なんか、助っ人を頼んだの。(対殺し屋編・其の二)
執行局の幹部、その頭が撃ち抜かれる。周囲にSPが付いていたにもかかわらず、長距離から狙撃された。
殺し屋集団のアジトの一つが火に包まれる。中から数人の丸焦げ死体が見つかった。手足は縛られ生きたまま焼かれたみたい。
警察庁の次官、その一家が自宅で惨殺死体で見つかる。家族もろとも非道い殺され方をされていた。
殺し屋集団の末端協力者、その数十人の死体が一カ所に纏められ捨てられていた。その体には数え切れない程の切り傷が確認されている。
内情を知ってるだけに、新聞を読むたび体が震えた。
「・・・・・・どっちもイかれてるよ、これ」
いくつか隠蔽されてる事件もあるけど、被害は日を増す事に双方広がっていく。
葵ちゃんは捕まってからは殺しを一切してない。
でも、今は国家公認で殺人を認めている。
これで、止まらないわけがない。今まで抑えられていた欲望が弾け出してるんだ。
「これじゃ、泥沼だよ」
お互いにガードが堅くなるはず、そうなると標的はどんどん下に下がっていくだろう。僕達機関に所属してる職員も例外ではない。
事態を把握してる僕が、このままむざむざと犠牲者を増やすわけにはいかない。
どうにか止めたいけど、僕にはそんな力は無かった。
葵ちゃんへの電話は繋がらない。こんな時相談したい人を一人知ってるけど、こちらからの連絡手段がない。
僕はこのまま、ただ新聞を読んでいるしかないのだろうか。
誰か、誰かいないのか。この状況に介入できるほどの人物が。
ここでふいにある思いが頭を過ぎった。
そうだ、そもそも葵ちゃんは一度捕まってるんだよ。
あの、規格外の殺人鬼は、取引によって機関に協力してるんだ。
てことはだよ、あの葵ちゃんを追い詰めて捕らえた人物がいるってことじゃないか。
僕は急いで資料を取り寄せる事にした。
執行局の本部に足を運んだ。僕の仕事場と本部はまた別の場所だ。でも執行所から近い、タクシーで数十分てとこ。
ここも警備がいつも以上に厳重だった。中に入るまで様々な審査や検査が行われた。僕には身分証明書がないから苦労したよ。あいにく局長が留守だったってのもあるけど、最終的に指紋認証などを行ってやっと通された。
受付で名前をつげ、目的の人物へのお目通りを願う。
「リョナ子様ですね、すでにアポイントは取られてますね、どうぞお通りください」
「え? 僕なにもしてないですけど・・・・・・」
なぜか話が通ってるみたい。疑問を抱きつつもエレベーターで地下へ降りた。
ここの最下層にいるんだ。
葵ちゃんを捕まえた人物が。
全てが謎めいていたけど、なぜか拷問士だけには会うことを許すみたい。
浮遊感がやむと、ドアが開いた。このフロア全部がその人の居住空間みたい。
ここは、ただただ、広かった。
真ん中にぽつりと机があった。その上にパソコンのディスプレーが置かれていてキーボードを叩く音だけがこの場に響いていた。端にベットがある位で他はなにもない。
そこに座っている人こそ、今日の僕の目的なんだ。
「あの~、すみません~」
僕の声が響く、ゆっくり中に足を踏み入れる。
ここからでは頭が少し見えるくらいで顔が確認できない。とりあえず髪の色は緑だね。
声をかけると、画面の横からぬっと半分だけ顔が出た。
「あ、お待ちしてました。リョナ子さんですよね」
意外にも、僕とそう歳は変わらなそうな女の子だった。見開いてるような大きな瞳で僕をじっと見た後、彼女は手招きで僕を呼んだ。
「えっと、なぜ僕の事を・・・・・・」
すぐ隣まで行くと、彼女の全身が目に入った。ノースリーブの白いワンピースを着ている少女は僕に目を合わせてきた。外はまだ寒いけど、ここは空調は効いてて快適だ。
「今日あたり来るんじゃないかと思ってたんですよ。あれですよね、ドールコレクターの一件で訪ねてきたと」
背中まで伸びるエメラルド色の髪は、さらさらで先端に向かうにつれ色素が薄れていた。
「・・・・・・そうだけど、なんでわかったの?」
完全な思いつきの行動だったのに、彼女には全てお見通しみたい。
「あは、私、あれなんです、拷問士のファンでして、その中でも十三人しかいない特級拷問士のリョナ子さんの事ならより深く分かってるんですよ」
彼女は無邪気に笑ってみせた。全然答えになってないけど。
「なんで拷問士のファンか知りたいですか、そうですか、じゃあお話しましょう。あれは私が小学校に上がったばかりの事です・・・・・・」
唐突に話し始めた。この子なんなんだろう。
「私は、今の姿から想像も容易いとは思いますが、それはもう可愛い子供だった訳ですよ。ま、それで変質者に狙われたのも必然でしてね。ある日、連れ去られまして・・・・・・」
え、なにか物騒な話になってるよ。でも、少女の口は淡々と過去の話を続けた。
「ま、それで、腹を割かれたんですよ。胸の辺りからお腹までバッサリと、私は自分の腸を見ながら、あぁ、死ぬのかなと、そう思ってたんです。自分でいうのもなんですけど、私の中身は綺麗なもので色々動いてたんですよ、死を感じると同時に生も感じられた。とても貴重な体験でした」
なんて話をするんだ。まるで他人事のように口を動かす。
「それでですよ、男は徐に(なんやかや)、私の(あーなったあれ)に向かって・・・・・・」
「ストップゥゥっ! そういうのは、はしょってっ!」
僕が慌てて声を上げると、彼女は話の腰を折られて少し眉を潜めた。でもすぐに口を開き再開する。なんかすごい話だけど、実際彼女はここにいるって事は。
「ま、寸前でしたが、近所の人が目撃してたんで、すぐに警察が部屋に踏み込んできました。幸い、犯人の部屋はとても清潔で、切り裂いた包丁も新品だったんですよ、抗菌的なやつです。だから感染症とかにはならずに済みました。私はなんとか一命を止められたんですねぇ」
そういうと、少女は立ち上がった。両手でスカート部分を摘まむと上へと引き上げていった。
太股を超え、ショーツが見え、そして、お腹から胸へと一気にたくし上げた。
その時の傷だろうか、大きな傷跡が直線を描きしっかり残ってる。
「生きた私はこの後どうしようかと思いました。一時期、犯人に復讐をしようかと思って拷問士を目指したのです。ま、恨んではいませんでしたがなんとなくです。でも対象が五年前に執行を受け死んでしまいました。余罪が多くて死刑になったんですね。私は、これは参ったと、目的が無くなったと、そう思ったんです。そこで考え直しました。私の代わりに復讐してくれた拷問士になにかお返しをしようと。その時の拷問士の方はもう引退というか失踪してしまいましたから直接なにかできませんでしたが、ではもうこの際拷問士の方々全てに恩返しをしようと、そう思ったのです」
こんな所に一人でいるからだろうか、話に飢えている感じでこの子は喋りだしたら止まらない。
「ま、そんなわけで私は拷問士の味方です。なんでもお申し付けください。特級拷問士のリョナ子さん」
重い過去話をした割には無邪気に笑ってる。この子があの葵ちゃんを本当に捕らえた人物なのだろうか。なんか自信が無くなってきた。
「えっと、それじゃあ、今起こってる殺し屋の話知ってるよね? あれを止めたいんだ」
これ以上続くとあまり関係ない組織の人まで巻き込まれる。そうなる前になんとかしたい。
「殺し屋集団は通称ハイレンズ。主要人物五人からなるトップアサシンですね。今は三人ですけど」
「三人? 葵ちゃんが捕まえたのは一人じゃないの?」
「いや、ドールコレクターは昨日、別の一人をすでに拘束してます。情報を引き出そうとしたみたいですが失敗したみたいですね。もう生きてないですよ。相手もプロなので口が堅いのでしょう」
なんでこの子はそんな事まで知ってるんだ。それにしても葵ちゃんと円に拘束されて尋問て、想像もしたくないよ。
「残りは三人ですが、ボスである蛇苺って人が特に厄介です。レベルブレイカーっていっても所詮捕まったからこその通称です、殺人鬼がアマチュアなら殺し屋はプロですので本来相手にならないはずなんです。蛇苺も最初は侮っていた。でも、ドールコレクターは別格です、今も互角にやり合ってますね、どの世界にもいますけど、プロに匹敵するアマチュアってのは。それの類いなのでしょう」
僕はただでさえ片足が入ってる地獄に、さらに首を突っこもうとしてるのか。
でも、ここまで来て引き返すことはできない。
そのために協力を求めたんだ。
「私も実際苦労しましたもの、ドールコレクターを追い詰めるのは大変でした。でも、最後は案外あっさりしてたんですよ。特に抵抗もなく無気力に近かった。彼女の作品を見ましたけど、あ、例の死体で作っていた人形です。あれね、ほとんど完成してたんですけど、目だけがなかったんですよ。彼女がなにを思っていたのか分かりませんが、気に入る目がなかったのでしょう。それで一気に冷めてしまったのかもしれませんね」
僕も写真で見たけど、正直造形は見事だった。こんな事本当は思っちゃいけないんだけど、美しいとさえ思えた。
「さて、レベルブレイカー二人と、殺し屋三人、どっちを潰すのが楽ですかね。難しい問題です。でも、ドールコレクターを止めても、ハイレンズの方が止まるとは思えません。ドールコレクターの方は標的を失えば止まるでしょう。多分ですがね、私にもあのレベルの思考は読みづらいです」
たしかに、葵ちゃんは付き合いが深い僕でもなに考えてるかわからない。まともな人間ではその思考は理解できないんだ。
「では、殺し屋ハイレンズの方を抑えるとしますか」
そう言うと、彼女は上着を引っ張り出してワンピースの上に羽織った。
「あ、申し遅れました。私、蓮華と申します。バウンティハンターの真似事をしております。唯一この国で認められた賞金稼ぎとでも言いますか、リョナ子さんに合わせるなら国家無級賞金稼ぎでしょうかね、あは、なんて」
蓮華ちゃんは、机に置かれた電話を手にした。
「あ、蓮華です。少し出かけてきますね」
受話器を置くと、今度は引き出しを開けた。
その中の物をバックに詰め込んでいく。ちらりと銃も見えたよ、大丈夫なのこれ。
「それでは、リョナ子さん、これからよろしくお願いします」
蓮華ちゃんはぺこりを僕に頭を下げた。
僕はもしかしたら火に油を注ぐ事態を招いたのかもしれない。
でも、僕が頼れるのはこの蓮華ちゃんしか今はいない。
少しの期待と、大きな不安を抱き、僕は彼女と共にエレベーターに乗り込んだ。