なんか、挑戦するみたい。前編
現在、特級の椅子に空席がある。
レベル6以上は特級でしか執行できない。
一人抜けるということは、他の12人の負担が増すという事だ。
実際、その影響が出てきている。
僕も残業が増えてきたし、休みも減っている。
なにより、高レベルの執行は精神的に限度があり、数をこなせない。
早急に、次の特級を決めなくては。
楠葉さんの事を思うと、皆表だって口にはしなかったけど、それでも心ではみんなそう感じていたはずだ。
最近、高レベルの執行が多い。
今日も、レベル5が一件あった。
この日、僕の仕事場には別の人物も訪れていた。
少しでも負担を減らそうと最近僕のサポートを頼んでいる。
「さて、僕が見てるからやってみようか」
「は、はいっ! よろしくお願いします」
そう、噛みながらも返事をしたのは、僕の直属の後輩。ましろちゃんだ。
170を超す長身ですらりとしている。
一級に昇進してから、ますます痩せてきたみたい。
対象の罪人は女性。恋人の浮気相手を殺し、その遺体をバラバラにして遺棄。
「死体の一部が見つかった時は、ニュースでも大きく取り上げられてたね。残虐な行為、犯人は猟奇的な人物かってね」
でも、吊されているのは、至って普通の若い女性だ。
「遺体をバラバラにするのは、実は女性が多いんだ。人を殺してしまった場合、一番の問題は死体をどうするかだよね。力の弱い女性だと死体を持ち運ぶのも困難だ。だから、死体をバラすのは合理的な判断ともいえる」
ましろちゃんに、お千代印のオレンジナイフを手渡す。
「こういう事件の動機は、大抵お金か愛情の縺れ。今回も浮気相手を恨んでの犯行か」
よく女性は、浮気した本人より、浮気相手を恨むっていうけどどうなんだろ。
僕ならどっちも恨むと思うけどなぁ。
「ましろちゃんは、もし彼氏がいて浮気されたらどっちを恨む? 恋人? それとも浮気相手かな?」
僕が手渡したナイフを握りしめ、ましろちゃんはう~んと唸った。
「・・・・・・そうですね。私なら恋人のほうかもしれません。元々男の方がしっかりしてればそういう事にはならなかったでしょうし」
ふむり、浮気相手に敵意が向くのは、男を取られたからというより、自分が相手よりも魅力が劣ったかもしれないっていう別の心理もあるのかもね。もし友人だったなら裏切られたって気持ちもあるだろうし。
まぁ、恋愛経験がない僕らではよくわからない話ではある。
「なにはともあれ、僕らには関係ないことだったね。罪人はここにいて、執行レベルは5。僕らは規定通りに執行すればいい」
さてさて、どう指示しよう。
もし、この女が、相手を生きながらにバラバラにしたのなら、その通りにやればいいけど。彼女は死体を遺棄するために解体しただけにすぎない。
「じゃあ、まず死を与えてから、その体を解体しようか」
僕がそういうとましろちゃんは目を見開いて驚いた。
たしかに、一見無意味な行為に思える。
でも、ちゃんと理由があったんだ。
「基本は、被害者のやられた事を加害者に同じように返す、だよ。だから、同じようにしてやろう」
それとは別にましろちゃんの経験値も増えるだろう。
そうと決まれば、さっそく実行にうつる。
「えっと、この罪人は・・・・・・ほう、撲殺したのか、こりゃまた労力がいる殺害方法だ」
書類を確認しながら、殺害方法、死因などを頭にいえる。
「頭蓋冠、頭蓋底の多発骨折と脳挫傷。なるほど、いっぱい殴ったねぇ」
遺体の頭部は見つかっており、司法解剖も終えている。
生活反応の強さで、ある程度、何回殴ったか、どれが致命傷になったかわかる。
滅多刺しの死体でも、刺された順番さえわかるほどだ。
「まずは、僕がやろう。ましろちゃんの出番はその後だね」
リョナ子棒を取り出す。
吊された女は、すすり泣き、ガタガタと震えている。
まだ若い。
もし、人生が続いていたのならこれからいっぱい楽しい事もあったかもしれない。
「でも、君は罪を犯した」
リョナ子棒を振り抜く。
〈お仕置き中〉
呻き。
悲鳴。
手に残る感触。
僕は、特級でもまだ未熟だ。
時に、感情が動く事もある。
同じ女として、同情の念が湧き出ることも。
でも、今は、僕を手本にするましろちゃんが見ている。
できるだけ特級らしい、そんな仕事をしよう。
11回リョナ子棒を振り下ろした後、女は頭を垂らして動かなくなった。
ろくでもない男のせいで、これからも続いていた道を自ら閉じてしまったか。
そんな男はこっちから振ってやれば良かったのに。もっといい男は世の中いっぱいいたはずだよ。
外側から見るとそんな風に思ってしまうけど、愛ってのはそう単純に割り切れるものでもないんだろうね。
君にとって、そこまでしなければならない事だった。
代償はとても大きかったけどね。
「ここからは、ましろちゃんの番だ。遺棄された死体と同じように切り分けよう」
「あ、はい。では、ノコギリか何か貸していただけますか」
ましろちゃんはそういったけど、僕は首を横に振った。
「道具はさっき、手渡したでしょ? あれでやってみて」
僕がそういうと、ましろちゃんはきょとんとした顔になった。
「え、でも。ナイフ一本では、さすがに・・・・・・」
そうだね、普通ならすぐ切れ味が落ちちゃうから一本では無理だ。
「それはお千代ナイフだから、切れ味はなかなか落ちないよ。だからいけるはずだ」
「い、いえ、そういうことじゃないくて、他の道具を使う事は?」
これも、僕はかぶりをふった。
「人体の解体は、ナイフだけでできるよ。関節は全て靱帯で繋がっている。それはナイフで簡単に切断できる。位置さえわかってれば、頭部と胴体もそれ一本で切り離せる」
多分、葵ちゃんも大がかりな道具は使ってなかったはずだよ。
彼女の場合、全部独学でやったんだろうけど。
「大丈夫、僕がある程度教えるよ。とりあえず、ここからはじめよう」
僕はリョナ子棒でナイフを入れる位置を指した。
そこへ、ましろちゃんの震える手が、握るナイフの先端が、近づいていった。
何時間たっただろう。
〈ましろちゃん奮闘中〉
「うん。できたね。上出来だよ」
僕がそう声をかけた瞬間、ましろちゃんの体が崩れ落ちる。
ましろちゃんの来ていた白衣が血を吸い取り、赤い染みを広げていった。
呼吸が荒い。
視線もどこを見ているのか、焦点が狂っていた。
執行中は、色々脳内物質が分泌されてたのだろう、それによってなんとか遂行できた。
でも、僕の声で、一気に誤魔化していたものが流れ込む。
「・・・・・・ねぇ、ましろちゃん」
まだ、少し不安は残るけど。
これなら、いけるかもしれない。
「・・・・・・は、はい。・・・・・・なんでしょう・・・・・・」
相変わらず、まだ精神が安定していなさそう。
でも、僕はかまわずに続けた。
「本当は、もう少し経験を積ませてからとも思うけど・・・・・・どうだろう」
壊れてしまうかも。
ここから先は茨の道。その辛さ、僕にはわかっている。
それでも。
「ましろちゃん・・・・・・特級の試験受けてみようか」
俯いていたましろちゃんの顔がゆっくり上を向く。
そして、僕を見ると、目が大きく、口は僅かに、開いた。
「え?」
全身を血深泥にした少女は、しばらくそのまま止まっていた。




