あのね、終演なの。(対殺し屋編・葵の六)
指定されたのは、港倉庫の一つ。
厳密にはすでに蓮華ちゃんが取り付けていた場所に、私達が割り込む感じだね。
とにかく、あちらより先に蛇苺に会わなければならない、じゃなきゃこの私の自作自演の殺戮演舞がリョナ子ちゃんにばれちゃう恐れがある。蓮華ちゃんの事だからもう感づいてはいるだろうけど。
湾岸沿い、防災用の臨時離着陸場にヘリが降りる。
そこから、私達は二手に分かれた。
私は蛇苺に、そして円ちゃんにはリョナ子ちゃん達の足止めをお願いする。
会えるかな、会えると良いな。
一七番倉庫。私は中に入る。
水銀灯点灯、そして老朽化による痛みで至るところから光りが漏れていた。なので中はそれなりに明るい。
気配は無し。私の方が早かったみたい、まさかドタキャンなんてしないよね。
しばらく一人で待っていると、扉が開く音が響く。そして人影が見えた。
「・・・・・・お前はどっちだ?」
現れたのは、若い女性。挨拶はなし、いきなりそう私に問いかける。
「どっち? あぁ、蓮華ちゃんではないよ。私は葵の方」
女性は私の答えに、燻しがるとバックに手を入れた。
「そっちこそ、どちら様? 蛇苺じゃないよね」
雰囲気で分かる、ショートカットでリクルートスーツ。まるでプレッシャーを感じない。至って一般人のそれだ。
「お前は馬鹿か。蛇苺様がお前のような女衒の者に態々会いに来るわけがなかろうが。私はメッセンジャーだ。蛇苺様の言葉を伝えにきた」
そう言うと、バックからタブレットを取り出す。電源をつけると私の前に画面を見せた。
兎の仮面をつけた人物が映し出される。
「やぁやぁ、こんにちは。あ、初めまして。私、蛇苺ね。どうぞよろしく」
顔は隠してるけど、声は加工されてない。中々可愛い声してるね。
「いやいや、本当は私が直接行っても良かったんだけどね。でも、君のせいで大忙しさ。国家に喧嘩を売ったって名前が売れちゃって、もう大変。それなのに、君が私の手足を悉く排除しちゃうもんだから、もうてんてこ舞いさー。まぁ、あれだよね、分かる人には分かるんだけどね、私達ハイレンズがそんな目立った行動する訳ないってね」
てっきり、私がハイレンズの名前を使って好き勝手やってるから怒り狂ってるかと思ったけど、そうじゃないみたい。軽快に語りかけてくる。
「あ、別に怒ってないよ? いちいち、君なんかに構ってる暇もないからね。どうぞ、ご自由にって感じ。あ、でもでも、あれだよ、一応私達にも面子ってものがあるからね。一応お返しはしといたよ」
肩を揺らせて談笑してる。あらま、いつの間にかお返しされてたみたい。
「葵シスターズだっけ? 君の妹を四人捕まえといたよ。後で、ディスクを送るね。もうね、全員無茶苦茶にしといたから。あぁ、分かってるよ。君は別にそんな事では、悔しがらないし、怒りもしない。ただ、相応の対価を払って貰っただけさ。少しだけでいい、君が不便に感じる事があるならそれでいい」
仮面越しゆえ、その表情は見えない。でもその奥では薄ら笑ってるだろうなって思う。妹達とは連絡を絶ってたからね、リョナ子ちゃんの護衛役以外みんな拉致されてたなんて、今知ったよ。
「姉さん、姉様、お姉ちゃんって、みんな、泣きながら君に助けを求めてたよ。あはは、本人は例え知ってても助けになんて来ないのにね。最後の最後まで信じてた、本当に馬鹿だよねー。もう私、笑い転げてたよ。最後はもう誰が誰だか分からないほど変形してたー」
一応、妹達には気をつけるように最初に言ってたんだけどなぁ。そこはプロの殺し屋を過小評価してたって事かな。
「そんな訳だから、私も忙しいからね、そろそろ仕事に戻るよ。あ、この動画は自動的に消滅します。五秒以内にって、あはは、嘘嘘、なんちゃって、そんな訳ない。そんじゃ機会があったら会いましょうー、じゃあね~」
ここで、画面が真っ暗になった。
とりあえずは良かったのかな。蛇苺もネタばらしするつもりはないみたいだし。
となると、どうしよう。
蛇苺にしたみれば、この子を使って終わらせろって感じなのかな。
私が考えてると、真っ暗になっていたタブレットの画面が再び明るくなる。
「あぁ、ごめんごめん、言い忘れてた。その子あげるから、もう終わりにしてね。じゃっ! そんなわけで今度こそ、まったねぇっ!」
液晶が消えた。あ、やっぱりそういう事でいいみたい。
「え、え、蛇苺様? え? あげる? え?」
困惑している、蛇苺の言動の意味がわかってないんだね。
仕方ないから説明してあげよう。
「どうしたの? わからないのかな。つまり、蛇苺はね、君を代わりにしろって言ったんだよ」
身代わりって訳。この子を影武者にして事態を収拾させたいんだね。
私も蓮華ちゃんが出てきた以上もう暴れるつもりはないからね。
「ちょ、ちょっと待て。私はただのメッセンジャーで・・・・・・」
後ずさる女、でも逃がしはしないよ。時間もないしね。
私はまずナイフを取り出すと、椅子に縛り付けていた人質の男の額にそれを刺した。
もう、こいつを生かして確保しておく意味がない。
片方の手にもナイフ、キツく握って女の方へ歩き出す。
視線を高速で巡らす。
思考を瞬時に終える。
「動いちゃ駄目。もう君の行動全てに鍵をかけた。何をしようとも無駄だよ」
想定される事象、全パターンの道を塞ぐ。
逃げようが、反撃しようが、繋がるのはデッドエンドのみ。
「ま、待って、ちょっと、聞いてない・・・・・・」
ちゃんと感づいたんだね。もう自分が死ぬって。
どうやっても生きられないって。
メッセンジャーは震えながらぺたりと足を崩しへたり込んだ。
私は髪を掴むと、押し倒すように地面に寝かした。
怯える顔にナイフを近づける。
顔の判別が出来てはいけない。だから、分からなくなるまで切り刻むよ。
別に怖くないよ。だって顔にメスを入れる女性なんていっぱいいるもの。
ただ、君はそれが極端に多くて麻酔が無いってだけだよ。
大丈夫、大丈夫、すぐに痛みなんてどうでも良くなる。
〈葵ちゃん活躍中〉
「あ、あ、あ、ああぁぁああああっがががががぁっ」
う~ん、五月蝿いなぁ。こんな近くで喚かないでよぉ。
〈葵ちゃん活躍中〉
「んんぅぅ、うううぅうううううっ!!」
瞳を縦に、鼻を横に、額を斜めに。
縦横無尽、女の顔が真っ赤に染まり始める。
「うぐぅうぅぅ、ううううぅっーーーー」
ほらほらほら。
幼稚園児に戻ったみたい。
真っ白な画用紙に赤いクレヨンでグチャグチャに描いていく。
無邪気に、愉快に、キャンバスいっぱいに。
その時だった。私の五感に鳴り響く危機警鐘。
ぱっと顔を上げる。
入り口から光りが漏れた。
誰かが入ってきたのだ。
この私が、殺す事を中断させられるほどの事態が起こった。
誰、誰なの。とっさに、女の横腹にナイフを刺した、そして捻る、右へ左へ。
もう遊んではいられない、次の行動にすぐ移れるように今を終わられる。
「え、リョナ子ちゃん・・・・・・だよね・・・・・・」
そう私の目の前に現れたのは、リョナ子ちゃん。
でも、いつもと違う。
鳥肌がぷつぷつと、髪が逆立っていくのがわかる。あそこが湿り出す。
怖い、動けない、でも目が離せない、美しい。
一体何があったのだろう。今のリョナ子ちゃんは完全にこっち側だ。
絶対に超えなかった境界に足を伸ばし、そして一気に私達を飛び越えていった。
これが、国家特級拷問士の裏側なんだ。
「葵ちゃん、帰るよ」
女を放り投げて、立ち上がる。無言で私は頷いた。
抱きついて良いかな。
舐めても良いかな。
体中をまさぐって良いかな。
私がフラフラと一歩踏み出すと、それを遮るようにもう一人が立ちふさがる。
「・・・・・・どうも~、お久しぶりです、ドールコレクター」
「うふふ、蓮華ちゃん、久しぶりぃ」
あぁ、そういえばいたんだね。リョナ子ちゃんしか見えてなかったよ。
蓮華ちゃん。相変わらず何を考えてるか読めないね。
私が自分より上と認めてるのはリョナ子ちゃんだけ。
蓮華ちゃんは入ってないけど、それでも数少ない同等レベルだとは思ってるよ。
だから、もう私の悪戯にもとっくに気づいているよね。
それをネタに頼み事されちゃった。
眼球アルバムと九相図の殺人鬼を一緒に捕らえて欲しいってさ。
蓮華ちゃんが手こずるくらいだから、中々手強そうだけど丁度いいや。
私の手足が無くなっちゃったからね。
この際、協力する代わりに私も利用させてもらうよ。
後は、円ちゃんもこのまま妹の一人に迎えよう。
レベルブレイカーを自由にするのは本来骨が折れそうだけど、蓮華ちゃんの手を借りれば簡単だよね。
失ったものは多かったけど、得たものも大きい。
なによりリョナ子ちゃんの裏も垣間見られた。
これで妄想も捗るね。
これから蓮華ちゃんにつけば、犯罪者限定だけどいくらでも殺しができるよ。
世の中屑で溢れてるからね、数に困ることはない。
こうして私のお遊戯もお終い。
次に、私が殺すのは、きっと貴方だよ。
これまた駆け足で終わりました。蛇苺は機会があったらまた出します。次からリョナ子視点に戻します。