なんか、国家特級殺人鬼の誕生みたい。(対殺し屋編・其の一)
ある日、機関に一枚のディスクが届いた。
僕がこれを見たのはずいぶん後だったけど、内容はとんでもないものだった。
まず映し出されたのは椅子に固定されていた小太りの男性。上半身は裸だった。
顔はひどく怯えきっており、画面越しからも小刻みに震えてるのが見て取れる。
男の荒い呼吸音だけが聞こえる。拘束されているのは手足だけなのに、恐怖が彼の声を封じているのだろう。
ふいに大きな音がその吐息をかき消した。エンジン音のようなものが耳を劈く。
その音の正体が画面にちらりと映り込む。先端だけでそれがなんだかよくわかった。
(あれがあーしている)。
それを見た男の顔は引きつり、命乞いだろうか、何か叫び出したが一切聞こえる事はない。
そして花を咲かせた。
〈???活躍中〉
同様のディスクは警察や検察、他の機関にも届いていた。
映っていた男は、特務機関の上官。
時を同じくして、冷凍された少女の頭部もまた機関に送りつけられていた。
こちらは、葵ちゃんが独自に作っていたシスターズとかいう協力者の一人だ。
これにより、犯人の意図に予想がついた。
数日前に葵ちゃんはある殺し屋の一人を拘束、逮捕していた。なんか有名な殺し屋集団の一人だったみたい。
つまり、これは報復なんだ。機関と、そしてそこに所属する葵ちゃんへの。
この日を境に、双方、血深泥の報復合戦が始まる事になる。
まだ無関係だった僕にも、ここ数日のピリピリした雰囲気は感じていた。
職場の警備も急に厳重になったし、前からちょくちょく来ていた局長からの連絡も間を置くようになってた。
ふいに視線を感じる事も増えた。
出勤時と帰宅時は特にその兆候が強い。
気づくと誰かが僕の後をつけている。僕に気づかれるようだから大した輩ではないだろうけど、いい気分ではないね。
気配は複数。拷問士は恨みを買いやすいけど、その情報は国家機密並のトップシークレットだから漏れてるとも考えずらい。そいつらは特に行動を起こそうともしないから気づかないふりをして放っておく事にしたの。
そんなある日の休日、僕はお目当ての本を求めて本屋へ向かっていた。
昨日は肌寒かったけど、今日はいい天気だ。風も気持ちが良い。数ヶ月後には大好きな春が訪れる。そんな良い気分も、纏わり付く気配が台無しにしてくれた。
休みだってのに、ご苦労な事だよ、今日もいるみたい。
僕は構わず、目的地に向かう事にした。一応、何があってもいいように用意はしてるよ。前に一度拉致されてるからね、護身用のグッズを持ち歩くようになったし、GPSも一つ増やした。警戒をしながらも足は止めずに歩いた。
人通りの少なくなった所でそれは起こった。
「リョナ子ちゃ~ん」
葵ちゃんがいきなり目の前に現れたのだ。
「うおっ、びっくりした。なんだ葵ちゃんじゃないの」
いつものようにニコニコさせながら、僕に近づいてくる。
「ちょっと話があるんだよぉ、時間いいかな?」
「あ、うん」
僕が了承すると、葵ちゃんは微笑みながら僕の手をとった。
葵ちゃんから話とは、いつもの事だけど、あまりいい話は聞けそうもない。
近くの立体駐車場へと連れ出された。二階に上がると葵ちゃんが口を開いた。
「そういえば、リョナ子ちゃんになんか付きまとってた人達がいたよ、知ってた?」
「うん、気づいてたよ。でも、特になにもしてこないから無視してたんだ」
「流石だね、私、勘違いしちゃって危うく殺しちゃうとこだったよ」
「え?」
そういえば、感じていた視線がいつの間にか無くなってた。
「悪い事しちゃったよ。局長も人が悪いよねぇ、一言私に言ってくれれば良かったのに」
話が見えない。どういう事だろう。
「葵ちゃん、僕をつけていた人達の正体がわかるの?」
「うん、あの三人は、リョナ子ちゃんの護衛だったんだよ。でも役立たずだったね」
「ご、護衛?」
いくら特級の拷問士だとはいえ、僕に四六時中護衛が付くってなんでだ。
「ごめんね、私のせいだよ。リョナ子ちゃんは私と仲がいいから狙われる可能性が高いんだね」
仲が良いかは知らないけど、僕の存じぬところでまた事が動いているみたい。
「簡単にいうとね、私は今厄介な敵と対峙してて、そいつらは私の関係者を標的にしてるの。私にはシスターズっていう手足がいたんだけど、その内の二人が殺されちゃった」
前に少し耳にした事がある、葵ちゃんが妹と呼ぶ協力者。何人いるかは知らないけど、殺されたって。其の割には葵ちゃんはいつも通りの笑顔だね。
「公にしてないけど、機関や警察、執行局なんかのお偉いさん達も狙われてるよ、実際何人かもう殺られてる」
「一体どうして?」
予想以上に事態は大きくなってるみたい。そしていつの間にか僕も巻き込まれてる。
「ある殺し屋集団の一人を私が捕まえちゃったんだ。そいつの仲間が報復してるの。特に解放を要求してるわけでもない、ただ手を出したから怒ったんだね」
葵ちゃんが後ろを振り返る。
「ねぇ、こっち来てぇ」
ふいに誰かを呼んだ。今度は気配を感じられなかった。
身をさらした人物に僕は驚愕した。
「あ、どうも、お久しぶり、こんにちは」
僕らの元に近づいてきたのは。
「き、切り裂き円っ!?」
その顔、忘れようにも忘れる事はできない。サイドテールに纏めた髪、眠そうな目、ギザギザの歯。僕を拉致したレベルブレイカーの一人。暴走して大量殺人をしていた所を捕まえたんだ。なんでそんな彼女がここに。
「機関も本気で対抗する事にしたの。で、使える駒はなんでも使う。数度行われるレベル5の執行を一つ取り消す代わりに協力してもらうんだ」
「だ、だからってっ!」
こいつは超危険人物で、狂った殺人鬼だ。そんな彼女が素直に言う事聞くとはとても思えない。
「あ、先日はどうも、ちゃんリョナさんには、ずいぶん失礼をば、すいません、ごめん、これからよろしく」
円が僕に握手を求めて手を差し出す。
そんな円に葵ちゃんがいきなり足を蹴りつけた。
「ふがっ」
体勢を崩し、コンクリートの地面に転んだ円、今度はそのお腹に葵ちゃんのつま先が突き刺さる。
「あがぁっ!」
葵ちゃんは笑顔でその腹を何度も蹴りつけていた。
「駄目だよぉ、なにリョナ子ちゃんに触れようとしてるの。リョナ子ちゃんに触っていいのは私だけなんだよぉ」
「ふげぇ、がぁっ、すびあぜん、えへへ、もうしない、しない、うへへ、葵の姉貴、ごめんなざい」
僕に触れるのは葵ちゃんこそ駄目だよと思ったけど、どっちもそうとう狂ってるからなるべくこちらから口は出さないようにする。
でも、見た感じ大丈夫かも。異常な殺人鬼も、さらに異常な葵ちゃんなら制御できるかもしれない。
「というわけで、私達はこれから忙しくなるんだ。リョナ子ちゃんを監視、じゃなかった観察じゃない、護衛、的な事ができなくなるから気をつけてね」
葵ちゃんは、心配そうな顔を見せポケットから携帯を取り出した。
「そろそろだね」
言った直後に、その携帯から着信音が鳴り響いた。画面を押し通話状態にする。
スピーカーから声が聞こえた。
現在、正午丁度。葵ちゃんに告げられた内容とは。
特務機関所属、ドールコレクターへ。
「現時刻をもって、甲にかけれている七十七の制限と制約を解除、さらに十三の権限、および二十三の特例を許可する。これをもって任務の遂行に当たるべし。繰り返す・・・・・・」
葵ちゃんが国家特級殺人鬼になった瞬間だった。
「私ねぇ、ここまで虚仮にされたのは初めてだよぉ」
笑顔が消えた。あれ、今日は暖かいなんて思ってたのに、急に寒気がしてきたの。
「じゃあ・・・・・・始めるね」
いつの間に鳥肌が立ってる。
僕は機関が判断を誤ったとしか思えない。
事実、これから起こる戦争は手をつけられない状態まで落ちていく。
僕は今回、蚊帳の外かって?
そんな訳がない、困った事に、僕は全身をどっぷり浸かせる事になるんだよね。