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なんか、閉じ込められたみたい。

コツコツと階段を降りる。


 電子制御の鉄格子をいくつも抜けていく。


 ここは、執行を待つ罪人が一時的に拘留されている施設。


 数日後に控えたレベルブレイカーの第一次執行。

 僕は、この前の特級試験を見て、少し考えを改めた。


 一級では手に負えない罪人達。

 それを執行できるのは特級だけに他ならない。


 今までは、どんなレベルブレイカーが来ても執行する自信はあった。

 それは特級としての誇り、尊敬する先輩の教え、そしてここまでやってきた経験と実績。

 

 でも、仮に葵ちゃん以上のレベルブレイカーと正面からぶつかったら、僕はまともな執行ができるのだろうか。

 ましろちゃんの先輩として、偉大な先輩の後輩として、僕はこれから先、誰にも負けるわけにはいかないのだ。


 レベルが上の罪人ほど、深く閉じ込められている。

 僕が会うべき、レベルブレイカーは最深部。

 

 執行前の下見がしたかった。書類上ではわからない特性を見極めたかった。

 油断すると、奴らはどんな小さな穴からでも侵入し浸食する。

 

 葵ちゃんを執行する時は、24回面会した。


 初めて会った彼女は、闇そのもの。

 人形という入れ物に、ありとあらゆる厄災を詰め込んだような。


 目も口も、手も足も、その行動の全てを制約されていたというのに、彼女に近づくのが怖かった。前に立てばたちまち四肢が引き裂かれるような気がした。


 ただ、目の前に座って何時間も見ていた。


 一見、なにも意味のない行為。でも僕らはちゃんと語り合っていた。


 最後の、24回目の面会で悟った。

 いかなる方法を用いようとも、いかなる事象が起きようと、僕と彼女がわかり合えることはこの先来る事はないだろう、すでに彼女は人ではなかった。



 葵ちゃんみたいな罪人が来る可能性はある。

 先日の特級試験くらいのレベルブレイカーなら問題ないけど、化け物といきなりぶつかったら特級の僕でもどうなるかわからない。


「さてさて、どんな人物かな」


 隔壁の前には警備員が何人も立っていた。

 どんどん、人数が増える。

 本来なら、一気に下れるエレベーターがあるんだけど、僕はあえて一階一階降りていく。

 

 僕は登山なんてしたこともないしする気もないけど、あれに似てるかな。

 どこでも一瞬でいけるドアがあったとして、いきなり高山の頂上に行ったら体がおかしくなっちゃう。ゆっくり体を慣らしていかなければならない。

 

 ようやく、レベルブレイカーのいる区画についた。

 ここからは別世界。気合いを入れ直そう。


「罪人はほぼ全員が拘束されていますが、念のため檻には必要以上に近づきませんように。設置されている壁は三十分置きに変化します。迷わないよう、これを・・・・・・」


 携帯などの持ち物を預けると、代わりに係員は僕に、端末を手渡してくれた。

 画面には迷路のような図面が浮かぶ。現在地が赤く点滅していた。


「大丈夫だよ、僕はもう何回もここに来てるからね」


 この時は、なんの不安もなかった。

 でも、まさかあんな事態になるなんて、少しも想定してなかったんだ。



 ここには三十人ほどのレベルブレイカーがいた。

 裁判を待つ者、執行を待つ者、司法取引の交渉中の者、色々いる。


 僕が担当するであろうレベルブレイカーは15番。

 檻と檻は連なっていない。

 万が一、意思疎通ができる状態が起きるともかぎらない。

 なので、一つ一つの間隔はとても広いんだ。  

 

  

中には、僕がすでに第一次や第二次の執行をした奴もいる。

 以前、捕まえたゴミタやナギサもいる事だろう。

 かなり痛い目にあわせたからね、執行以外では会いたくはない。


 

 15番目の檻を目指して歩いていた。


 そして、それが起こった。


 廊下を照らしていた電灯が落ち、真っ暗に。

 すぐに予備電源が作動したけど、メインの灯りは消えたまま。点々としていた小さな電気だけが薄暗く灯っていた。


 続けざまに、けたたましい警告音。


「え、え、なに、なに」


 反響する。近くの檻が開いた。連鎖するように同じ音が響く。


 なにかトラブルか。

 ここはほぼ全てが電子操作で賄っている。

 それが、裏目にでた。


「やばい、やばいっ!」


 とにかく慌てた。だって、ここは悪魔の住処。

 ロックが外れたら、レベルブレイカーが解放されてしまう。


 端末を見る。そして青ざめた。

 戻る道が変わって、入り口の隔壁は閉じている。これじゃ戻れない。


「そうだ、エレベーターっ!」


 これに先に乗れば上まで一気に帰れる。


 そう思ったときには、僕の足はもう動いていた。


 檻は開いたけど、手枷は時間差があるのか、まだ誰も出てきている気配はない。


 突き当たりを曲がり、一直線に廊下を駆けていく。


 すると、人影が。

 こちらに向かって歩いてくる。


 まさか、レベルブレイカー。


 立ち止まり身構える。


 近づくその人物を見据える。


 少年、いや、どっちだ。


「ん? あれ、貴方は係員、ではなさそうですね。レベルブレイカーでもなさそうだ」


 僕も同じ事思ったよ。

 この子はどこか学校の制服を着ている。係員でも、ましてやレベルブレイカーでもない。なにより危険な感じがしない。


「う~ん、そううまくいかなかったか。これは参ったなぁ。新しいのここで探そうと思ったんだけど・・・・・・」


 少年、多分男の子だと思う。でも僕より確実に色気が漂うその子は、そうブツブツ意味の分からないことを言っていた。


「とりあえず、一旦戻りましょうか。巻き込んだみたいなのでお送りしますよ。さ、僕についてきてください」


 少年? は、端末を取り出して歩き出した。

 それを持っているということは関係者なのか。


「き、君は一体?」


 背中に向かって問いかける。


「あぁ、僕ですか。えーと、どうしましょう・・・・・・。まぁいいか。僕はシストって言います。父がここのお偉いさんと親交がありましてね、ちょっと見学させてもらってたんですよ。一応内緒にしててください。本来は違法ですので」


 それはそうだ、ここに一般人の、ましてや学生が入れるはずがない。


「ふむ、このパターンだと、レベルブレイカーの檻をいくつも抜けなくてはなりませんね。次は三十分後。モタモタしてる暇はないので突っ切りますか」


 それはとても危険だ。拘束は電子制御だけではなく予備の拘束もされてる。

 それでも、安心できない理由があるんだ。


「レベルブレイカーの中には一切の拘束がなされていない者もいます。たとえば低年齢のレベルブレイカー。ここには現在二人いますけど、そのどちらかが他の者を解放しはじめたら手がつけられませんね」


「可能性がないわけじゃない。どうしよう」


「幸い、近くにその内の一人の檻があります。まだ出ていなければいいのですが」


「え、どういう事? まさかこっちから行くつもりじゃ・・・・・・」


 子供だろうがなんだろうがレベルブレイカーには違いない。


「ルート上、僕ら二人では脱出できそうにありません。仲間になってもらえると助かるんですがね」


「いや、相手は凶悪な犯罪者だよ! こっちの話を聞くかどうか」


「多分、大丈夫でしょう。僕、犯罪者になぜか好かれるんですよね」


 なぜ、この少年はこんなに落ち着いてるんだ。ライオンの檻に閉じ込められたようなものなのに。それに、言葉一つ一つに自信を持っている。

 ただの少年ではない。何者だ。


 今はこの少年の傍を離れないほうが賢明だ。

 不安はあったけど、僕はこの少年の後をついていく。


「ここです。あ、いたいた。良かった」


 扉は開け放たれていた。でも、その子は寝たまま、動こうとはせず漫画を読んでいた。

 足音か、気配か、檻の住人は僕らの存在にとっくに気づいていたようで、近くに来てもこちらを見ようともしない。本から目を離さなかった。


「ん~? なにお姉ちゃん達? ていうか、いきなり電気が消えて読みづらいんだけど、どうなってるの、これ? あ、そこで止まって。それ以上近づいたら殺すから、入らないでね」


 男の子だ。短パンはいてる。他の檻と違って随分自由な場所だね。

 拘束は一切されてない。男の子の周りにはゲームや本が乱雑していた。

 相変わらず未成年なら凶悪犯にも優しい国だね。

 

 黒と白がストライプのように区切られた髪型。

 ちらりとこちらを向けた視線は子供のものではない。

 この場に相応しいドロドロの瞳。


 シストくんは、男の子の忠告を無視してずかずかと檻に入ると、いきなり男の子を抱きしめた。


「ん、んんん、なにす・・・・・・」


 僕も唖然としちゃった。胸に抱かれ最初は暴れていた男の子はしだいに大人しくなる。


「僕の胸の中は柔らかくて気持ちよかったろう。またいつでも飛び込んでいい。そっちのお姉さんにもやってもらいな」


「え、僕? いやいや」


 断る前に男の子は夢心地の中にいるようで、言われるがまま僕の胸に抱きついてきた。


「ええ、ちょっと・・・・・・」


 力いっぱいしがみついてくる。

 あ、でもよく見たらこの子なんか震えてる。

途惑った僕だったけど、男の子の変化に気づいて抵抗をやめた。

 

「あぁ・・・・・・ママ。あああああ、駄目叩かないで・・・・・・あああああ、やめて言う事聞くよ、なんでも・・・・・・ああああああ、ママ、ああ、美味しい、ああ、ありがとう・・・・・・」


 僕達の温もりが、いい記憶も悪い記憶も呼び覚ましているのか。

 母性本能というやつだろうか、怯える子猫を抱いているようだった。気づいたら僕は男の子の頭を優しく撫でている。

 次第に震えが治まっていく。そうかと思ったら男の子は僕の胸にグリグリと顔を押しつけはじめた。


「ちょっ、君・・・・・・」


「・・・・・・こっちのお姉ちゃんは、すごく落ち着くけど、あんまり気持ちよくない。詰まってるものがないからか」


 どういう意味だ。僕はそこの少年以下か。


「これでわかったろう。僕達は君の敵じゃない。さぁ、行こう。僕達は君のお姉ちゃんだ。だから君は僕達を、家族を、守らなければならない。じゃなきゃこんな場所だ。僕達はむちゃくちゃにされてしまう」


 男の子は急な言い分に首を傾げた。それはそうだ、どんな理屈だと、僕も思う。


「・・・・・・家族・・・・・・お姉ちゃんになってくれるの?」


「勿論だ。独り占めしたいだろう? 他の誰かに取られるのは嫌だろう。君のまだ知らない事を色々教えてあげる。でも、それはここを出られればの話だ」


「・・・・・・知らない事を色々・・・・・・。いいよ、わかった。僕、色々教えてもらう。だから、ここから出よう。流石にそろそろ飽きてきたとこだったんだ」


 僕はなにも言ってないからね。

 二人は勝手に話を進めてるけど、一体、なにを教えるつもりだか。


「君、名前は?」


 腰を落として名を訪ねる。未成年の、ましてはここまで幼いと世間は公表を控える。そうなると僕でさえ担当しないかぎり、どんな人物かよくわからない。


「叶夜だよ」


 僕はピンを来なかったけど、シストくんが頷いた。


「あぁ、君がそうか。キラープリンス。汚い大人に利用された暗殺マシン。その姿で欺いて何人もの要人を殺し捲った殺人兵器。これは・・・・・・いい拾いものだ」


 シストくんが檻から出る。


「時間が惜しい。ここにいるのは屑だけだ。叶夜の好きにしていい、ただしお姉ちゃん達は絶対守るんだよ」


「うん、お姉ちゃん達は僕が守るよ。護衛はしたことないけど、いつも通りにやればいいよね」


「ちょっとっ。君が檻から出るのは目を瞑ろう。なんせ、君みたいな子供がここにいては危険だ。でも無茶しちゃ駄目だよ。それにレベルブレイカーといっても執行は終えてない。反撃なんて考えないで、くれぐれも慎重にね、様子を見て、襲いかかってこなそうなら・・・・・・」


「あはは、眼鏡のお姉ちゃんは面白いことをいうね。ここに人はいないよ。右の頬を殴られたら左の頬を差し出せって訳にはいかない。ここの奴らは話し合いなんて通用しない、目があったら殺しに掛かってくる。殺られる前に殺れが基本だから」


「でも・・・・・・」


 それは僕だってわかってる。世の中物わかりのいい人ばっかりではない。こちらを理解しようとはせず、一方的に攻撃をしかけてくる奴なんていっぱいいる。じゃなきゃこの世に争いなんて起きない。しかも、ここにいるのは規格外の犯罪者ばかりだ。


「それでも、それでもだよ。約束してくれ。無茶はしない。誰一人死なず殺さずここを出るって」


 こんな状況で自ら制約をかけて危険度を上げている。自分でも聞き分けがないと思うけど、こう言わなければそれは別の誰か。僕はこういう性格なのだ。


「叶夜、今回はこっちのお姉ちゃんの言う事を聞こうか。どうしても譲れない部分があるみたいだ」


「あっちは殺す気満々なのに、こっちはできるだけ危害を加えるなって? それかなり難しいよ。・・・・・・でも、そうだね。お姉ちゃんの言う事は聞かなきゃか・・・・・・」


 叶夜はまだ納得いってなかったみたいだけど、しぶしぶ頷いた。


 こうして奇妙な組み合わせが出来て。


 三人は、薄暗い廊下を進んでいく。

 今回血が流れず、されど次回は。

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