悪だ。顔見知りに会っちゃったよ。
「あれ・・・・・・これは一体。なんだか、貴方を睨んでいるようですがお知り合いですか?」
もうここまでだね。
「うん。あいつらは僕が以前執行したレベルブレイカーだよ。ゴミタとナギサ。かなりの拷問をしたからね。相当僕を恨んでるはずさ」
ゴミタは元々金髪だったけど今は坊主頭だね。左足を引き摺ってる。
ナギサも坊主。顔が口から耳まで裂けている、今は縫い付けてあるけど。
「お前のせいで、使い物にならなくなったろうがあぁぁぁ。これじゃもう遊べねぇだろがぁあ」
「私の綺麗な顔をよくも、よくも、よくも、お前の顔も同じようにしてやる、潰してやる」
二人は僕に激しい憎悪を送っている。捕まったら八つ裂きにされちゃうかな。
「あぁ、貴方、やっぱり拷問士だったのですね。この場にいて罪人でも職員でもない。そうなると残りは一つです」
シストくんは最初から分かっていたのか、僕の正体を聞いても驚かない。
でも、他の二人は別だ。
「なっ! おめぇ、拷問士だったのかっ! 俺を欺したなっ!?」
「ふ~ん、お姉ちゃん、拷問士なんだ。へぇー」
これは詰んだかな。話し合いなど無駄。抵抗する力も、逃げ場もない。エレベーターはもうすぐだったのに。
「おぉぉぉぉーーーーーーいっ! ここに拷問士がいるぞぉぉぉぉぉっ!」
「恨みがある奴は出てきなぁぁぁぁ、一緒に晴らそうよぉぉぉ」
ゴミタ達がそう叫んだ。室内に反響していく。
「・・・・・・これは想定外ですね」
シスト君が呟く、そして後ろを向き、全速力でこの場から走り出した。
その姿はすぐに闇に飲まれ見えなくなる。
逃げたのかな。それはそうか奴らの標的は僕だからね。シスト君には関係がない。
「よくも俺の腕をぉぉぉぉっ!」
一番近くにいた大男が僕に掴みかかった。
それを。
「おらあぁっ!」
叶夜が僕の前に立ち男の金的を蹴り上げる。それにより前屈みで近づいた男の顔面、それも両目目掛けて指を突き刺した。
「ぎゃあいあいあああ」
大男は両目を押さえて悲鳴を上げた。
まだ終わらない、今度は耳に噛みつくと、頭を押さえて引き千切った。
吐き出す。叶夜は、血の混じった唾と一緒に肉片を床に落とした。
そのまま僕を庇うように、ゴミタとナギサを前にして構えた。
「叶夜、君も逃げるんだ。じゃなきゃここに他のレベルブレイカーも集まってくるかもしれない」
僕が拷問士だとわかっても叶夜はまだ味方でいてくれた。それはそれで凄く嬉しい。
でも、このままだと叶夜まで酷い目にあわされる。
「はっ、冗談でしょっ! 男が女を置いて逃げられるはずないっしょっ! お姉ちゃんは僕が死んでも守るよ」
「・・・・・・叶夜」
久しぶりに女の子扱いされた気がする。
でも、子供を守るのも大人の仕事だよ。
「こうなりゃ、僕も噛みついてでも足掻いてやる。叶夜が僕を守るなら、僕が叶夜を守るよ!」
一旦諦めかけた心に火がついた。
数の上では同等だけど、こっちは子供と女。武器もない。どこまでいけるだろうか。
気合いを込め、ゴミタ達と向き合う僕達だった。
しかし、すぐに灯火を揺るがす事態が起こる。
「おおお、どれどれ、どいつが拷問士? どれどれ?」
「指全部、切り取られた。俺も同じ事してやる・・・・・・」
後方に新たなる二つの影。ゴミタ達の声を受け集まってきたレベルブレイカーか。
これで数でも劣った。万事休すなのか。
と、と、とん、とん。リズムにのった音が木霊する。
廊下の奥から響くその音は、どんどん大きくなる。
それが駆ける足音をわかったのは、その人物の姿をはっきり確認できてから。
顔は包帯でグルグル巻き、目と口だけが見えた。うっすら笑っているようにも。
その人物は集まってきたレベルブレイカーに向かって飛びかかる。
二つの頭を握ると、力いっぱい互いを打ち付けた。
よろける男達の足を払い、地面に倒すと、顔面を蹴りつける。
止まる事はない、男達が動かなくなるまで顔目掛けて何度も足を落とした。
僕達も、ゴミタ達もあっけに取られていた。
突然現れた、顔は包帯で隠れてたけど、体つきから見て女性。
あっという間に他のレベルブレイカー達の行動を抑えた。
「有無を言わさずやっちゃったけど、聞いたのは男の子と女の子だって話だったし、大丈夫だよね」
一体何者だ。面識もない。彼女もレベルブレイカーなら味方になってくれる理由が思いつかない。
「君は、一体?」
包帯女は、僕の問いに近寄りながら答えた。
「あ、私? 私は狂璃。首切りっていったほうがいいかな。シスト君に頼まれて助けにきました」
首切り狂璃。って、楠葉さんを殺した一味じゃないか。たしか、蓮華ちゃん達が捕まえた殺人鬼の一人。こいつがなぜシスト君と知り合いなんだ。
「お姉ちゃん、今はなにも考えない方がいい。味方になってくれるってならありがたい。まずはあいつらを倒さなきゃ」
「お、君いいねぇ。シスト君に見込まれただけはあるよ。じゃあ、ちゃっちゃっとやっちゃいますか。はいっ、これ」
首切りが叶夜に何かを投げる。
「シスト君から君の分のボールペンだよ。これであいつらをやっつけよう」
あれ、所持品は入るとき全部預けたはずだけど。でも、そうか。そもそもシストくんは正規で入ってないのか。
「なんだぁ、その女、庇うのってのかぁっ! そいつは拷問士だぞっ! お前のその顔もそいつらにやられたんだろがぁっ!」
「同じレベルブレイカーじゃないのさ、なら敵はその女の方だっ! こいつは私の綺麗な顔を、顔をぉぉぉぉ」
レベルブレイカー達とレベルブレイカー達が向き合う。
真ん中には絶対挟まれたくない。
「残念ー。この顔は拷問士にやられたんじゃないんだなぁ。笑っちゃうほど強い殺し屋にやられたんだよ。あんなのが世の中にはいるんだねぇ。やっぱプロは違うわ」
「僕も、まだ執行されてないから別に恨みはないよ。お姉ちゃんは僕のだ。お前らにはやらない」
息を飲む。衝突は必至。
誰が先に動いたのか、誰の血が最初に飛んだのか。
ここから先は僕もよく覚えてない。
とにかく、凄惨だった。
ゴミタの足は両方うまく機能していない。以前、僕が膝に飛び乗ったり、皿にドリルで穴を開けたりしたからね。
だからかな、叶夜の素早い攻撃に全く対応できてなかった。
叶夜が飛ぶ。ゴミタの頭を片手で押さえると躊躇なく耳の穴にペンを突き刺した。
「ふあっががあっ」
フロア全体に響くような絶叫。叶夜は入れっぱなしのまま手を上下左右にかき回す。
「ほらほらほらほらほらっ」
ゴミタも激しく抵抗する。叶夜の髪を掴み、顔や腹を何度も殴りつける。しかし、叶夜が離れることはなかった。しがみついて手を緩めようとはしない。
ゴミタの耳からは血があふれ出ていた。
ナギサは右手首がない。以前、葵ちゃんに引き千切られたからね。
対して、首切り狂璃の方も、腕にギブスがしてあってまだ完治してなさそう。
手負い同士の戦いだったけど、土台の質が明らかに違った。
狂璃は瞬時に間合いに入ると、手に握るペンでナギサの体中に穴を開けていく。
太股、横腹、肩、目に付く場所目掛けて腕を振り下ろした。
「君、女になりたかったんでしょ? なら穴増やしてあげるよ」
「ぎゃあっ、いでぇえええ、やめ、いでぇええ、だくぁ」
動きが鈍くなったのを見計らって、狂璃は固いギブスでナギサの顔面を殴りつける。
なんとか立っていたナギサがついに膝をついた。
「その顔どうしたの? 折角格好いいのに直しちゃうの勿体ないよ」
ナギサの口は、左右耳の近くまで僕が裂いたからね。今は縫い付けられてるけど、狂璃はそれが気に入らなかったみたい。
「戻してあげる」
〈狂璃、活躍中〉
「やめえでえええ、私の顔・・・・・・わたじののののおの」
〈狂璃、活躍中〉
耳から血まみれのペンを取り出した時には、すでにゴミタは倒れていた。
あまりの苦痛に耳を押され地面を這いずり回っている。
「お兄ちゃん、面白い、芋虫みたい」
叶夜は、匍匐でこの場から逃げようとするゴミタを見下ろし。
「子供ってよくイタズラで浣腸ってやるよね」
叶夜はおどけた顔を見せ。
〈叶夜、活躍中〉
この場はしばらく、二人の悲鳴が鳴り響いた。
はっ。
見入っていた僕が、やっと我に返る。
もう、すでにゴミタもナギサも小さく呻きを漏らすほど弱っていた。
「ストップっ! もういいでしょっ! ほとんど動いてないよっ!」
大声で二人に制止を促す。
それでも完全にスイッチが入っていた二人のレベルブレイカーは手を止めない。
全く、殺人鬼ってのはどいつもこいつも。
「・・・・・・やめなって言ってるでしょ。聞こえないの?」
今度は少し威嚇を込めて言ってみた。
「・・・・・・ん、あぁ。ごめん、お姉ちゃん。つい夢中になっちゃった」
「あ、ごめんね。確かにもういいよね」
二人はこちらを向き、ピタリと動きを収めた。
「お、大丈夫だったみたいですね。さすが狂璃だ」
奥から逃げたと思っていたシスト君が姿を見せた。
その顔を見た狂璃が真っ先に声をかけた。
「もう。先に行っててって言ったけど、随分遅かったじゃないか。なにしてたの」
「うん、ちょっと野暮用をね、済ましてたんだ」
やはりシスト君と首切り狂璃は知り合いのようだ。
「さぁ、今度こそここを出ようか。狂璃も一緒に行こう」
「うん、そうしたい所だけど・・・・・・」
大騒ぎしたからかな。周囲に気配が増えた。様子を見ていた他のレベルブレイカーも檻を出てきたのか。
「私はここで足止めするよ。シスト達は逃げな。多分もう二度と会うことはないかな」
「狂璃・・・・・・」
シスト君は狂璃に近づくとぎゅっと抱きしめた。
狂璃も最初は驚いていたようだったけど、腕も添えてきつく抱き返した。
「シストに会えて良かった。今度生まれ変わったらまた友達になろう」
「そうだね。できなった事を今度こそ・・・・・・」
二人はおでこを合わせ、数秒だけ瞳を閉じる。
そして、離れた。
「二人とも、こっちです。僕についてきてください」
この二人がどんな関係なのかはわからないけど、とても深い繋がりがあるのは見て取れる。
僕達と狂璃の距離がどんどん離れていく。
シスト君が最後にちらりと後ろを振り返った。
僕も釣られて見ると、小さくなった狂璃は手を振っていた。
こうして僕達はエレベータに向かって走り出したのだけど。
やはり、色々おかしい。
警報が鳴ってからここまで職員の対応が全くない。
「もう後は大丈夫でしょう。僕はさっき他の檻を見て回ったんですが全部が開いてたわけじゃなかったです。外からでも身震いするようなレベルブレイカーの檻は例外なく閉まってました。なのでこのまま無事にエレベーターまでつけるでしょう」
シスト君は僕達を安心させるため何気にそういったんだろうけど。
なら、なおさら腑に落ちない。
それって誰かが意図的に操作してるって事じゃないのか。
これは制御系のトラブルなんかじゃない。
なにか、他に事情があって、僕は巻き込まれたんだ。
シスト君は最初からこの状況下であり得ないほど落ち着いていた。
この少年は本当に何者なんだ。あの首切り狂璃とも顔見知りだったし、他にも色々知ってそうだね。
なにはともあれ、今はここから出ることを最優先だ。
次回、葵ちゃん達が伏線を回収します。こっちの話が途中でしたので、リョナ子さんの番外編も乗せましたので、もしよろしければ。




