なんか、一応終結したみたい。(対殺し屋編・其の五)
銃声が海に広がり飛ぶ。
牽制か、実際狙っていたのか分からないけど、蓮華ちゃんの初撃は外れた。
円は銃を持つ蓮華ちゃんから、距離を詰めるどころか離れる。
弧を描くように駆け回る。
その円周は回るごとに縮まっていく。
狙うは中心にいる蓮華ちゃんの首。
走る円に中々標準が合わないのか、蓮華ちゃんは銃を向けたまま二発目を撃つことはなかった。
動き回る円に当てるのは至難。いかに先読みして待ち構えるように仕留めなくてはならない。
だが緩急をつけ体勢も変えながら移動する円に当てるのは不可能に近い。
「う~ん、私のシグちゃん当たらなそうですねぇ」
蓮華ちゃんは早々に見極め、少しずつ近づいていた円に向かって走った。
「うへへ、当たらないなら、当たるまでぇ、こっちに向かってくる、のかな!」
円が笑う、蓮華ちゃんも口元を緩めた。
距離が狭まるほどナイフを持つ円が有利。
しかし中距離なら銃を持つ蓮華ちゃんに分がある。
蓮華ちゃんが狙うは一瞬、近すぎず遠からず、自分にとってベストな位置。
しかし、素早い円がそんな隙を作るのか。
その絶妙な間合い、僕にはその瞬間は分からないけど、蓮華ちゃんが続けざまに二発放った。
円が左右にぶれる、銃声の後も円の動きは止まらない。
外したのか。二人の距離はもう僅か、ここまで来るとナイフの領域。
「残念、終わり、また来世ぇっ!」
円の得物が蓮華ちゃんに迫る。
「いえいえ、私、もう少し長生きしたいんですよ」
蓮華ちゃんがいつの間にか銃からナイフに持ち替えてる。
「ありゃ、りゃっりゃ、銃は止めたの、お前、それで人を刺した事ある!? 切ったことは!? 抉ったことは!? 殺したことはぁぁあっ!? ないなら私には勝てないぞぉぉぉっ!」
二人は殴り合うようにナイフを振り回す。
お互い間髪さけると、振り抜くを繰り返す。
「やだなぁ、そんなのあるに決まってるじゃ、ないですかぁ!」
どちらから上がったか分からないが、血飛沫が宙を飛ぶ。
ナイフが二人の服ごと肉を切り裂いていく。それでも向き合う二人の手は鈍らない。急所を狙って目をぎらつかせ殺し合ってる。
もうどっちも数カ所刺さってる、蓮華ちゃんの太股から血が流れ、円の腕からも赤く血滴る。交戦状態の二人は痛覚が鈍ってるのか、怯むことはなかった。
このままじゃどっちも死んでしまう。
僕が巻き込んだ蓮華ちゃんを死なせるわけにはいかない。
円も罪を償う前に死んでもらっては困る。
だけど、僕は何者かにしっかり関節を決められ押さえ込まれている。抵抗するもビクリともしない。このまま、ただ二人の死闘を眺めてるしかできないのか。
あの二人を止められるのはそれこそ葵ちゃん位だろう。
狂い咲き乱れるこの場で、僕は唯一普通なのだ。
あの異常者達に割って入るには正常すぎる。
なら、蓮華ちゃんも円も、葵ちゃんさえも超えるほどに自分を変えればいいのではないか。
人を殺めた数なら、あの三人にも劣らない。
思い出すんだ、閉じ込め、奥底に追いやっていたあの感情を。
数々の執行を、一つ一つ思い起こす。目を抉り、肉を裂き、歯を抜き、内臓を引き出す、あの感触を。鮮明に、いくつも超えてきたあの日々を。
反転する、でも飲み込まれないように必死に耐える。
境界線はすぐそこ、されどそこは決して超えてはならない。
呟く、吐き出すように、黒い靄が見えた気がした。
「離して」
籠もっていた力が抜けていくのが分かった。僕はそのまま手を振り払って立ち上がる。
振り返って僕を押さえていた者を確認する。女の子だった。でも見たことはない。
僕が見つめると、戦慄しながら後退する。
ま、いっか。このさい正体なんてどうでもいい。まずはあの二人を止めよう。
僕が二人に向かって歩きだすと、異様な雰囲気を感じ取ったのか、すでに二人の動きは制止していた。蓮華ちゃんも、円も近づく僕を見ている。
「あ、あ、あ、なになに、どうした」
「わぁ、リョナ子さん・・・・・・素敵です」
勝手に止まってくれたね。良かった、とても話し合いにはならないから。
「ねぇ、切り裂き円、葵ちゃんはどこ?」
僕がそう質問すると、円は黙って近くの倉庫を指した。
「ありがとう、あぁ、切り裂き円、もうここから動いちゃ駄目だよ」
円はゆっくり頷く。いいね、円が素直に従った。この時点で葵ちゃんの支配を超えたことを意味する。
ここで気づいたけど、円の脇腹から大量に血が滲んでいる。蓮華ちゃんが放った銃弾が被弾してたみたい。でも、あれだけ動けてたのだもの、まだ死なないよね。
蓮華ちゃんは心を弾ませた様子で、歩む僕に付いてくる。まるで尻尾を振って喜んでいる犬のよう。
倉庫に入る、そのまま奥に進むと見知った顔に出会えた。
しゃがみこむ、その人物は僕を見るなり固まった。
「・・・・・・・・・・・・」
全身を震わせ、目を見開いて僕を凝視している。
隣には椅子に縛られた男、額にナイフが深々と沈んでいた。これじゃ生きてはないね。
「え、リョナ子ちゃん・・・・・・だよね・・・・・・」
葵ちゃんは地面に伏せていた女性の髪を引っ張り頭を持ち上げていた。
顔には無数の切り傷、もう真っ赤な血まみれで元の顔がどんなだったかわからない。
「・・・・・・蓮華ちゃん、説明して」
僕はこちらを見て涎を垂らしながらフラフラしている葵ちゃんではなく、後ろの蓮華ちゃんに状況の説明を求めた。
「・・・・・・多分、あの女性が蛇苺ですねぇ。多分ですよ、私も顔は知らないし、どちらにしてももう判別困難です。で、あのナイフが刺さってるほうが、ドールコレクター側が拘束したハイレンズの一人でしょう」
蓮華ちゃんはここで言葉を切ったが、僕が知りたいのは他にもある。
「それで・・・・・・?」
この一連の流れ、なにかおかしい。葵ちゃん達ではたとえ拷問しても蛇苺の連絡先は引き出せないだろう。それなのに僕達より先にここで蛇苺と接触している。
蓮華ちゃんはなにもかも知ってるはず。だから僕はもう一度聞き直した。
「・・・・・・ドールコレクターがですね、この状況でリョナ子さんから目を離すはずがありません。だっていつ狙われてもおかしくないのですもの。だから、ドールコレクターは当初よりリョナ子さんに護衛をつけてました。さっき、リョナ子さんを後ろから羽交い締めにしていた女の子がそうです。葵シスターズの一人でしょう。後は、分かりますよね?」
なるほどね、つまりこっちの動きは筒抜けだった訳だよ。屋上でのハイレンズとの戦闘で蓮華ちゃんが二対一っていったのもこういう意味か。
葵ちゃんは居場所の特定を怖れ、連絡手段を一切封じていた。
だから蓮華ちゃんは、こっちから葵ちゃんに近づいて情報を提供したって事だね。近くで護衛してる子を使って間接的に。
「あぁ、リョナ子ちゃん、どうしたの、すごいよ、すごく怖い顔してる、見てるだけでビチョビチョになっちゃうよぅ」
目を虚ろに、自分の体をまさぐりながら葵ちゃんがそう漏らした。
「ま、いいよ。これで終わりだね。ハイレンズ一味は無傷で捕らえたかった。それなのに最終的に生きてたのは僕達が捕まえた一人と瀕死の蛇苺だけ、僕としては残念な結果だ」
殺し屋集団も、数え切れないほどの人を殺してきただろう、できれば僕が法に基づいてきちんと裁いてやりたかった。
「・・・・・・葵ちゃん、帰るよ」
僕がそういうと、葵ちゃんは立ち上がり深く頷いた。
「うんっ!」
僕は背中を見せ、その場から離れた。後始末は警察に任せよう。
「うふふふふふふ、早く拷問してもらいたいよぅ、今の状態で切り刻んで欲しいぃ、はぁ待ちきれない、今すぐして、私をグチャグチャに壊して欲しいぃ」
葵ちゃんがブツブツ言ってるけど無視しよう。でも、結果はどうあれ今回の葵ちゃんの功績は大きい。上の評価も鰻登りだろう、執行は早まったかもね。
「・・・・・・どうも~、お久しぶりです、ドールコレクター」
「うふふ、蓮華ちゃん、久しぶりぃ」
因縁の二人が顔を合わせる。お互い微笑んでいるけど、内面は文字通りそんな微笑ましいものじゃないだろう。
「今回、私にとって大きな収穫がありました。ドールコレクター、貴方に一つ貸しを作れましたから」
「・・・・・・・・・・・・ふ~ん、で?」
葵ちゃんの顔が素に戻った。
「私、今厄介な案件を抱えてましてねぇ。九相図の殺人鬼、そして眼球アルバム、この二人なかなか手強くて私一人では手に余ります。今度手伝って貰いますね・・・・・・もう私だけです、リョナ子さんには今回の裏話は内緒にしときますのでぇ」
ん、なにか葵ちゃんに頼んでるみたい、最後は小さくてよく聞き取れなかったけど、葵ちゃんは二つ返事でオーケーしたね。もしかしてなんだかんだで仲がいいのかもしれないね、この二人。
これで一応収束したと考えて良いかな、なんとか山は越えたみたいだし。
結局、僕は蓮華ちゃんに任せっぱなしだったけど、これで元の生活に戻れるだろう。
でも腑に落ちない部分は多い。
後日、僕達が閉じ込めていたハイレンズの一人が死体で見つかった。マンションの部屋から忽然と消えてたのだ。
蛇苺と思われる女性も、病院に運ばれたがその後息を引き取った。葵ちゃんから受けた傷は思ったより深かったみたい。
細かな真相はこれで闇の中、その答えを探るには僕じゃ荷が重いよね、なんせあの二人の思考を超えなくては駄目なんだから。
僕は、拷問士だからそういうのは本職に任せるよ。
なるべくもうあの二人には関わらないようにしよう。
できれば、殺人鬼やら殺し屋なんかも当分御免こうむりたい。
じゃなくても、この世には日々屑が湧いて出る。
明日からはまたそんな外道で非道な一般人の執行をしようと思う。
伏線かなり残して駆け足ぎみで終わりましたが、葵ちゃん視点で番外編書こうと思います。