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なんか、挑戦するみたい。中編

  特級試験に挑むには条件がある。


 一級での三年以上の実務経験。

 他にも精神状態やら健康状態やら細かい規定はあるけど、これが大前提。


 だけど、ましろちゃんはその条件を満たしていない。


 それなら、そもそもましろちゃんには受ける資格はないのか。


 答えは否。僕や殺菜ちゃんもこれをパスして特級に上がった。


 例外があるからね。


 実務経験を無視して挑むには、現役特級拷問士三人以上の推薦があればいい。


 

 そういう訳で、今僕の仕事場には特級が三人集まっている。


「ドク枝さん、殺菜ちゃん、どうかな?」


 忙しい合間に、ましろちゃんの仕事ぶりを見てくれたのは、ドク枝さんと殺菜ちゃんだ。


「う~ん、正直危うい部分は残ってるけど、ギリギリ及第点てとこかしら」

「そうっすね。同じ頃の私やリョナッちと比べると見劣りはするっすけど、これならまぁ」


「あ、ありがとうございますっ!」


 

ドク枝さん達の言葉に、ましろちゃんは大きく頭を下げた。

 この二人は、僕の後輩だからといって贔屓目は決して使わない。

 だから、これは正当な評価だと思っていいね。


「よし、これで僕もいれて三人の推薦はとえた。後は、試験当日まで少しでも経験を積もうか」


「は、はいっ! よろしくお願いします」


 もう少し悩むかと思ってたけど、ましろちゃんは特級に挑む決意をした。

 だけど、特級の椅子を狙っているのは、ましろちゃんだけではない。

 他の一級拷問士も挑むだろう。今の時点でははっきりいって安心できない。


「あ、それはそうと、銃花さんがリョナっちの事呼んでたっすよ。いつでもいいから手が空いたら私の仕事場まで来いって言ってたっす」


「銃花さんが? なんだろう」


 銃花さんは、僕らと同じ特級拷問士の一人だ。

 そんなに絡んだ事はないんだけど。一体なんの用だろう。


「じゃあ、今行ってこようかな。この後の執行まで少しだけ時間があるし」

「それなら、私も付き合うっすよ。久しぶりにあの人の執行が見られるかもしれないっす」


「二人が行くなら、私がましろちゃんに色々アドバイスしておいてあげるわ。心構えが大事だしね」


 余計な事を教えなければいいけど。

 まぁ、ドク枝さんも一応特級だし、ここは任せてみよう。


「じゃあ、ちょっと行ってきます。ましろちゃん、ドク枝さんの話はほとんど聞き流していいけど、たまに良いこと言うから、それだけは聞いといてね」


「は、はい!」


「ちょっと、リョナ子っ! ほとんど聞き流し・・・・・・」


ドク枝さんが全て言い終える前に扉を閉めた。


 さて、銃花さんの仕事場は地下だったね。


 ここから数階下へ降りていくと、別のフロアに着いた。

 そして、銃花さんの仕事場へと。


「銃花さん、リョナ子です。入ってもいいでしょうか?」


 厚い扉を強くノックした後、声をかける。


「どうぞー」


 了承を得て、僕達は部屋の中へ。


 瞬間、爆音が耳を劈く。


 わわっ。驚いてとっさに目と耳を塞ぐ。

 恐る恐ると片目だけ開いて様子をみた。


 黒を基調に金色の線が浮かぶ、軍服ワンピース。

 短い外套を揺らし、目には同じ色合いのアイマスクをつけている。

 手には銃を持ち、いままさに執行中だったみたい。

 

 彼女が、銃花さん。

 主に反社会勢力の犯罪者を対象に執行する特級拷問士。


「あぁ、ごめんなさい。もう少しで終わるから、そのまま耳を塞いでいてね」


 そう言うと、銃花さんは銃を再び構えた。


 数メートル先に、的のように縛られ固定されている罪人がいた。

 すでに、何発か撃たれていて、血が衣服に滲んでいる。

 

「えっと、次は耳よね」


 引き金を引く、銃声と同時に、罪人の片耳が吹っ飛んだ。


「ふがああああぁぁあ」


 押さえていた耳を通り越して聞こえる絶叫。


「貴方も、闇に生きていたのなら、これくらいの覚悟はあったでしょうに。散り際くらい綺麗にできないものかしら」


 今度は連続で撃ち続けた。


 両肩を貫通、そして最後の一発が額に命中する。

 罪人は、首を後ろに大きく反らしたかと思うと、すぐに床を見る事になった。


「はい、お終い。もういいわよ」


 銃花さんは、自分の耳を指さし終了の合図とした。


「いやぁ、流石っすね。やっぱ銃花さんの執行は、いつ見ても惚れ惚れするっすよ」


 隣の殺菜ちゃんがテンション高めでそう声をかけた。


「あら、殺菜も来たのか。まぁ、丁度いいか」


 う~ん、銃花さん、相変わらずの銃さばき。

 口にした箇所を寸分違わず、撃ち抜いていく。

 

 この前、殺人鬼と対峙したときだって、この人がいれば圧勝しただろう。

 ナイトウォーカーも殺人カップルもあっさり倒してくれたはず。


「リョナ子、あなた、自分の後輩を特級に推薦したみたいね」


 唐突に、僕へそう問いかけた。


「・・・・・・ええ」


 呼ばれた理由はそれ関係か。

 さて、何を言われるだろうか。


「・・・・・・そう、なら気をつけなさい。天城さんがよく思ってないわ。そりゃそうよね、これ以上特級にリョナ子寄りの人間を増やしたくないもの」


「・・・・・・・・・・・・」


「ただでさえ、リョナ子はあの方の直属後輩で寵愛を受けていた。それを面白く思わなかった拷問士も多いわ」


 先輩、人気あったからなぁ。他の拷問士からの目は、憧れより崇拝に近かった。


「この前の楠葉さんの件だけど、人選おかしいとは思わなかったかしら?」


「う~ん、たしかに。なんで僕がって感じでした」


 さっきも思ったけど、殺人鬼を狩るなら、特級にはもっと相応しい人がいっぱいいた。

 この銃花さんもそうだし。


「リョナ子もそうだけど、殺菜だって別に特別身体能力に優れているわけじゃない。それにあんな手間をかけて金糸雀を使う必要だってなかったのよ」


 結果的に金糸雀がいたお陰で殺人鬼達の尾行には気づけたけどね。それでも、たしかに元殺人鬼を外に出すにはリスクは高かった。


「天城さんは、こう考えてたんじゃないかしら。金糸雀は必ず逃走するって。貴方達に関しては殺人鬼に殺されてもいいし、もし生きてても金糸雀の逃走の責任を負わせればいい、なんてね」


 たしかに、金糸雀が逃げたら大変な事態だ。あの子はレベルブレイカーで凶悪な殺人鬼なのだから。


「あの人選、はっきりいえば、天城さんが気に入らない拷問士を選んだにすぎない。殺菜はリョナ子と仲がいいし、さらに貴方達は天才拷問士って呼ばれててそれが鼻につくんじゃないのかな」


 実際、葵ちゃんや円が助けにきてくれなかったら僕は殺されてたろうね。


「てなわけで、天城さん側も対抗馬を出すみたいよ。こちらも天才と称されてる拷問士。名前はたしか、沙凶とかいったかな。今回特級に上がれば、貴方達より早く上がるわ」


 僕達よりうんぬんはどうでもいいけど。ましろちゃんにとって強力なライバルが出てくるって事か。

 これは、今のままじゃ無理かもしれない。


「ちなみに、試験内容もリークされてるわ。レベルブレイカーの第一次執行の実技。天城さんは勿論知ってるから、貴方達にも教えとかなきゃねって思ってね」


 僕は銃花さんの言葉に、口を開けた。なんてことだ、これを知ってると知らないとでは対応が全然変わってくる。

 僕は、思わず深々と頭を下げていた。


「銃花さん、ありがとうございますっ!」


「いいのよ、他の受験者にも言うつもりだし。それじゃなきゃフェアじゃないでしょ」


 銃花さんは手をひらひらと振る。

 本当に助かった。そうとなれば、すぐにでも対策をしなきゃ。


「あ、勘違いしないでね。私はあくまで中立よ。くだらない派閥争いに巻き込まれたくないだけ。ま、せいぜい頑張りなさい」


「は、はい。本当にありがとうございました」


 僕は改めてお礼を言った。


 

 僕達は足早に銃花さんの仕事場を後にする。


 レベルブレイカーの第一次執行か。

 何回にも分けて執行しなければならないレベルブレイカー。

 その第一回目の執行って事だ。


「しかし、レベルブレイカーっすか。こりゃ、生半可な精神じゃ飲まれるっすよ。一級では本来手に負えない奴らっすからね」


「だね。しかも、最初だからあっちの気力も削がれてない。これはかなりの難度だね」


 正直、今のましろちゃんの精神では、レベルブレイカーを相手にするにはまだ足りない。

 さて、どうしよう。


 そう、考えながら廊下を進んでいくと、前方に人影が見えた。


 ど真ん中に位置を取り、僕らを遮るように立っている。


「これは、これは、天才拷問士の先輩方じゃないですかぁぁぁぁぁぁ」


 なんだ、この子。今、忙しいんだけど。


 紫の巻髪、長いコートを羽織り、中は黒いレースのネグリジェ。

 靴も履いておらず、素足が床についている。

 舌をこれでもかと出して全身をふらふら揺らしていた。


 室内といえど、この格好はおかしいでしょ。

 とんだ、変態さんだよ。


「ちょっと、誰だか知らないけど、どいてくれないかな」


 僕がそういうと、変態さんの眉が動いた。


「はぁぁぁあ??? 知らない!? この私様を知りませんかっ」


 だから、知らないっていってるのに。

 黙っていたら、隣にいた殺菜ちゃんがそっと耳打ちする。


「あぁ、こいつっすよ。銃花さんがいってた、天才拷問士って」


 あぁ、えっと名前は沙凶だっけか。


「いいですっ! いいですっ! そのうち嫌でも覚える事になるからぁあ。私様は、沙凶って言いますぅぅ、今は一級ですけどねぇ、腕はあんた達をすでに越えてるんですよぉ、最速? 天才? それは私様が、特級に上がるまでだぁ、あんた達の記録は私様が抜き去りますわぁぁ」


 顔を突き出して、片目を見開いて、舌を左右に動かしてる。

 本当に、なんだこの子。


「わかったから、どいてくれ。僕も忙しいんだよ」


 横から抜けようとすると、沙凶は両手を広げて通さない。


「いやいやいや、なんか、聞いたんですよぉ、今度の試験、あんた、自分の後輩を出すんでしょ? そういうの無駄なんですよねぇ、時間の無駄無駄、どうせ私様が合格するのは決まってるんですよぉ、ちょっと、辞退してくれませんかねぇぇぇ???」


 なるほど、そういうことか。

 試験を受けるのが一人で、さらに天城さん達の推薦があればごり押しで特級に上がれるかもしれないもんね。

 自身もすでに特級の腕はあると思ってるし。


「いやはや、これ誰の直属後輩っすかね。躾けがなってないっす」


 隣の殺菜ちゃんも呆れ顔だ。


「ほらほら、言ってくださいよぉぉぉ、辞退させるって、こんな天才には敵いそうにないって、沙凶様に挑むだけ無駄ですよぉぉ、ほらほら、ほらほら、言ってよ、先輩ぃぃぃぃぃぃ」


 あー、面倒くさいな、もう。

 いいや、退かないなら退かせるまで。


 瞳を閉じた。

 息を吸い、ゆっくり吐いた。

 

「どきな」


 相手の目をしっかり見て、心の底から黒い靄を吐くように言い放つ。

 子供に言い聞かせるように。

 言葉の意味を、感覚に直接教え込む。

 

「ひっ」


 沙凶は、その場に尻餅をついた。

 揺らめいていた体が震え出す。


「はは、リョナっち。そんな怖い顔しちゃ可哀想っすよ」


「だって、しつこいんだもん」


 これでやっと通り抜けられる。

 早く、ましろちゃんの元へいかなきゃ。


「くそっ、くそっ、なんだ、くそがっ! 覚えてろぉぉぉっ! 天才は私だけでいいんだっ! 本当の天才が誰なのか、思い知らせてやるぅぅぅ」

  

 まだなんか言ってたけど、僕らは振り向くことなくその場を去った。


「しかし、レベルブレイカー対策どうしようかな」

「そうっすね。私達にあれだけ啖呵切れるんすから、精神力はさっきの子の方が上かもしれないっすね。そうなるとましろちゃんには分が悪いかもっす」


 だよねぇ。ましろちゃんは少し優しすぎる。それは拷問士にとっては不安要素にもなる。


「ちょっと強引な手を使うしかないかなぁ」

「強引な手っすか?」


 僕は黒い白衣のポケットからスマホを取り出す。


「ようはレベルブレイカー相手にも対等に接することができればいいんだよ。だから少し慣れてもらおう」


 レベルブレイカーの中でも異質の人物に手伝って貰うか。

 彼女達を前にしても平静を保てれば他のレベルブレイカーなんて畏れずに足りないよ。


「あ、葵ちゃん。リョナ子だけど、ちょっとお願いが・・・・・・」


 これは賭けでもある。

 反対にこれで、ましろちゃんがおかしくなるかも。

 でも、特級になるならどんな異常者よりも上に立たなくてはならない。

 それが、レベルブレイカーだろうが。

 最悪の殺人鬼だろうがね。


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