なんか、抵抗してきたみたい。(対殺人鬼編・其の四)
女装殺人鬼ナギサの手口は決まっている。
年上の男性を好み、その見麗しい姿で近づき誘惑する。
男と戯れ、(あれをあーする)。
快感から発せられる喘ぎが絶叫に変わり、その苦痛で暴れながら地面をのたうちまう姿をあざ笑っていた。
誰よりも女性に憧れていたナギサは、いかに自分を女に見せれるかという事に固執していた。男が欺され魅了されていくのが嬉しかった。自分の方が、そこらの女より全然女らしい。そう実感できた。
きっと手違いが起きたのだ、神様が自分を作るさいに。
ナギサが女性の爪や髪、皮などを奪うのは本来自分の物だったと信じているから。
それを加工して身に纏えば、本物により近づける。
ナギサの前に突如現れた人物。
同じレベルブレイカーのナギサが知らないわけがない。
「ド、ドールコレクター・・・・・・」
名前を告げられ、顔が見えた事でナギサは確信したみたい。
体が震えている。死神がナイフを持って近づいてくるのだ、それは仕方が無い事。
「な、なんで、お前がぁぁぁっ!」
予想外にナギサが動いた。ゴミタは葵ちゃんに抵抗すらせず屈服したのに、奴は服から出したアイスピックを握り襲いかかる。
恐怖心から体が動いたのか、両手でしっかり握った得物を向けて葵ちゃんの懐に突っこんだ。
どすりと重なる二人。
「葵ちゃんっっ!?」
避けようともしなかった葵ちゃんに、僕は思わず声を出していた。まさか、刺され・・・・・・た。
「あは、あはは・・・・・・はは?」
ナギサの目が大きく開いていく。
突き刺したはずなのに、葵ちゃんに反応がないからだろう。
咄嗟に葵ちゃんから離れたナギサが自分の右手に目を向けた。
ここで、僕にも分かったよ。なんでナギサが違和感から葵ちゃんから離れたのか、なぜ葵ちゃんに反応がないのか。
「・・・・・・え、え・・・・・・」
ナギサの手首が皮一枚で繋がり、ゆらりゆらりと揺らめいた。曝された肉から血が伝い、それでも握られていたアイスピックの先端まで流れだす。地面に赤い水溜まりを作り出していた。
あれはもう元に戻らないね、これで右手の感覚は失われた。例えこの後、爪を剥がそうが指を切ろうが痛みを与えるのは無理だろう。
やれやれだよ、これ以上ナギサの体が損傷を受けるまえに止めなきゃ。
そう思った時には、葵ちゃんの膝がナギサの鳩尾に深く埋め込まれていた。
瞬時に詰められた二人の距離。あまりの早業、続けて足払い、地面へ倒したナギサに、葵ちゃんは辛うじて繋がっていた右手目掛けて蹴り上げる。引きちぎられた手首がアイスピックごと奥の闇へと消えていった。
あぁあぁ~、一応縫合しようと思ってたのに。望みは薄いけど血管吻合や神経縫合を行い時間をかければまだ間に合ったかもしれないのに。
咳き込むナギサに葵ちゃんはしゃがんだ後、顔を覗き込んだ。
「ねぇ、ナギサちゃん・・・・・・聞いたよ、リョナ子ちゃんの髪を乱暴に扱ったんだって?」
そう言うと、葵ちゃんがナギサの髪に手をかけた。
ナギサは本物の髪で作ったウィッグを付けていたので、それを取ると放り投げる。続いて本来の髪を纏めていたネットも外した。それによりナギサ自身の髪が解放され耳元まで空気にさらされた。多少抑えられていた事により癖がついていたが、その月夜に馴染む鴉色の髪はナギサの綺麗な顔に映えている。
「艶々だね、ちゃんとこっちも手入れしてるんだね、これは毟りがいがあるよ」
葵ちゃんはナギサの髪を手に絡ませると勢いよく引き抜いた。
「はぎゃぁぁががぁぁぁっ!!!!」
〈葵ちゃん行動中〉
「ねぇ、ナギサちゃん・・・・・・聞いたよ、リョナ子ちゃんの爪を剥がしたんだって?」
葵ちゃんの顔が健在なナギサの左手に移った。
僕は、この左手をどうしようかと考えていた葵ちゃんの隙をついて、持ったバックを葵ちゃんの頭に叩き付けた。
「いひゃいっ!」
葵ちゃんが驚き振り向くと、涙目で僕を見上げる。
「ちょっとリョナ子ちゃん、何するの~?」
「それはこっちのセリフだよっ! 何する気だったのさ!?」
これ以上葵ちゃんに好き勝手される訳にはいかないの。
「えっと、左手の(あれをあーしてこーしよう)かと・・・・・・」
「やっぱりっ! もう駄目でしょっ!」
「え~、リョナ子ちゃんだって爪を剥がされたんだもん、同じ事してやろうよぉ」
全然、同じじゃないけど、葵ちゃんの言うことも分からないでもない。目には目をって事だろうけど、すでに結構な出血があるし、もうこれ以上ナギサの体を損壊させるわけにはいかない。でもね・・・・・・。
「・・・・・・ナギサという人物を考えた時、一番ダメージが多く、効率的な場所を考える」
あくまで葵ちゃんにだ。僕はまだ何もしていない、だから、もうちょっとだけなら、いいよね。僕には資格も権限もあるんだから。
「それは顔だよ」
僕も葵ちゃんの横にしゃがんで、ナギサの引き攣った顔を見る。
「葵ちゃん・・・・・・ナイフ貸して」
「え、あ、うん」
僕は葵ちゃんから(あれを借りてあれをあーした)。それにより口角が引き上がっていく。
「リョナ子ちゃん、なにするの?」
「ちょっとね・・・・・・(あれをあーしよう)かなって」
僕がそう告げるとナギサは驚愕し首を小さく振った。
「・・・・・・や、やめで・・・・・・それだけは・・・・・・」
(あれをあーしようとすると)、ナギサは懇願しだした。ナギサが最も愛している自身の顔が今まさに傷つけられそうになっている、それはもう必死だろう。
「本当に可愛い顔だね、肌にくすみもなくて瑞々しい。だからね、だからやるんだよ」
〈お仕置き中〉
「あががあぱうあいあぁぁ」
溜まらず叫ぶナギサ。いいね、口を大きく開ければそれだけやりやすい。
「君の執行では、目は最後にするよ。それまで醜くなる自分をよく見ているんだね」
〈お仕置き中〉
「うふふ、口避け女だね」
「葵ちゃん、ちゃんと抑えておいてね、手元が狂うと危ないから」
血と、涙、鼻水、色んなもので顔はもう滅茶苦茶、当初の美しい顔はどこへやら。
「わだだだしししししのののののかおおおおがあっぁっぁぁ」
ナギサの腹の底から上げられる悲痛の叫び、これを聞けて安心したよ、ちゃんと効いているみたいだね。でもこんなの前菜にすぎない。
「正式な執行では真っ先に鼻を削いであげるよ。楽しみにしてて」
そう言い、〈お仕置き中〉
こんなものかな。残りはいづれ本番でちゃんと執行してあげる。
連絡はしたからすぐに警察も来るだろう。
あ、そういえばナギサと一緒に居た男を忘れてたよ。
思い出して、そちらを見ると、男は壁を背に怯えていた。
よっぽど葵ちゃんが怖かったんだろう、歯をガクガクさせてたのは寒さのせいだけじゃないよね。でも、運がいいよ、僕達が来なかったら、もう少しで大事なモノが使い物にならなくなってたし、最終的に殺されてたはずだもん。
「これで二人と」
「残りは、主犯格と思われる切り裂き円だけだね」
あいつには喉を切られたんだっけ。
じゃあ、僕は首を落としてあげよう。
勿論、それは捕まえて僕の部屋に来た時のお話。
三人が殺した被害者達。その数十人の痛み、怒り、嘆き、苦しみ、僕がきっちりその身に精算してあげる。