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なんか、討論するみたい。

 これは一年前ほど、僕が丁度一級に上がりたての頃だったと思う。


 なんか今日は早く目が覚めちゃったの。

 枕元の時計を見たら、まだ六時前だった。

 余裕があるから二度寝しようと思ったけど、どうも寝付けない。

 しょうがない、たまには早起きしようかな。

 仕事場でゆっくりコーヒーを啜りながら、新聞でも優雅に読んでみるのもいいのかも。



 たっぷり時間を余して、仕事場に向かった。

 建物が見えてくると、別のものも目に入ったの。

 よく、門の前で活動してる団体みたい。10人ほどで何か喚いている。

 早朝からご苦労な事だよ。そういえば今日はレベル6の執行が行われるみたいだね、僕はまだできないけど、どこからか聞きつけたんだろう、その事によっての反対運動だと思う。

 

 できるだけ、関わらないように気配を消しつつ、その人達を通り過ぎる。

 でも、僕はとにかく鈍くさいので、よくこういうのに捕まるの。自称占い師とかにもよく声をかけられる。


「あ、貴方、ここの職員っ!? ちょっといいかしらっ!」


 はい、捕まりました。三〇半ばほどの女性が私を遮る。


「はぁ、そうですけど・・・・・・」


 リーダーらしきその女性が僕の前に立つと、続けざまに他の人も僕を取り囲んできた。


「私達は死刑反対を提唱する団体です。貴方はここの職員という事で少し意見を伺いたいっ!」


 また、厄介なのに捕まっちゃったなぁ。どんな団体もそうだけど行きすぎた感のある場合は大抵本来の目的が失われてるんだよねぇ。


「一体、なんでしょう?」


 逃げ道がないから受け答えするしかない。


「貴方、死刑制度についてどう思ってますの? しかも、この国は剰え残酷に、野蛮に、人を死に至らしめるっ! これは人権の観点からも大問題ですよっ!」


 なんか、ここの職員というだけでかなり敵視されてるね。僕が拷問士だと知ったらどうなるんだろこれ。


「う~ん、別にいいんじゃないですか? そういう法律になってるんだし・・・・・・」


 適当に答える。まともに相手してもこの人達が意見を変える事は多分無い。


「まぁっ! やっぱりだわっ! こんな考え無しの人が働いてる所だものね、だから、拷問士なんて悪魔がいてもなんの疑問が起きないんだわっ!」


 これには僕も少し頭にきた。誇りを持って、日々自分の精神をすり減らしながら懸命に働いてる拷問士達への侮辱だ。


「じゃあ、死刑を廃止したとしてどうするんです? 少なからず犯罪の抑止力にはなってるでしょう? 廃止したら凶悪事件は増えますよ、きっと」


 僕がそういうと、すごい勢いで反論してきたの。


「増えないわっ! そういう統計があるんだからっ! ある死刑を廃止した国では人口に対しての犯罪率がむしろ減ったというデータもあるのよっ! 死刑じゃなくても他国のような終身刑や無期懲役といった刑で対処すればいいわっ!」


「はぁー、ある国って。あのね、国によって人口も文化も宗教も違うのにそれを当てはめられても困るよ。しょせん結果論でしょ? もし逆に犯罪が増えたらどうするの、その事によって犠牲者が出た場合は、やっぱり間違いでしたって言うの? 終身刑や無期懲役って、長々を拘留するって事でしょ、そのお金どっから出すのよ、貴方達が有志を募ってそれを賄うっていうならまだわかるけど、税金を使うっていうなら僕はそんなのに一銭も出したくないよ」


 つい、僕も意見しちゃったもんだから、相手側は顔を真っ赤にしてさらに息巻いてきた。


「死刑は生命に対する権利を奪う重大な人権問題ですっ! 更正の余地すら奪うのですよっ!」 


そうよ、そうよ、と後ろからも同調してきた。


「人権ねぇ。被害者の命を奪っといてそれを主張して欲しくないなぁ。ここの刑って基本的に目には目をなんだよね。被害者が受けた仕打ちを加害者に返してるんだよ。ちゃんと裁判もしてるし最低限の人権は保障されてる。後は、更正だっけ? たしかに更正する人もいるだろうけど、何人も平気で殺す人が心を入れ替えるのは時間がかかるよ。貴方達が言った終身刑こそ更正の余地はないし、無期懲役も結局短い期間で出所しちゃうのが現状だ。それではまだ時間が足りない。そもそも凶悪犯罪者が出所した時、社会復帰するためのプログラムとかちゃんと受け皿まで考えてるの? 死刑を廃止した事で生じる様々な問題、その細部まできちんと吟味されないでただ死刑反対っていう意見を持つのは違うんじゃないかな」


「被害者は死んだのだから人権がないのは当たり前でしょっ! それに対応策もちゃんと考えてますっ! そういう施設をですね、作ってですねっ!」


 だから、そのお金はどこから出るんだよ。結局他力本願じゃないのかな。そんなの作ってるお金があるなら、待機児童のための施設か、高齢化に対しての施設を作ったほうが有意義でしょうに。それにしても死んだ被害者には人権がないとは、非道い言い様だなぁ。


「貴方っ! なんだか、反対意見ばかり言うようですけど、冤罪の問題はどうなんですかっ! 死刑で冤罪は取り返しの付かない問題ですよっ!」


 そうだ、そうだ、とさらに取り巻きがヒートアップする。これ常套句なのかな。


「冤罪は許されないと思うよ。でも、それは死刑に限ったことじゃない。あらゆる刑罰に生じる可能性がある。冤罪があるから死刑を廃止しろっていうのは、他の刑罰全て廃止しろって事にもなる。取り返しの付かないのは、例えば痴漢冤罪だってそうだし、無罪の人が長年拘留されたとして、その間ずっとその人は犯罪者のレッテルを貼られ続けている。冤罪の時点でなんでも取り返しがつかないんだよ」


 僕がそういうと、しばらく皆口々に反論してたけど、さすがにもう時間が無くなってきた。折角早起きしたのに。


「あの、もう僕仕事の時間なんで行きますね」


 無理矢理切り上げて、その場を立ち去る。


「やっぱり、ここの職員ね、野蛮な拷問士が働いてる所だもの、職員も頭がおかしいのよっ!」 


背中にそんな言葉が飛び込んでくる。特に反応しないまま門を潜った。

 その職業差別の発言自体が人権を侵害してると思うけど、自覚はないだろうね。

  

  

 一年後、ある誘拐殺人事件が起こった。

 被害者は小学三年生の男の子。

 学校帰りにさらわれて、親の元へ身代金の要求がきた。

 犯人はまず、子供の指を自宅に送りつけた。警察への連絡をするなという警告と、こちらがどれだけ本気かを示すため。


 その家は地元でも有数の資産家だった。それでも要求された多額の身代金を用意するのに手間取っていると、それに業を煮やした犯人は一時間起きに連絡をよこし、受話器越しに子供の悲鳴を聞かせた。

 なんとか金の用意し、受け渡しもうまくいった。だけど、子供が戻って来る事はなかった。 発生から一週間後、男の子は無残な姿で発見された。体は痣だらけ、所々刃物で切られた後もあった。


 犯人は程なく捕まる、裁判の末、レベル6に認定。

 本日が執行予定日だった。


 今日はレベル6の執行がある。気分も足取りも重い。

 でも、やらなくちゃ、そう気合いを入れて出勤した。


 門の前に、一人の女性が蹲ってる。見るからにやばい感じなので、気づかれないようにそっと通り過ぎる。

 気配を感じたのか、その女性は顔を上げた。

 頬は痩け、髪はボサボサ、青白くて血色も悪い。

 僕は、かなり変わっていたけど、その顔に見覚えがあった。


「あれ、貴方は・・・・・・」


 そうだ、一年前ここで僕と死刑だ人権だって言い争ったあの女性だ。


「・・・・・・・・・・・・拷問士に・・・・・・お知り合いはいるでしょうか・・・・・・」


 辛うじて耳に届くような蚊の鳴くような問いかけ。


「いたとして、拷問士になにか用なの?」


 前の事もあったし、この女性はなんでここで座り込んでるか分からなかったから、今日のレベル6の執行に関して文句でもあるのかなって思ったの。


「あ~、今日なにか高レベルの執行があるよね。なに? それを止めろってかな? 刑を軽減しろって・・・・・・あいにくだけどそういうのは・・・・・・」


「・・・・・・違います・・・・・・」


 女の目つきが変わった。手元に写真を持ってる。可愛い男の子だった。


「・・・・・・えっと、まさか・・・・・・」


 ここで、頭に浮かんだ事は当たってたみたい。


「・・・・・・犯人を・・・・・・犯人を・・・・・・」


 女の目から涙が流れ出した。口を大きく開ける。


「ごろじでででぇぇぇぇっぇぇぇぇっ、くるじめでぇぇ、いためつけてぇえぇぇ、これ以上ないほどにぃぃ、無茶苦茶にぃぃぃぃ、ごろじでぇぇぇっ!!!!」


 大声で叫んだ。気が狂ったように泣き叫ぶ。

 皮肉だね、忌み嫌っていた拷問士にそれを頼むか。

 でも、貴方は人の親だったって事だよ。

 その感情はとても自然なものだと思う。


「・・・・・・・・・・・・」


 僕は無言でこの場を後にする。

 被害者はどんなに無念でも自分ではなにもできない。

 どんなに憎もうが、どんなに苦しもうが。

 

 門を潜る。


 だからね、だから。

 僕がいるんだよ。 

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