なんか、三つ巴の戦いみたい。(対殺し屋編・其の三)
外に出ると、肺いっぱいに空気を取り込んだ。
最近の気温は不安定だ、今日は風がないけど先週と比べまた寒くなっている。
でも、その分大気が澄んでいるような気がして、僕は深呼吸とともに気持ちを入れ替えた。
いよいよ、僕達の行動が始まる。殺し屋と殺人鬼の間に入っていこうというのだ、覚悟を決めなくてはならない。
「蓮華ちゃん、これからどうするのかな?」
殺し屋集団ハイレンズの方を止めると決めたけど、その方法が僕では思いつかない。
「そうですねぇ、ハイレンズの連中はここに来て少し身を引きぎみですね、反対にドールコレクターの方は派手にやってます。それを踏まえて私は考えました」
喋りながらも、蓮華ちゃんの足は止まらない。
まるで次の行動を決めているかのように移動していく。僕はそれについて行くしかなかった。
「ドールコレクターは定期的にお店でお昼をとります。この状況が始まった時からずっとです。しかも堂々と公衆の面前で、です」
蓮華ちゃんはスマホを取り出すと、その飲食店の場所を表示させた。
「あ、ここ知ってるよ。カフェテラスがあってお洒落な感じの所だ」
今は寒いから外で食事をする人は少ないけど、いつも繁盛してるみたい。店内はビルの一階だけど入り口付近がテラスになってるんだったかな。
「お互いぶつかっていけば慎重になるのが普通なんですが、ドールコレクターはお昼だけは身をさらすのです」
蓮華ちゃんは喋りながら道路に向かって手を上げ、タクシーを止めた。
「さ、どうぞ。目的地までこれで行きますので」
「目的地?」
僕は訳も分からずタクシーに乗り込んだ。
蓮華ちゃんが運転手に指示すると、その場へ車は移動を始めた。
「そのお店に行くの?」
僕は車内でそう訪ねると、蓮華ちゃんは首を振った。
「いえいえ、ドールコレクターに会ってどうするんですか。私達の標的はハイレンズじゃないですか」
「んん?」
さっぱり分からない。このタクシー、どこに向かってるんだ。
数十分後に、僕達は車から降りた。
ここら辺は高級住宅街の一角だ。目の前には高いマンションが僕達に陰を落とす。
「さ、上りましょう」
「う、うん」
首を傾げながら僕は蓮華ちゃんと共にエレベーターで最上階まで上った。
屋上に通じる扉まで来ると、蓮華ちゃんは足を止めた。
「ここで三分待ちましょうか」
「・・・・・・・・・・・・」
一体、この先に何があるっていうんだろう。この待ってる時間も謎だ。
「さぁ、行きましょう」
三分たったのだろうか、ここで蓮華ちゃんが屋上に続くドアを開けた。
そこで目に入ったのは。
「あっ」
大型ライフルをしゃがんで構えていた男の横顔だった。男も扉が開いた事に気づき、そのまま僕達の方へ体を向けた。
「はい、あれ、ハイレンズの一人ですよ」
蓮華ちゃんは事前に分かっていたように軽くそう僕に伝えた。
「え、え、え?」
なんで居場所を知ってたんだ。
大柄で筋骨隆々、顔には覆面で目だけが見える。
男は突然現れた僕らに動揺することなく臨戦態勢を取り直した。
「簡単な事です、この時点で蛇苺が出てくるはずはないので、ゴールはここなんですよ」
全く意味が分からない。そんな事より、僕は向けられている銃が気が気じゃない。いつ撃たれてもおかしくない状況だ。
とても大きな銃だった。僕では持ち上げることもできなそう。あんなので撃たれたら即死するだろう。
「さて、捕まえますか。戦闘開始です」
僕は動けないでいた。蓮華ちゃんはバックから銃を取り出すと、バックを投げ捨て即座に横へ走った。
男もそれに反応して蓮華ちゃんに銃を向けるが、事は一瞬だった。
銃声が二発、響く。そして男が両膝をついた。
背後に回った蓮華ちゃんの銃口が男の後頭部へ。
「はい、終わりです」
男は無言で両手を挙げた。
僕の思考が追いつく前に戦闘は終わりを告げた。
蓮華ちゃんが男を拘束していく、両手を後ろに向け手錠をかける。
僕はまだ上の空だった。あまりに浮き世離れの出来事だったから。
「ちょっと、説明してもらっていいかな」
なぜ、ここにハイレンズの一人がいたのか。それを蓮華ちゃんがなぜ知っていたのかぜひ聞きたい。
「ん? なぜこんなにあっさり拘束できたかですか? そうですね、相手はバレットM82でしたので、近距離戦に不向きです。セカンダリに持ち替えられる前に勝負を決めたんですよ。それに二対一でしたのでね、純粋な戦闘なら、ま、五分ってとこでしょうか」
二体一って僕も入ってるってことかな。全く役に立ってなかったけど。それとも別の意味が。いや、それはこの際どうでもいいんだけど。やっぱりよくないね、いつ死んでもおかしくなかった。
「そうじゃなくて、なんで分かったの? ここにハイレンズの一人がいるって」
あぁ、と蓮華ちゃんは口を開けた。そのまま説明を開始する。
「簡単な事です。ドールコレクターは自ら囮になってました。狙ってくださいとばかりに。で、ハイレンズの方はそれに乗った、でも、逆にそれを囮にしました。しかし、それもドールコレクターにとっては承知の上だったので、さらに囮にして・・・・・・」
「う~ん、もっと分かりやすくお願い」
葵ちゃんが堂々と身をさらして自分から餌になってたのはわかる。それを狙われたのもわかるけど。
「つまり、囮の囮の囮を狙っていたのがこの男で、私達は最終地点に来ただけなんです。さらにこの先もありそうでしたが、ここからは蛇苺が出なければならない。流石にそれは避けたのでしょうね、ドールコレクターと蛇苺の読み合いに、横から入っただけです」
じゃあ、この拘束した男は、葵ちゃんを狙った殺し屋の、それを狙った葵ちゃんの仲間の、さらにそれを狙った殺し屋って事か。頭がこんがらがっちゃうなぁ。
「てことは、蓮華ちゃんは、葵ちゃんとハイレンズのさらに上を読んで行動したって事か。二人の思考を飛び越えて」
「それは違いますねぇ。私はあの二人にとってイレギュラーな存在なので、元より計算に入ってはいないんですよ。じゃなきゃこんなにうまくいきません。ドールコレクターがいる位置はちゃんと計算されてましたから、あそこから狙撃できる場所は一つしかありませんし、さらにそこを狙える場所も決まってました。全部踏まえてドールコレクターはあの場所でお昼をとってたんです、だから反対に分かりやすかったんですよ」
僕が頭で蓮華ちゃんの言葉を整理していると、さらに付け加えてきた。
「そして、今はすでに二組の戦闘は末期に近い、そしてこの風もなく視界もいい本日、行動を起こすのは必然でした。ハイレンズともあろうプロ集団が、ドールコレクターをいう玉を狙う狙撃に観測手をつけない時点で囮だと分かりましたしね。リョナ子さんが私を訪れてきたのは偶然でしたけど」
なにはともあれ、ハイレンズの一人は拘束できた。
残りは後、二人。
一人はボスの蛇苺で、もう一人は蓮華ちゃんの話だと、葵ちゃんを狙撃しようとしていたはずだけど。
「多分、あっちのハイレンズももう捕まったでしょう。さっきも言いましたが、狙撃体勢に入った状態で、敵が現れたら対処しづらい。ドールコレクターは一人だったので、切り裂き円あたりが向かったはずです。いくら相手はプロでも、彼女は近距離特化みたいな殺人鬼ですから勝負は目に見えてるでしょう、本来入るはずの援護もありませんし」
蓮華ちゃんが拘束した男の足を持った。
「さ、リョナ子さん、腕をもってください。下に空き部屋があります。すでに借りときましたので移動しましょう」
「え、あぁ、うん」
あれ、警察に連絡するんじゃないのかな。よくわからないまま蓮華ちゃんの指示に従う。
「部屋に運んでどうするの?」
僕は二人がかりでも重い男の体重を、運びながらも蓮華ちゃんに聞いてみる。
「決まってるじゃないですか。ドールコレクター達も一人捕まえましたが、あの二人ではただの拷問になるだけです。情報は聞けないでしょう。血を見ると我を失って快楽が勝る。でも、こっちにはプロがいますからね」
それってまさか。
「ここからはリョナ子さんの出番です。期待してますよ、国家特級拷問士さん」
この男を尋問して情報を引き出せと言ってるのか。
この前のレベルブレイカーの場合とは別だ。あれは、すでに裁判で刑が確定していたから権限内で執行できたんだ。
でも、残りの殺し屋は蛇苺だけ。ここから辿らないければならない。
「リョナ子さん、目的があるなら手段を選んではいけませんよ。どんな方法を使ってでも結果にたどり着く。その覚悟がないなら、ここでお終いです」
蓮華ちゃんは小さくも重く言葉を吐いた。
僕の拷問術は、執行のためだけだ。決して尋問のためではない。それが仕事の一環ならまだ目を瞑るけど。今回の相手は、まだ罪人でもなく、仕事でもない。
僕は、どうすればいいのだろう。