なんか別の景色が見えたみたい
本日の執行は二件。午前中がレベル4、午後がレベル3だった。
二つは全くの別件だったけど、全く関係がないわけではない。
違う意味で繋がっていたと思う。
仕事場にコーヒーの匂いが立ちこめる。僕がここに来て朝一番にする事は入れ立てのブラックを喉に流し込む事。僕はこの香りが好きだ。嗅覚は脳に直接届くからなのかは知らないけどとても落ち着くことができる。
でもそれも束の間、すぐに別の匂いで充満しちゃうんだよね。
今日最初の咎人がベットに仰向けの状態で固定された。今回は女の目隠しと猿ぐつわは外さない。
歳は21歳、女性。罪状は児童虐待による、傷害、暴行、その他もろもろ。
実の息子を衰弱死させたこの女、4歳という幼い子供に対して充分な食事を与えず、長時間家に放置し自分は遊び回るといった典型的なネグレクト行為、さらに泣き止まないと激しく揺さぶりったり、手を上げるといった日常的な暴力。
こういうのは隔離された空間で起こるから中々発覚が遅れてしまう。
核家族化、希薄な近所付き合いが招く現代の社会問題。
幼児は狭く汚い部屋でその短い人生を終えた。発見時、あまりに痩せこけ、発達障害を起こしていた。歳よりずっと幼く見える。
伸ばした小さな手は何を掴もうとしていたのか。現場の写真を見ながら考えてしまう。
今回の処置はすぐに頭に浮かんだ。僕はメスを取り出すと、まずは女の衣服を縦に切り裂く。上半が露出し肌が露わになる。
「君に母性は必要ない」
〈お仕置き中〉
女は布で覆われた顔から涙とうめき声を上げる。涎が大量に流れ出て行く。
「切り取るのは右だけにしとくよ、左には■をさそう」
〈お仕置き中〉
「・・・・・・後はこれでしばらく放置するよ。僕は少し部屋をでる。帰ってくるまで耐え抜き続けておくれ、戻ったら針を抜いてあげるから」
そして僕は扉を開け、女を尻目に部屋を出る。一言だけ残した。
「子供が子供を作るからこういうことになるんだ。年齢の事ではないよ、精神の話だ。この子は一体なんのために生まれてきたのだろう。愛も与えられず苦しいだけで。せめて君を見せしめに少しでもこんな事が減ることを望むよ。それが僅かにこの子が生きた意味になればと思う」
言い終え扉を固く閉める。
さて、本屋に寄って、それからお昼ご飯でも買ってこようかな。
午前中の業務を終え、お昼をすませるとまた仕事が始まる。
「次は未成年か。とはいえ二人殺害してレベル3とは、これいかに」
僕は書類に目を通し始める。
「・・・・・・なるほどね」
被疑者は同時に被害者でもあった。高校生である少女が殺したのは、義父と母親の二名。
少女は義父から性的虐待を受けていたらしい。母親もそれを知りつつもこの配偶者の暴力を怖れてか見て見ぬ振り。それどころか少女をストレスの捌け口にしていた模様。家事全般を強要し、少しでも不手際があれば激しく叱責、暴力もしばしば。
たまり溜まった少女の鬱積がついに限界を超えたのだろう、義父を滅多刺しにして殺し、母親の首を切り裂いてその手を血で染めた。死体の写真を見てよく分かる。この少女がどれだけの恨みを抱いていたのか。
「失礼します、囚人を連れてきました。執行よろしくお願いします」
少女が通される。とれも可愛らしい子だ。ただ、その目に生気はない。
「あ、拘束しなくていいよ、手錠も外しちゃって」
椅子に固定しようとした職員にそう指示する。その言葉に少し戸惑っていたが僕のいう通りに手枷を解いてくれた。
少女は僅かに驚いた表情を僕に見せるも、何も言わずその場に大人しく立ちつくす。
「さて、始める前に一つ聞いておこうかな」
僕は道具を漁りながら質問する。
「・・・・・・・・・・・・なんでしょう」
できるだけ切れ味のいいナイフを選んでいく。手入れはしてるつもりだけど、苦痛を増やすためあえてギザギザな物や錆びてる物なんかもあるからね。
「君の夢ってなんだい?」
唐突の問いかけに少女はきょとんと目を見開いた。
「・・・・・・・・・・・・夢・・・・・・ですか?」
「うん、何かあるでしょ? それともまだ見つかってないかな?」
少女は俯いた。しばらくの沈黙、その後小さく呟いた。
「・・・・・・小さい頃は、看護師に・・・・・・憧れてました」
「へぇ、それはどうして?」
僕は問いかけを続けながら、一本のナイフを手に取った。
「・・・・・・私、昔怪我をして。その時、すごく優しくしてくれたんです。私の事を本当に心配してくれました・・・・・・それが嬉しくて・・・・・・」
「・・・・・・そう」
この子はまだ引き返そうだ。僕は少女の前に立つ。
「君には同情する、同じ立場なら僕も同じ事をしていたかもしれない。でも罪は罪だ」
ナイフをぐっと握りしめた。
「君には歳の離れた妹がいるね。その子は被害に遭ってない?」
少女は妹をいうワードを出した瞬間、目を潤ませた。
「・・・・・・なるべく私が庇いました。でもその内あの男は妹にも手を出す。そう思ったらもう・・・・・・」
それはとても尊い考えだ、でも君は判断を誤った。
「・・・・・・・・・・・・力を抜いて、行くよ」
僕はそう言うと、手に持つナイフを少女の脇腹に三分の一程度差し込んだ。そこからゆっくり進めていく。
「・・・・・・・・・っあが! あ・・・・・・う・・・・・・い、痛・・・・・・痛い・・・・・・」
「・・・・・・耐えて。そして知るんだ。これが痛み、ナイフで刺されて感じる痛み」
少女の手が僕の腕を掴む、必死に耐えているのだろう、その指が僕の二の腕に食い込む。
「・・・・・・君が手を汚す必要はなかったんだ。誰も頼る人がいなかったのだろう、でも普段行動が遅い行政でも話せば動いてくれたよ。そしたら僕が君の代わりに罰を与えられた。もっと苦しめてやれた・・・・・・残念だ」
僕はもう一つの手で少女を抱き寄せた。
「君はまだ若い、夢もあるだろう? 大切な妹もいる。だからまだやり直せる。ただ、この痛みだけは忘れないで欲しい」
ナイフを引き抜いた。赤い血がナイフを伝って床に落ちる。
少女の両手はいつの間にか僕の背中に回り、痛みからなのか、それともなにか思う事でもあったのか閉じた目からは涙が絶えず流れていた。
「君はもっと誰かに頼る事を覚えた方がいい。なにか困った事があったらここに連絡してよ。僕でよければいつでも相談にのるから」
こうして午後の仕事は終わった。レベル3、執行終了。
今回のような虐待で傷を負った子は、反転する可能性がある。
でも彼女は大丈夫だろう。愛するという事を知っている。
子供は親を選べない。親から愛情を持って育てられてる子はもっとその幸福を喜び感謝してもいいくらいだ。それが例え普通だとしてもね。
「久しぶりに実家に帰ろうかな・・・・・・」
なんだか、無性に母親の料理が食べたくなった。
その時はなにか買って帰ろうと思う。