レベル6の執行を開始します(後編)
この日は晴天だった。澄み渡る空、燦々と降り注ぐ太陽。
でも僕がいるこの部屋には光は届かない。僅かな電球の明かりが薄暗く室内を照らす。
僕は吊された男達を見ながら思考を開始する。どうやって罰を与えていくかその順番を組み立てていく。
芋虫のようにもぞもぞ動く男達、右がAで左をBとする。
僕はまずAの目隠しと猿ぐつわをとって顔を曝した。途端、僕を激しく睨み付けると自由になった口で罵倒し始まる。
「おらぁぁぁっ! 離せや、こらぁっ! クソアマがぁあぁ、犯すぞっ! このっ・・・・・・」
僕は五月蠅く喚くAの顔目掛けてリョナ子棒(鉄の棒)を力いっぱい振り切った。
叫びすら上げる間も無くAの口から血と共に数本の歯が床に落ちる。
「外したのは喋らすためじゃないよ。悲鳴を聞きたいからでもない。これからその目、耳、鼻、口、その全てに苦痛を与えるためだ」
つい手が出ちゃったけど、初日はそこまでダメージを与えるわけにはいかない。やりすぎるとすぐに死んじゃうからね。精神を先に壊すわけにもいかない。この加減が難しい。
それでも初撃の牽制が効いたのか、Aは静かになった。先ほどまで僕を睨み付けていた目が怯えを見せている。
「今回は少し飛ばしていく。でもレベル6の限界、限りなく7に近い罰を与える」
僕はリョナ子棒を置くと、ペンチを取り出した。
「簡単に死ねると思うな、なんせ僕の拷問は特級だからね」
〈お仕置き中〉
一通りAの全身に痛みを与え終える頃にはお昼になっていた。
「・・・・・・・・・や・・・・・・もう・・・・・・やめ・・・・・・」
譫言のようにそう漏らすAに、僕は手をつけず無傷な片方の耳に囁いた。
「初日はもう止めてと言う。明日にはもう殺してくれと頼むようになる。そして三日目以降は何も言わなくなる、だからね、今のうちにいっぱい言っとくといいよ」
とりあえずAはこんな所かな。そうなると急いで連絡しないと。
僕は受話器を取ると係の者に連絡を入れる。Aはこの後、応急処理を受ける、あくまで止血とか輸血くらい。明日以降の拷問に耐えられるように最低限は回復してもらわなきゃいけない。
「さ~てと」
僕は一度体を伸ばすと、今度はBに近づく。Aにした同じ事をBにもなぞって行くんだ。
「待たせたね。待ちくたびれたと思うから、僕も今日はお昼抜きで頑張るよ」
最初はリョナ子棒で顔を殴りつける所からだったよね。
二日目。〈お仕置き中〉
三日目以降。
〈お仕置き中〉
さすがにここまで来るとAもBももう生きてるのか死んでいるのか分からないほど衰弱していた。届くかどうか分からないけど今際の沢に男達に言い放つ。
「ふう、大体これで終わりだ、死んだら地獄でさらに苦しむんだね。お前達はただ普通に暮らしていた母子の全てを奪った。未来も、尊厳も、なにもかも。そしてこれからずっと夫であり父親であるあの男性は苦しみ続ける。それは一生死ぬまで続く。あの人の苦痛に比べればお前達の受けたものなどなんて些細なものか」
そう告げた数分後、僕は男達の死亡を確認。死体の回収を頼み、僕は椅子にもたれた。
「・・・・・・レベル6、執行完了」
とても疲れた。全身に疲労感が漂う。高レベルの執行はきつい。この数日なにも喉を通らなかった、それなのに何度も吐いた。出るのは胃酸とコーヒーくらい。特級と言っても僕もまだまだだね。
仕事を終えた夕刻。職場を後に帰宅の路につく。門を潜ると見覚えのある男が立っていた。
男は僕に気づくと頭を下げた。
「・・・・・・こんにちは」
僕もお辞儀を返しながら男に近づいていった。これはタイミングがいいのか悪いのか。
男は施設をじっと見ている。僕が傍に寄ると小さく呟いた。
「・・・・・・今日、犯人達の執行が終わったようです、私にも連絡が届きました」
「・・・・・・そう」
僕はそれ以上はなにも返せない。
「ちゃんと・・・・・・ちゃんと苦しんで死んだのでしょうか。妻や娘が受けたように・・・・・・」
男性の目に涙が溢れる。今にも零れそうだったが顔を上げて堪える。
「レベル6を執行できるのは特級だけ。だからしっかり罰は与えたと思うよ」
本当は正体を明かし、事細やかに執行した内容を話してやりたい。だけど拷問士は秘密裏に行動しなければならない。顔が知れれば報復の可能性など色々問題が多い。だから仕事の時は自分の顔をお面で隠すか対象に目隠しをする必要がある。それをしないのは死刑囚の場合だけ。
「・・・・・・ちょっと時間ある? 一つ教えたいことがあるんだ」
男性は僕の方に顔を向けた。それは初めて会った時と同じように痩せこけていて、寝れないのだろう目には大きな隈ができている。
「・・・・・・なんでしょう?」
「近くのベンチに座ろうか」
僕は男性を近場の公園へと誘った。
僕達はベンチに腰掛ける。辺りは夕焼けでオレンジに染まり始めていた。
「・・・・・・単刀直入に言うよ。僕はこの事件の詳細を見た。貴方にはかける言葉も見つからない。でも、現場の写真を見て、ある物を見つけたんだ」
「・・・・・・そ、それは一体・・・・・・?」
僕はここで目を閉じた。口を開けば男性にさらなる悲しみを与えてしまうかもしれない。でも、それでも。
「手紙だった。大部分が血が滲んで読めなかったけど。知り合いに頼んで出来るだけ何が書いてあったか再現してもらった」
男は僕の言葉に目を見開いた。唇が震え、絞り出すように声を出す。
「そ、それには、な、何が?」
「・・・・・・比較的大きな文字しかわからなかった。断片的な文字でいいなら教える」
「お、お願いしますっ!」
男が僕の両手を掴んだ。そこから男の身震いが僕に伝わってくる。僕はすぅっと息を吸い込んだ。
「じゃあ言うよ。・・・・・・お父さん、ありがとう、大好き、あなた、私、愛してます、幸せ、いつまでも、一緒に・・・・・・」
それは男性に送られた母子の言葉。その日は奇しくも男の誕生日だった。
「ごめん、これだけしか分からなかった。でも、僕にもわかる、貴方が彼女達にとても愛されていたって事が」
僕が語り終えると、男は溜まらず天に向かって叫んだ。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら大声で。
「美智子ぉこぉぉこぉぉぉぉっっっ!!! 早苗ぁぇあぇぁぇぁぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
僕は見ている事しかできない。本当は最後の最後まで悩んだんだ。伝えたらこの人はさらなる悲しみを背負うかもって、鎖がもっと食い込むかもって。
でも、彼女達の最後のメッセージだから、どうしても貴方に伝えなきゃって思ったんだ。
僕は一人立ち上がった。これ以上は僕にはなにもできない。
最後に一言だけ残していく。
「僕は神も仏も信じてない。でも天国や地獄ってのはあって欲しいと都合良く思ってる。じゃなきゃあまりにこの世は理不尽で不公平だからね。奥さんと娘さんはきっと綺麗な場所で貴方を見ている。いつかそこで再会する時、胸を張って二人に出会えるように今はしっかり生きて欲しい。彼女達が愛した貴方の姿のままで」
僕はもう振り向くことはなかった。男が僕の言葉でどんな表情を見せたのかはわからない。時間はかかるだろうけど、いつか立ち直って欲しいと願う。
駅に向かう頃にはすっかり空は帳を降ろしていた。所々に星が見える。
なんだか胸がモヤモヤして堪らない。
こんな時の僕はいつも満天の星空を眺めにいく。
「週末にでも、山の方に行ってみますかね」
広がる無数の星を瞳に取り込むと、少しだけ心が透いた気になれるから。