なんか、お買い物をするみたい。
蝉の声が聞こえるようになってきた。
とにかく毎日暑い。
僕の仕事場には窓がない。クーラーもない。
扇風機を回しながら執行にあたってる。
罪人を快適にしてはならないからね。だから僕が我慢しなきゃなんだ。
「・・・・・・うぅ、それにしても暑い・・・・・・」
これはこれで拷問だね。汗で下着までぐっしょり。
水を飲み飲み、上半身をはだけさせてぐったりしていた。
昼休みに入ったけど食欲がない。
「あぁ、駄目だ、こんなとこにとてもいられない。これじゃ午後からの執行に支障ががが」
とはいえ外も暑いし、中にある食堂にでも行こうか。
でも、食べないのに居座るのも気が引けるし。
あ、それなら久しぶりにあそこを覗いてこよう。そう思ったの。
丁度、用もあったしね。
建物を出て、近くのお店に向かった。
激しい日差しをなるべく避けながら歩く。
そこは執行局からほど近い。それにはちゃんと理由があった。
「こんにちは~」
店内に入ると、顔見知りの店員に声をかけた。
「おやおや、リョナ子さん、お久しぶり!」
一見普通の雑貨屋さん。そこそこ広いし、数人のお客もいた。
おかっぱ頭で目の周りがやたらと黒い店員、目黒ちゃん。なんとなく不気味な感じだけど話してみると結構気さくでいい子なんだよね。
「千代さんいる?」
「うん、下にいるよ」
「じゃあ、ちょっと覗かせてもらうね」
「いいけど、たまにはこっちも見てってよ。あたし、もっとリョナ子ちゃんとお喋りしたいなぁ」
目黒ちゃんは僕の目をじっと見ながら引き留めたけど生憎あんまり雑貨には興味がないのさ。
「また、今度ね。で、今日は何番?」
「ぶー、きっとだよ。・・・・・・今日は3256かな」
数字を聞くと、僕は奥へ進んだ。目黒ちゃんは名残惜しそうに僕をじっと見ていた。背中に視線を感じる。毎回だけどなんだかぞわっとするね。
突き当たりのドアを開け、階段を下った。
するとまたドアにぶつかる。そこで先ほどの数字を入れて電子ロックの扉を開いた。
「こんちわー」
ファー、ここはさらに涼しい。生き返った心地だよ。
「あん? なんだい、リョナ子か。帰んな」
出迎えたのは老婆。カウンターで突っ伏していた。僕に気づき視線を送るが、いきなり帰れ発言。相変わらず無愛想だね。
「千代さん。折角来たのに非道いなぁ。僕はお客だよ」
「はっ、なにがお客だ。お前のは冷やかしっていうんだ。今までほとんど買った事もないくせにどの口がいうんだい。しかもお前はアイディアだけ持って帰って自作するから質が悪いよ」
「いやだなぁー、たまには買ってるよー、カミソリとかカミソリとか」
そう言うと、周囲を見渡した。
ガラスケースのカウンター、棚もちらほら、そして大きなオブジェみたいなのもある。
展示されてるのは、刃物、工具、などなど、どれも異様な形状。
そう、ここは拷問器具が売られているお店なのだ。
店主の千代さんは、元特級拷問士。とうの昔に引退したけど、今はこんなお店を経営してるの。お客はもちろん拷問士だけ。でも、限られた者しか入れない。僕は先輩に連れてきて貰ったけど、その時にお眼鏡にかなわないと二度とここには来られない。
「なんか、面白いもの入った?」
「はん、どうせ見ても買わないんだろ。まぁ、いいさね。そこのアイアンメイデンお千代バージョンが新作だよ」
一際目立つ大きな人型の模型。人がすっぽり入れる開閉式で、中には針が何本も取り付けてあった。
しかし、顔が千代さんになってる。なんだこれ。
「これ、木造なんだね。アイアンなのに。それに中の針もオリジナルより随分少ない」
「ふん、黒髭じゃないが、穴が開いてるから閉めた後も外から色々やれるって寸法さね。後、木造なのはそのまま棺桶に出来るしコストも安い。拷問の後が面倒だからね、職員の負担を減らすってわけさ」
なるほどね。さすが元拷問士だ。ちゃんと職員の事も考えたのか。でもそれだと使い捨てじゃないか。値段は・・・・・・三十三万。誰が買うんだ、これ。
「もっと、コンパクトのはないの?」
「んじゃ、この折りたたみ式の三角木馬。狭い仕事場でも邪魔にならない。足の重りも水を入れるやつにした。これで非力なお前でも容易に取り付けられるさね」
お、いいじゃない。値段は・・・・・・四十三万。なんでさっきのより高いんだ。
「・・・・・・もっと手軽なのないの?」
「んじゃ、異端のフォークお千代バージョン」
異端のフォークね。罪人の首に巻き付け先端の二股突起を顎にくっつけて設置するやつだ。顎を常にあげてなきゃ突き刺さるから首を動かせない。
「あいつら執行を始めると口を塞いどかなきゃギャーギャー五月蝿いだろ、だからこれは中々いいと思うがね。先人の知恵ってやつさ。叫べば刺さる、それが嫌なら口は閉ざす、どっちにしても拷問士にとっては都合がいい」
たしかにそうだね。ちょっとつついただけで大騒ぎする罪人も多いし。
「ん、でオリジナルとなにが違うのこれ?」
「見りゃ分かるだろが、お千代さんと言えば~? オレンジダヨォォォ、ってことで色があたいのイメージカラーになってる」
「あ、オレンジなんだ・・・・・・」
それだけかい。で、値段は・・・・・・一八万。う、う~ん。もう高いのか安いのかもよく分からなくなってきた。
基本的に道具は局が指定した物以外は支給されないから、もしそれ以外を使う場合は完全に自腹になる。
それでなくても顧客は拷問士オンリーなんだから、もう趣味の範囲だよね。
「もういいや。とりあえず今日はナイフだけ買ってくよ」
「・・・・・・あいよ、毎度~」
お千代さんは、手元のケースから箱を取り出した。
「はい、お千代ナイフ。ん? でもリョナ子、前にもこれ買っただろう、二本目か?」
「いやー、一応、僕にも直系の後輩が出来たんだよ。なんか噂じゃ伸び悩んでるみたいだから、ちょっとモチベーション上げて貰おうと思ってね」
「ふ~ん、お前に直系の後輩ねぇ。こりゃ歳もとるはずさね」
お千代さんは肩をすくめながら、僕に箱を手渡す。
開けると、新品のナイフ(柄がオレンジ色)が光輝いていた。
ここで使ってる鋼材はナイフに限らず特殊なんだ。
炭素を含まないから錆びにとても強い。
普通、硬度があれば切れ味は鋭くなる。でもそのぶん耐蝕性、靱性が弱いからサビやすくて折れやすくなる。炭素鋼とかね。
ステンレス鋼だと字の如く錆びないし、粘りはあるけど、高い硬度が難しくなり加工しにくい。どちらも一長一短。
選ぶとしたら鋼になるけど、そこは切れ味が良い分、手入れが面倒。僕みたいなズボラじゃなくても、拷問士のように頻繁に使用するなら手間は最小限な方がいい。
そこで登場するのが、このお千代鋼。ステンレスなのにHRCが65もあって、鋼の硬度を持ちながら錆びないという、一体どんな製法で作られたか謎の鋼材なのだ。
だから、たとえいくら血を浴びても、大丈夫ってわけ。
「んじゃ、また来るよ」
「ふん、来るならちゃんと今日みたいに買ってきな。つっても本来なら使用する本人にしか売らないんだよ、今日は特別だからね、たく」
お千代さんは、ぶーぶー言ってたけどちゃんと売ってくれたね。
実は僕も先輩に、以前ここのペンチを貰ったんだよね。
初めてここに来たとき、先輩は僕に好きなの選べって言ってくれた。
拷問士の間で、お千代印の道具はちょっとしたステータス。
お千代さん自身が認めた者にしか売らないからね。
だから、このナイフを渡したらましろちゃん喜んでくれると思う。
だって、あの時の僕もとても嬉しかったから。




