なんか面白半分だったみたい。(前編)
この世に完璧というものは無く。僕が行うレベル別執行制度にも勿論問題はある。
良い面を先にいうと、まず長々と罪人を拘留する必要がない。犯罪者を生かすため、真面目に日々働いている国民の血税を使う必要が無い。その分を、医療、福祉、教育などに回せるからね。
次に、元々この国は、他国より治安が良くて犯罪率も高くはないけど、とにかく再犯率が断トツで低い。体で覚えた痛みは中々忘れず心にも刻まれる。再犯の場合罪も重くなるしね。
そんな感じでメリットも大きいけど、デメリットも当然生じる。細かい事を言い出すときりがないけど、大きく三つ。
一つ、検挙する前に犯人が自殺してしまうケースが多々ある。捕まって拷問を受ける位なら自ら楽に死のうと考えるのだろう。
二つ、人権の問題。
人を笑いながら殺す犯罪者に人権などない、と僕は思ってる。でも世の中には色んな考えを持つ人がいるもので。犯罪者を庇護する団体もある位だ。
その人達は、自分や家族、友人が犯罪に巻き込まれ激しい痛みと苦しみの中で殺されたとしてもその信念を貫くのだろうか。もしそうなら僕は素直に称賛を送りたいと思う。
そして三つ目。これが一番の問題点。どこの国でも起こりえる話だけど、とりわけここの刑法に当てはめると取り返しのつかない事になりかねない。
そう、それは冤罪。もし無罪の人が、ここに放り込まれ腕を切り落とされたりでもして実は潔白でした、なんて事になったら目も当てられない。一応対策として、徹底的に捜査するのは基本として、証拠も確実なものでなければ立件すらできない。疑わしきは罰せずってやつだ。
検察もそれがあるからあまり突っ走る事は少ない。これはこれで駄目だとは思うけど、今のところそんな感じでここの司法はやってるの。
で、今日はそれに関連した事例が起きたのです。
その日は雨だった。濡れるのは嫌だけど室内でしとしと雨音を聞くのは好き。
でも、それは自宅での話で、この仕事場では例え台風が来ても外からは何も聞こえない。
逆に言えばここで生じる音も外には漏れない、いくら犯罪者が悲鳴を上げても誰にも気づかれないのだ。
「今日は、この後レベル3だったかな・・・・・・」
午前中の仕事を滞りなく済ませ、短い昼休みを取っていた僕は、もうすぐ始まる業務のため書類の確認に入った。
「ふむふむ、痴漢ですか。電車内で女子高生の体を触りその場で現行犯逮捕。全くけしからんね」
女子高生に同情すると共に、僕はこの犯人にどのような罰を与えるかを考える。
初犯みたいだし、すでにこの罪人は社会的な制裁は受けている。
実名報道され働き先は首になったし、既婚者だから家庭内も大変だろう。
今回は両腕を綺麗に折るくらいでいいかな。僕はそう結論を出すとリョナ子棒を取り出し、黒猫のキャラクター、黒にゃんのお面を顔にかけた。前にお祭りに行ったときに売ってて一目惚れしたのだ。以来、仕事で使っている。
「失礼します。囚人を連れてきました。執行お願いします」
準備を終えると、丁度係の者が来た。部屋に罪人を通す。
今回の罪人は大人しいし、レベルも低いので手錠がされているだけ。職員も椅子に囚人を固定するとすぐに戻っていった。
「・・・・・・さて、始めますか」
さっさと済ませよう、そう思い僕はリョナ子棒を握る手に力を込めた、その時。
男がじっと僕を見た。その瞳が僕の視線と交わる。
「あれ・・・・・・君、やってなくない?」
僕はお面を外すと、今度はしっかり男を見る。二十代半ばのその男性は、僕に凝視されても決して目線を外す事はなかった。
「・・・・・・ええ、やってません。僕は無罪です。ここに来るまで散々言ってきましたが、誰も信じてくれませんでした。もう諦めましたし疲れましたよ。それにもう失う物は何もない。だからさっさと刑を執行してください」
男は自暴自棄になっていた。言葉通り、必死に自分の無実を訴えてきたのだろう。でも誰にも信じてもらえず、ここに来たと。でもね、僕は信じる事にするよ。
「詳しく話して。君の目は犯罪者特有の濁りも汚れもない。僕の問いかけにも揺るがなかった。僕は伊達に特級ではないよ。腐るほど罪人は見てきたからね」
僕はリョナ子棒を机に置くと、男の近くまで行き腰を下ろした。
「さぁ、悪いようにはしない。話してごらん」
僕が優しくそう言うと、途端固い表情をしていた男は眉を垂らし涙を浮かべ今にも泣きそうになった。そしてそれを堪えながらゆっくり口を開いた。
男の話を聞き終えた僕はすぐに行動を起こした。
執行を一時的に保留すると、僕は備え付けの電話ではなく、自前の携帯をポケットから取り出しある人物に連絡を入れた。
「・・・・・・あ、リョナ子だけど。うん、仕事。できればすぐに頼みたい、最優先で・・・・・・」
その人物は僕の依頼を二つ返事で請け負ってくれた。本当は然るべき手続きが必要なのだけど、時間がないので直接頼んだ。
「・・・・・・刑を延期できるのは最高で三日だけ。それまで何とか間に合ってくれればいいのだけど」
後は、もう癪だけどあの子だけが頼りだ。司法取引で鎖に繋がれた凶悪殺人鬼、レベルブレイカーの葵ちゃん。本当は借りを作りたくないし、犯罪者の力なんて借りたくない。でも僕の感情なんて今はどうでもいい。とにかく無実のあの人を救ってやりたい。
その日、男性は普通に家を出て、出社のため電車に乗った。
いつもと同じ時間、同じ車両。降りる駅も近づき男性は扉の前に進もうとした。
その時、突然男の手が掴まれた。この人、痴漢です、と言われ手を上げさせられた。
男はまず自分の耳を疑った。全く身に覚えがない。
男の周りには女子高生の三人組がいた。その中の一人が泣いている仕草を見せていた。周りの乗客に取り押さえられる男性、そのまま次の駅で降ろされると駅員が駆けつけてくる。
我に返った男は必死に抵抗し弁明するがもう時すでに遅し、あれよあれよの間に僕のいるこの部屋を訪れる事になった、って訳だ。
男の話に確証はない。でも嘘をついているとも思えない。
このまま三日が過ぎ確実な確信を得られないと、僕は刑を執行しなければならない。その時は手加減は出来ない、理不尽だけど理由はどうあれ僕は指定された罰を確実に与えなくてはならない。
ルールを曲げる事は出来ない、それが国により資格を与えられた拷問士の仕事だから。
しかし、そうはしたくない、僕は男性の証言を信じ、そして自分も信じる。
僕は祈る気持ちで葵ちゃんからの連絡を待った。