なんか、暴走したみたい。(対殺人鬼編・其の五)
その後、僕達は状況を説明するため一旦警察へ。
解放された時にはもう日を跨いでいた。
「さて、葵ちゃん、切り裂き円の居場所はわかってるけど、どうしよう?」
「う~ん、そうだねぇ。切り裂き円が本当に主犯格だったなら、私達は慌てる事はないよ」
ん、その言い方だと、葵ちゃんはまだ確信はしてないって事かな。脱走したレベルブレイカーは三人だから、リーダーは切り裂き円で間違いないと思ってたけど。
「私が円ならもう動かないよ。私達を敵に回したんだもん、もう詰んでるよ。それは円が一番理解してるはず、だから無駄な動きはしない」
すごい自信だね。でも、葵ちゃんがそういうならそうなんだろうって素直に思えちゃう。
「でもね、もし主犯格が別にいて円達は利用されていただけならその限りではないよ」
「えっ? 黒幕が他にいるかもしれないと?」
たしかに腑に落ちない点は多い。まず、施設からの脱走だけど、三人は別々に隔離されていた。段取りを示し合わせるタイミングがない。精神医との面会も本来厳重に監視されてるはずなのにその時警備の類いが一切なかった、一審でレベルブレイカーと認定されたにも関わらずだ。施設側の不備って事になってるけど、ちょっと考えられないほどのミスだよね。
「円自身が職員等を懐柔した可能性もあるけど、ちょっとすんなり行き過ぎだね。もっと上に手引きした人物がいたかもしれないね」
そもそも拷問士を狙った犯行も動機がはっきりしない。円達はまだ執行を受けてなかった。そこら辺をゴミタやナギサに聞き出しとけば良かったかな。でも、信念として尋問のための拷問はしたくないんだよね、何より無理矢理聞き出した情報に信憑性はないしね。
「ま、どっちだか今日中にわかるよ。だから、今日はもう休もうよ、さっきのホテルに部屋取っておいたから、勿論ツインだよっ!」
葵ちゃんはニコニコとそう告げた。もうつっこんでる余裕もないほど疲れていた僕は、半ば諦めてホテルに向かうことにした。広いベットでゆっくり寝よう。葵ちゃんは簀巻きにしてベランダにでも出しておけば問題ないよね。
それが間違いだったんだ。葵ちゃんの考えはあくまで殺人鬼としての思考。一緒にいるとたまに忘れてしまう、葵ちゃんはレベルブレイカーで、およそ普通の人間ではないって事に。
朝、僕が目覚めるとホテルは騒然となっていた。
最上階の一室で、ホテルマンの惨殺死体が発見されたのだ。
そう、そこは円が潜伏していた部屋。
ベットは血まみれに(あれがあーなって)が散らばっていた。
すでに円の姿はなかった。返り血をシャワーで流したのち出て行ったのだろう。
警察や聞きつけたマスコミ、戸惑う宿泊客でロビーは喧噪に包まれていた、僕達はその様子をロビーの端で眺めていた。
「・・・・・・動かないんじゃなかったの」
僕は少し怒りを込めて、隣の葵ちゃんに尋ねた。
「うん、首謀者なら動かなかったよ。でもやっぱり違うみたいだね」
ヘラヘラとそう言う葵ちゃんに、僕は頭にきて胸ぐらを掴んだ。
「葵ちゃん、分かってたんじゃないの!? 犠牲者が出るかもって分かってて放置してたんだね!」
ボタンが外れそうな程きつく締め付ける。だけど、葵ちゃんの表情は少しも変わらない。ニコニコしている。
「でも、これで確認できたよ。円は別の誰かに操られていたってね。もう用済みになった彼女は野放しだよ。早くしないともっと犠牲者出るかも」
「くっ!」
僕は手を離した。葵ちゃんは確信を得たいために円を泳がせたんだ。葵ちゃんの事を信用してなにもしなかった僕が怒るのはお門違いかもしれないけど、人の命を持ってそれを確かめた事には腹が立つ。
「円はわかってるんだよ。もう自分には死しかないって。だから、捕まるまで自分の欲望をできるだけぶちまけるはず。もうそれは始まってるよ」
「円はどこにっ!?」
僕の大声に。葵ちゃんは静かに首を振った。
「わからないよぉ。でも、すぐに連絡がくるはず。私達はそれが来るまでコーヒーでも飲んで待ってればいいよ」
くそっ、結局後手に回るしかないのか。葵ちゃんなら予測できてた、でも僕は出来なかった。ていうより葵ちゃんに任せて考えようともしてなかった。そんな自分自身に怒りを覚える。それが出来ていれば先手を打てたのに。葵ちゃんにしてみればどちらでも良かったんだ、犠牲者が出ようが出まいが捕まえればいいと思ってる。それなら下手に相手を刺激して予想外の行動を取られるのを避けた。いかなる犠牲が生じようと効率を優先する。
しばらくすると、葵ちゃんに連絡が入った。
「来たよぉ、なんかバスを乗っ取って人が賑わう公園に突っこんだって。今は、バスから降りて大量殺人の最中みたい」
僕が考えていた展開より斜め上をぶち切る事態になっていた。
「っ! すぐ向かうよっ!」
くそ、くそ、くそ。なんでこんな事に。血の気を引きながら、僕はその場から走り出した。
「あ、待ってよぉ、場所分からないでしょう~」
時間が惜しい、こうしてる間にも犠牲者が出てるかもしれない。
タクシーで現場の近くまで来ると、ここからでも異様な雰囲気は感じ取れた。
すでに、警察も来ていて周辺は封鎖されていた。
葵ちゃんが事情を説明して、僕達は中に入ることを許された。
すぐに中心へと向かう。
園内は大きな池もあり、緑が豊富で週末ともなると家族連れやレジャー目的で人が多く集まっている。
円はバスに乗ると、まず乗客を殺した。運転手を脅すと、目的地を指示、その後も次々に乗客を刺し殺していった。
公園に着く頃には、バスにいた生存者は円のみになっていた。運転手さえ殺し、最終的に自分で運転し暴走しながら公園に突っこむ。何人か轢きながら止まったバスから、殺人鬼が血のついた包丁を持ってゆっくり降りてくる。
当初、その場にいた人達は何が起こったかわからず、事態を飲み込めないままその場に立ち尽くしていたらしい。これから自分の身に起こる恐怖を予見できずに、ただその殺人鬼を見つめていた。
僕達がその場にたどり着いた時には、もう大量の血だまりができていた。
包丁を振りかざす円の近くには、何人もの人が倒れている。
警官が取り囲んで銃を構えているけど、腰が抜け逃げ遅れている民間人が多くいたため迂闊に撃てないでいた。円は人が盾になるように立ち回ってる。足だけを切られて動けない人が大人も子供も沢山取り残されている。
「葵ちゃんっ、円を止めてっ!」
「いいけど、それまでに三人は死んじゃうよ? それだとまたリョナ子ちゃん怒っちゃうでしょ?」
言われて思いとどまる。どちらにしろ、このままでは殺される、でも、むざむざ犠牲にもしたくない。一体、どうしたらいいんだ。
「とりあえず、手は出さないけど話してみるよ、通じないとは思うけど」
葵ちゃんが、取り囲む警官達を押しのけ、前に出た。
葵ちゃんに気づいた円が、ニタリと笑い出す。
「おおおお、これはこれはこれは、ドドドドドド~ルコレクターっ! すごい、本物、私、ファンなのっ! やっと会えたっ! 会えちゃったっ!」
興奮している、片手に包丁を持ち、片手には少年の襟元を持って引き摺っていた。
「ありがと。私も会いたかったよぉ」
葵ちゃんは丸腰で円と対峙した。できるだけ刺激しないように両手を挙げる。
「今日は、最高の日っ、こんなに殺せたし、なにより、ドールコレクターに会えたっ!」
胸を躍らせている。濁った目なのにキラキラ輝いていた。
「まだ足りないだろうけど、もういいんじゃない? 大人しく捕まりなよ。このままじゃ射殺されちゃうよ?」
葵ちゃんがそう忠告すると、円はさらに口元を緩ませた。
「射殺っ! それなら私の勝ちだっ! これだけの事をしたのに、一瞬で苦しまずに死ねるもんっ! 拷問を受けずに安らかにっ! むしろ撃って欲しいっ! でも、それはもう少し楽しんでからっ」
円はそう喚くと、(円暴走中)。
「次っ! 次っ! 次っ!」
泣くことも苦しむ事もなく即死した少年を放り出すと、円は周囲を見渡した。
この時、葵ちゃんの顔が右に向いた。ある親子に目を移す。
母親と思われる人物が顔を伏せ、子供を胸にしっかり抱いて守っていた。
円も葵ちゃんの視線に釣られてそれを目に入れる。
「決めたっ! まず、子供を殺すっ! その後、母親っ! いやいあや、同時がいいかもっ」
円が親子の元へ駆け出す。母親から子供を引き離すと、髪を掴んで引き上げる。
「虫の息にしてぇ、母親の前で、子供の前でお互い同時にぃっ!」
子供の喉元に包丁を突きつける。
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!」
僕は必死に叫んだ。思わず飛び出していた。対象が僕に向かえば助けられるかもしれない。刺されてもいい、死んでもいいから間に合ってくれ。
「バイバイっ! さよなら、またねぇ、今度生まれ変わっても、私が殺してあげるぅ」
間に合わない。そう絶望した時、目の前でとんでもない事が起こった。
僕の足が止まる。
円に捕まっていた子供が、その円の太股にナイフを突き刺していた。
「いたっ! いだいぃっ! なに、なに、なんなのぉぉっ!」
当の円も驚愕していた。
「殺すなよ、そいつは楽に死んでもらっては困る。私がやりたい所だが、こいつはリョナ子に譲ろう」
伏せていた母親と思しき人物が立ち上がった。
「せ・・・・・・先輩・・・・・・?」
顔が隠れていたから分からなかった。あれは紛れもなく僕の先輩だ。てことは、円に捕まってた子供は・・・・・・。
「うん、お姉ちゃんの仕事奪ったりしないよ」
こちらもトレードマークの白いレインコートを着てなかったから気づかなかったけど、この子白頭巾ちゃん。最年少レベルブレイカーのレッドドットじゃないか。
僕は驚いていたけど、この隙を葵ちゃんは見逃さず一気に円との距離を詰めた。
包丁を持つ手を瞬時に切り裂いた。
ドットレッドも同調するように、反対の足にもナイフを突き刺す。
「うぎゃややっやややや」
腕と足に損傷を受け、円はその場に倒れ込む。
「最強タッグだねぇ。これは負ける気がしないよ」
葵ちゃんが円の頭を踏みつけながらそう呟いた。
「別にお姉ちゃん一人でもなんとかなったでしょ」
ドットレッドは吐き捨てて、先輩の元へ戻った。
「さて、こいつはお前らにやるが、裏で手を引いてた者は私達が貰うぞ。ここまでしたんだ、どうせ正体を暴いても証拠なんて見つからないだろう。もう目星はついてるからな、安心しろ、それ相当の罰は与えてやる」
先輩は僕にそう言うと、踵と返した。ドットレッドもそれについて行く。
「・・・・・・あ、先輩」
やっと声を出せた時には、もう二人の姿はなかった。
なんでここに二人がいたんだろう。そういえば犯罪者クラブの連名、今思えばドットレッドとだったのか。葵ちゃん達はすでに最初から協力してたんだ。
「うふふ、あの二人が助けてくれるなんて通常考えられないよ。でも今回助けてくれた、なんでだと思う?」
動けなくなった円を警官達が群がり拘束する。葵ちゃんは交代すると僕の元へ戻ってきた。
「・・・・・・僕が、捕まったから・・・・・・?」
自信なさげにそう答えると、葵ちゃんはにっこり微笑んだ。
「そうだよ、みんな怒ったの。リョナ子ちゃんの事大好きだから」
それは素直に嬉しいけど、法を犯す先輩に、殺人鬼が二人、ちょっと複雑な気分だよ。
「さ~て、私の仕事は終わったよ。この後は、リョナ子ちゃんの番だね。レベルブレイカー三人分、すごく大変だねぇ」
葵ちゃんにそう言われて、僕は周囲を見渡した。
血に染まった公園、すでに何人も息絶えている。今日だけで何人殺されたんだ。歯を食いしばり、拳をきつく握る。
「大変なんて言ってられないよ。僕の持てる力全てを出しきって執行にあたる。あの三人には地獄を見せてやるんだ」
固く誓った。別に助けてくれるのは葵ちゃん達だけではない、僕にはドク枝さんやましろちゃんといった拷問士の仲間もいるんだ。必ずやり遂げてやる。
後日、執行局の女性役員が一人行方不明になった。
僕なりに調べてみたけど、以前恋人が拷問を受けて死んだみたい。
その復讐のためだけに偉くなったんだね。いっぱい勉強して、いっぱい努力して上に立ったんだ。結局、目的は果たせず無関係の人間を沢山巻き込んだだけだった。
結末は悲惨。今頃、どんな苦しみを与えられているのかな。
まさかここまで大事になるとは予想してなかったと思うよ。
自分ではあの三人をコントロールできると思ったんだろう。
でもね、レベルブレイカーを制することができるのは、それを超えた存在だけなんだよ。
奴らは人ではない。だから人ではその行動を理解できない。
もう二度と関わりたくないね。
こっちの頭がおかしくなりそうだよ。