あのね、下拵えは大事なの。(対殺し屋編・葵の二)
時系列を考えて妹の切り離された頭部を冷凍保存する。
身体は用済みなので、細かくあれして燃えるゴミと一緒に捨てる。
後は、機関のお偉いさんにも協力してもらおう。
誰でもいい、上官の一人を捕まえてこようと思うの。
自宅前、車を降りたところで拘束した。刃物を見せたら萎縮して全く抵抗しなかったよ。
山奥の廃墟、とうに潰れたペンション跡に連れて行き、男を椅子に縛り付けた。
場所を特定されないように、周りを白い紙を敷き詰めて覆う。
ビデオを男の前にセットして、準備は完了。
チェーンソーのエンジンをかけた、大きな音が反響する。この音五月蝿くて好きじゃない。
でも、できるだけ派手にいきたいの。インパクトは大事だよね。
男は、これからなにをされるのか察したのか、顔を戦慄させた。目を大きく開いて、何か喚いてるけど、生憎なにも聞こえないの。全部かき消されちゃう。
画面に映り込まないように、高速で回転する刃先だけを突き出す。
男の頭上へ近づけていく。
そして〈葵ちゃん活躍中〉
返り血と返り(あれ)を浴びながら、私はキャッキャッと喚いた。口には出さない、心で叫ぶ。
これで機関も動き出す。
そして私は自由になれる。
解き放たれた私がどうなるか、もう自分でも分からない。
ただ、本能と欲望を丸出しに行動するだろう。
スタートはきった、ここからが本番だよ。
全てを巻き込むといっても、リョナ子ちゃんに危害が及んではいけない。
私が標的になれば、ハイレンズは徹底的に周辺を調査するはず。
一般人のリョナ子ちゃんを巻き込むとは考えづらいけど、用心に超したことはない。
私は忙しくなるから、実行役でもある妹を護衛につけよう。腕は確かだし、それなりに信用もあるから任せてもいいよね。
となると、戦闘役が足りないかな。流石に私一人で殺し屋集団と渡り合うには手が足りない。基本的に他の妹達は裏方役が多いから、荒事でかり出せるのは実質、後一人。
駒、駒、変わりの駒。別に死んでもよくて、それなりに使える者がいいなぁ。
記憶を辿る、心当たりを探っていく。そしてたどり着く。
「あぁ、一人いいのがいるねぇ」
ちゃんと狂ってて、殺しに一切の躊躇がない、一線級の殺人鬼。
思い当たった時に、丁度私の携帯が震えた。
大体時間通りだね、送ったディスクはちゃんと見てくれたみたい。
携帯を耳に当てながら、留置場を歩いて行く。
「うん、それが条件だよ、それくらいじゃないと太刀打ち出来ない。殺されたいなら別だよぅ、いかに先手を取るかが重要だから。もう、すでに来てるからこっちは解放するね。後は、さっきの条件を上で話合ってね。もう選択の余地はないだろうけど、体裁は欲しいもんね」
リョナ子ちゃん達、拷問士の執行を一時的に待つための施設。
凶悪犯ほど奥に、そして厳重に隔離されてる。
いくつもの鉄格子を抜けて、私は最深部で足を止めた。
白い拘束具で全身の機能を制約。
目も口も、手も足も全部塞がれてる。
点滴だけで食事も与えられない、排泄も垂れ流し。
中央に一本立っているポールに固定され、身動きが一切取れない状態。
懐かしいね、私もちょっと前までこれされてたよ。
数人の警備員が、ビクビクしながら監獄の鍵を開けた。
私だけが中に入る。
こんななにもできない相手に、男達は籠の外から皆銃を構えて狙いをつけていた。
いくらなんでも警戒しすぎだよ。
まぁ、この手の輩は、一瞬でも隙があったら、殺しにかかるけどね。ありがち間違ってない対応だよ。
「離れてて、これ外すよ」
私は、ベルトを一つずつ、上から取り外していく。
幾重にも、キツく肉に食い込んでいた物を解き放つ。
目隠し、ギャグを最後に取り払った。
警備員達の体が強ばっているのがわかる。いつ拳銃を撃ってもおかしくないほど、緊迫していた。危なかしいなぁ。それを背にしている私も気が気じゃないよ。
ずっと視界を塞がれていたからまだ目が慣れてない、瞳は虚ろで視力が回復してなかったみたい。
だからかな、自由にした瞬間、少女は私に襲いかかってきたの。
「うがぁぁっぁぁぁっぁぁっ!!」
口を大きく開け、喉元に噛みつくように飛びかかってきた。
まるで狂犬、私はさっと、身を躱すと、足をかけて相手のバランスを崩した。
地面に倒れた女の顔面を、つま先で思いっきり蹴り上げる。
鼻から血が噴き出した。コンクリートの床、その凹凸に血が染みこんでいく。
「駄目だよぅ、ちゃんと誰だか確認しなきゃ、じゃなきゃ死んじゃうよ」
今度はお腹を蹴る、柔らかい腹部に靴が食い込んでいく、それを四、五回、そして咳き込み寝転がる少女の体を足で転がし仰向けにした。胸を片足で踏みつける。
「げがはさっっ、ごひゃおっ! ぎゅあが・・・・・・あ、あ、あ、これは、げぼ、これは、ド、ドールコレクターでしたか、あは、これは、これは失礼をばぁあ、ぶがぇ」
目が慣れてきたみたい、女は私が誰だかここでやっとわかった。
しゃがんで顔を覗き込む。髪を掴んで頭を持ち上げると、これでもかというほど目と目を近づける。
「久しぶりぃ、喜んで、少しの間だけここから出してあげるね。でも、自由ではないよ、私の言う事だけ聞かなきゃだよ。分かったら、頷いて」
刷り込むように、練り込むように、私は彼女にそう告げた。
止まらない鼻血を流しながら、少女はゆっくり、しっかりと頷いた。
「良い子だね、じゃあ、これからよろしくね、円ちゃん」
私がそう言うと、ギザギザの歯を見せながら、円ちゃんはへらへらと笑っていた。
レベルブレイカー、切り裂き円をゲットだよ。
これで戦闘態勢は整った。後は、機関の決定を待つだけだね。
話合っても、もう決定は揺るがないのにとんだ茶番だね、どうも偉い人は会議が好きみたい。
それまで、リョナ子ちゃん会ってこようかな。
しばらく顔を見られないからね。
彼女の顔を見れば、彼女と語れれば、私はもっと頑張れる。