なんか、同期の子と一緒にやるみたい。
体が重い。でも起きなきゃ。
頭はぼーっとしてたけど体だけはベットから起こした。
近くで丸くなり寝ている飼い猫を見る。この時ばかりはとても羨ましくなる。
好きな時に起きて、与えられた餌を食べ、また気が向いた時に寝れば良い。
自由奔放。でも、僕は人間でこの子の飼い主だから、ちゃんと稼いでこないとね。
パジャマのボタンに手をかける、出勤の準備を始めよう。
仕事場につくと、まずはコーヒーを啜った。
なんだか久しぶりな気がするよ。
この飾り気のないコンクリートの壁も、薄暗い室内も、そしてこの苦い味も。
しばらく、殺人鬼や殺し屋や賞金稼ぎなんかに囲まれてたから、おかしな気持ち。なんか気持ちがここにあらずって感じだね。
ま、そんな事も言ってられない。僕はこの仕事でお金を貰ってるプロなんだから、今日も明日もきっちり業務をこなすよ。
気合いを入れて、さぁやるぞ、と書類に目を通した僕だったけど。
「ありゃ、なんだ、今日はサポートじゃないの」
肩すかし、これはあれだね、しばらく前線を離れていた僕に局長が気を利かせてくれたって事かな。確かに気怠さはあったけど、むしろ感覚は前以上に冴えてるのに。
「ふむ、とはいえその気遣い、ありがたく頂きますか。で、僕が手伝うのはっと・・・・・・」
特級の僕が態々別の部屋に移動するのだから、相手は同じ特級のはずだけど。
「・・・・・・殺菜ちゃんか。僕の手伝いいるのかなぁ・・・・・・」
同特級拷問士、殺菜ちゃん。歳は僕と同じ、でも誕生日が僕より早かったために、最年少特級拷問士の称号は僕に譲ったけど、実際差は無かった。
前は同期でよく話してたけど、最近はお互い忙しくてほとんど会ってなかったね。
久々に顔が見られるよ。
階層を変えて、殺菜ちゃんの部屋まで来た。
ノックしようとしたんだけど、その前に部屋から絶叫が飛び出した。
近いとはいえ防音の壁を抜けてくるか、相当だね。
改めて、ドアを叩いた。
返事より早くそれは開かれ、中から手を真っ赤に染めた女の子が顔を出す。
「おー、リョナっちじゃないっすか。久しぶりっすねぇ」
顔半分を長い前髪が覆っている。左目だけが異様にギラギラしている彼女こそ、殺菜ちゃんその人だ。
身長も僕と同じで低い、体型も胸以外は大体同じ。だからよく僕らは比較されるんだよね。
学校の制服を着ているけど、勿論彼女のオリジナル。彼女いわく学生時代の熱意を失わないようにって理由らしいけど、僕にしてみれば理解できない。明日の自分は今日の自分より上じゃなくちゃ駄目なのに、過去の自分に寄り添うとは。
「久しぶりだね。なに、もう一仕事終えたんだ? 僕がここに来るまでに片付けるなんて流石仕事が早いね」
「いやー、ただのレベル4っすよ。ウォーミングアップにならないっす。それに出勤時間の二時間前には来て執行してたんでー」
うへぇ、まじかぁ。勤務時間外でも仕事するなんて僕は絶対やらないなぁ。しかも早く来るなんて一分一秒長く寝たい僕には考えられないね。
奥を覗くと、袋を被され吊り下がれていた罪人がぐったりしていた。地面に一滴一滴と赤い滴が落ち溜まりを作っていた。
「あ、すぐ片付けされるっす。リョナっちには次から頼むっすよ」
休む間もなく、職員を呼んで次の執行に移る。
「今日は忙しいの?」
僕も黒衣を羽織りながら聞いてみる。
「う~ん、今日は、後レベル5一人とレベル4二人の複合刑だけっすね。まぁまぁな感じっす」
言葉通り、それなりって感じかな。複合刑とはいえ特級が二人でやるほどではないけど。
「はい、これ今日の業務内容っす。一応目を通しておいてっす」
手渡された紙の束、一枚一枚確認しては捲っていく。
このすぐ後に執行されるのは、レベル5を含む。つまり死を与える段階。
なになに、ふ~ん、罪人は皆、未成年か。
態度が気に入らないといった理由でクラスメイトの一人を呼び出し、河原で暴行。数時間三人がかりで行為を繰り返したあげく、最後に憔悴しきった被害者を川に突き落とし溺れる様をあざ笑っていた、と。結局被害者はそのまま流れに飲まれて数キロ先で遺体で発見。痣だらけの体が暴行の酷さを如実に表していた。
遺体の写真を見て、いつも思う。これを遺族が見たらどうなるのだろう。気が狂ってもおかしくないよ。
「さぁ、リョナっち、準備はいいっすか?」
「あ、うん。いつでもいけるよ」
黒ニャンのお面もつけた。殺菜ちゃんも自前のトートバックで顔を隠す。穴は一つだけ、そこから左目だけが見えた。
僕の返事に、殺菜ちゃんは軽く首を振ると、職員達に指示をして三人を並べるように吊していく。中央に主犯格、レベル5を配置。こちらが顔を隠してるので、あちらの顔はそのまま。
皆、大人しいね。罪人の中には罵声を浴びせてくる輩も多いけど、今回は全員びくついている。
「まず、ある程度はうちがやるっす。リョナっちは楽にしててくださいっす」
殺菜ちゃんは、言うやいなや主犯格の両肩を掴むと、勢いをつけて膝を腹に食い込ませた。
「うげぇっ」
溜まらず声を上げる。構わず続ける殺菜ちゃんの膝が数回、腹部にめり込む。
「いだい、いだっい!」
早くも涙が流れ出した。それを見た殺菜ちゃんの態度が急変する。
「あぁぁぁ???? 痛いだぁぁっぁぁ? なに一丁前に人の言葉発してるんだ、このクズがぁぁぁぁぁっ!!!!」
乱暴に髪を掴むと、顔を何度も拳で殴打していく。あ、いつのまにかメリケンサックつけてる。
「いあだっ、やめ、いた・・・いだいぃぃぃ」
「あぁぁぁ??? だから言葉使ってんじゃねぇぇっ! てめぇは人じゃねぇんだから、ピギーピギー泣いてろ、この糞がぁっ!」
あっという間に男の顔が腫れて紫色に、鼻や口からは血が溢れだした。
「これはぁぁっ! てめぇがやった事だろうがぁよぉぉぉっ! なに、自分がやられたら止めろとか言ってんだぁぁぁ、この屑屑屑屑がぁぁぁっ!」
殺菜ちゃんが手を振ると、手にペンチが出現した。マジシャンかっ!
〈殺菜お仕置き中〉
「おらおらおらおら、動くなよぉぉ、■の中に突き刺すぞぉ、おらぁぁぁっ!」
「いあががががああぁ、いだ、いだだだだだだだぁぁぁぁっっ」
〈お仕置き中〉
「よしよしよし、良いこと教えてやるぅ、これから言う事を聞けたら、命だけは助けてやんよぉー、だからちゃんと、聞けよ、虫並の脳で理解しろやぁ、いやいや虫にも失礼だな、このゴミがっ!」
そう言うと、殺菜ちゃんは〈お仕置き中〉。
「これじゃ足りねぇ、後、〈あれ〉10本貰うかぁなぁ!」
殺菜ちゃんの執行を見るのは実は初めて、余りの豹変ぶりに少し僕は引いていた。
「あ、リョナっち、そこの大きめのハサミ取って欲しいっす」
「あ、うん」
(あーだこーだであーだこーだ)を手渡した。
「ありがとうっす」
僕に頭を下げると、再び男に向き合う。
「いいかぁ、こらぁっ! チョッキンするけど、気失うなよぉぉぉ」
「ひぃぃぃぃぃ、やめで、やめでくださぁぁぁ・・・・・・・あががっががぁぁぁ」
〈超お仕置き中〉。
「さ~て、これをっと」
その容器を機械にセット。あぁ、あれミキサーのやつだったのか。
「スイッチオ~ン」
〈殺菜スペシャルお仕置き中〉
「はい、完成~、よ~し、おい、これ飲めや、この屑」
殺菜ちゃんは、取り外すと男の口に運んだ。
「・・・・・・む、無理・・・・・・ゆ、ゆるし・・・・・・」
「あぁあ?? なんだ、じゃあ死ぬか、あぁ? よし、死ね。そんじゃまず目抉るわ」
「う、嘘、嘘でぇぇす、飲む、飲みますからぁぁぁ」
「ちっ、じゃあ最初っからそうしろやぁ、時間を無駄にすんじゃねぇぇぇっ!」
殺菜ちゃんは無理矢理口につけると、一気に傾けた。
「う、うげえ、うげええぇぇ」
涙を流しながらも、必死に飲み込んでいく、吐きそうになるのを耐える。
「よ~し、いいぞぉ、後少しだ」
全部飲ませると、容器を放り投げる。
「・・・・・・こ、これで・・・・・・うぷっ、許して・・・・・・死ななくていい・・・・・・んです・・・・・・か?」
項垂れながら、力を振り絞り少年はそう聞いた。
それを、殺菜ちゃんは。
「はぁぁぁ?? ばっかっじゃねぇぇぇぇぇの~~~~?? んなわけねぇぇだろうがぁあ、お前はレベル5なんだよ、レベル5。拷問士にそんな権限あるわけねぇぇだろが、この脳タリンがぁあ!」
「そ、そんなぁぁ、う、う、うぎゃややややぁぁぁ」
まぁ、そりゃそうだよね。でもここに来るとどんなものにも縋りたくなるものさ。それが例え自分に痛みを与える者であってもね。
「なに、人を殺しておいて自分は助かろうとしてんの? 馬鹿なの、馬鹿だからここにいるんだろうけどよ、しかもお前は前科ありだろ、以前レベル4の執行を受けた再犯者だ。だから悪法を超えてここで死ぬんだろうがぁ。だからいっつも言ってんだよ、未成年だからって、レベル4に留めてんじゃねぇええってよぉぉ、結局また犠牲者出ただろうがぁぁぁっ!」
そうなんだよね。この罪人。この事件だけだったら未成年て事でレベル4で収まったはず。でも今回5になったのは、再犯したからだ。この国に二回目はないのさ。
「あはははは、まだ死ねねぇぞ、おらぁぁぁっ! やった分はきっちり返してやっからよぉぉぉっ!」
殺菜ちゃんがピキピキいってる。
その後、被害者が暴行を受けた時間、きっかり殺菜ちゃんは男を殴り続けた。
最後に、濡れた布を顔に巻き付け窒息され、主犯格の執行を終えた。
「ふぅ、こいつは終わり。あ、リョナっち。五分休憩するっす。今、飲み物出すんで、コーヒーで良かったっすよね?」
「あ、うん・・・・・・」
ただただ見てただけだったけど、もう昼をとうに越えていた。
どうやら殺菜ちゃんはお昼をとらないみたい。僕だけ出るわけにいかないから我慢するしかないね。
殺菜ちゃんは、ペットボトルの水を一気に飲み干すと、また罪人に向き合う。
「さぁてぇ、後二人・・・・・・お待ちかねのレベル4んんんんんん」
すでに、両サイドの少年達は失禁して言葉を失っている。
顔も蒼白してるし、体が真冬の外に裸で出されたように震えている。
これはしょうがない、だってあんなの目の当たりにしたら、ね。
僕だって、びびっちゃうよ。
「あ、リョナっち、(あれ)とってもらっていいっすか。一番大きいやつで頼むっす」
大きめのを手渡す。レベル4だから歯でも抜くのかな、それとも爪を剥がすとか。
「おらぁぁぁ、これでよぉぉ、お前らの(ピンポン球)潰すわぁぁ、勿論両方だぁぁ」
なるほど、そう来たか。僕は性犯罪者以外は(下関)に手を出さないけど、殺菜ちゃんは違うみたい。
「頭に来っけどぉぉ、お前らは死刑じゃねぇぇ、人を殺したのに、ここからすぐに出られて、テレビも見れて、ゲームもやれて、美味しいものも食べれて、あげくSEXだってできるっ! 人一人の人生奪っておいて、自由を手に入れられる、あぁぁ、おかしい、おかしい、でもそれがこの国の法なら、従うしかねぇ、だがなぁ、その屑の遺伝子だけは絶対残させねぇからなぁぁ、屑の連鎖はここで断ち切ってやっからよぉっ!」
そう言うと、〈殺菜活躍中〉。
「潰したらすぐに治療室に運んでやんよ、だからせいぜい苦しみな」
殺菜ちゃんの手に力がこもる。
絶叫が室内に木霊した。
「おらぁあ、次はてめぇだ、どっちでもいいぜぇ、(バット)無くすか、(ボール)潰すか、自分で決めろやぁっ!」
こうして、殺菜ちゃんの執行は続くのでした。
「あれ、帰らないの?」
業務を終えて帰り支度をしていた僕だったけど、殺菜ちゃんはまだ着替えようとしない。
「あぁ、この後しばらく病室で寝てる二人の耳元で屑屑、お前は屑、生きる価値なし、本当は死んだ方がいい、人間らしい生活はするな、この屑屑、欠陥品って独り言を数時間ほど囁いてから帰るっす」
「あ、うん、そうなんだ。じゃあ、僕はこれで、お疲れ様」
「お疲れっすー、リョナっちと一緒にやれて楽しかったっすよー」
笑顔で手を振る殺菜ちゃんを見て、この場から去る。
受刑者の中には、ここから出ることで箔が付いたと思うやつもいるみたい。
生きてでられるのはレベル4が最高だけど、それを武勇伝のように仲間に話すんだってさ。
すごい拷問を耐え抜いたぞって、全然大した事なかったぜと。
殺菜ちゃんはそうさせないように、徹底的に追い込むんだ。
勘違いさせないように、思い出すだけでフラッシュバックするように。
建物を出る。殺菜ちゃんは今頃ブツブツ呟いている事だろう。
あれ、結局僕なにもしてないや。道具渡しただけじゃないの。
でも、なんだか非道く疲れちゃった。
同じ特級でも執行は様々だなって熟々思ったね。
今日はっきりしたのは、僕だったら殺菜ちゃんの執行だけは受けたくない、って事かな。