なんか、本物がきたみたい。(対殺人鬼編・其の二)
ゴミタは、すぐにここから逃げる事を選択したみたい。
得策だとは思う。僕を人質には使えないと分かってるんだ。
機関は拷問士一人の命よりも、レベルブレイカーの確保を優先するだろう。
でも、その選択は間違いだよ。今から来る子には通用したと思う。
ゴミタには知るよしがないだろうけどね。
舌打ちをすると、ゴミタは僕に背を向けた。急いで外に出ようと足を踏み出す。
でも、その瞬間、扉がゆっくり開く。
ゴミタの動きが止まった。
僕は極端に目が悪くないけど、やはり眼鏡がないと視界が少しぼやける。
それでなくても、ゴミタが前にいるせいで誰が来たのかは確認できなった。
でも、分かっちゃったよ。部屋の空気が凍りついたから。
別の場所にいきなり移動したみたいにがらりと変わった。
一人の人物がここに来ただけで、一気にこの場を別の色に染め上げたんだ。
「・・・・・・・・・・・・ひぃ」
ゴミタが後ろに倒れた。尻餅をつき、震えた手足を動かし後ずさる。
この時、来訪者の顔がはっきり見えなくて良かったと思う。
じゃなきゃ、僕でさえ飲まれてたかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・」
いつもはお喋りなのに、無言だね。そうとうお怒りのようだ。
「・・・・・・ちがっ、まだちょっとしか・・・・・・、こ、殺さ・・・・・・ないで・・・・・・殺さない・・・・・・くれ」
ゴミタが声を絞り出す。それだけで凄いね、この状況で声を出せるなんて、伊達にレベルブレイカーじゃないって事か。発狂するほどの殺気にあてられてるはずなのに。
さて、このままほっとくと八つ裂きにされちゃうから、止めようかな。
「・・・・・・葵ちゃん、まずは来てくれてありがとう。そして、悪いけどそいつは僕に譲ってよ。お返しは自分でしたいんだ」
僕がそう言うと、部屋に渦巻く息苦しさが薄れていった。
「・・・・・・・・・・・・うん、わかったよ」
この時の、僕の顔も相当だったんだろう、葵ちゃんは素直に了承してくれた。
「じゃあ、手と足だけ動かせなくしとくね」
「うん、お願い」
さぁ、どうしてくれよう。痛かったなぁ、とても痛かった。生きたまま連れてかなくちゃ駄目だけど、ちょっと位なら・・・・・・いいよね。
拘束を解いてもらって、僕は立ち上がると首を横にコキコキ動かす。
「終わったよぉ」
「ありがとう」
ゴミタを机に固定した、背が高いので足は膝を曲げて椅子の脚に縛る。
今、手術台に患者が一人。僕はさながら外科医かな。ここは都合がいい、道具が揃ってる。
「葵ちゃん、他の二人が戻ってくるかもしれない。一応注意してて」
「うん、誰が来てもリョナ子ちゃんの邪魔はさせないよ」
見下ろす、もうお前は解剖を待つ蛙と一緒だ。
同胞の痛み、苦しみ、悲しみ、悔しさ、今、少しだけ還元してあげる。
頭がすごくクリアだ。なぜだろう、自分が当事者になったからか。
むしろ清々しい気分だね。今ならレベル6だろうが、7だろうが平気で執行できる気がするよ。
僕は、警棒を拾い上げると、強く握った。
「やめ・・・・・・、もういい、さっさと警察に・・・・・・」
その声が耳障り、その目が目障り、だから僕はそれが付いてる顔に警棒を力いっぱい振り下ろした。
「がうあぐっっ!!!!!!!!」
まず、一発。〈お仕置き中〉。
かまわず、二発目。
「ひはいぐぃううぅぅぅぅぅいっ!!!!!!!!」
〈お仕置き中〉
「私とお揃いになっちゃったねぇ」
横でじっと見学してる葵ちゃんがくすくす笑っている。
「いだいああおい・・・・・・やめて・・・・・・やめて、ぐださぁぁぁいっ!」
あぁ、やっぱりこいつは馬鹿だ。いままでそう言われて止めたどうかなんて、自分が一番知ってるはずなのに。
「お前にはいずれレベル7の執行が待ってる。その時は僕がしてあげるよ。光栄に思いな」
だから、今は端数分、ほんのちょっとだけ先にやっとくよ。
「君はずいぶん下半身の拷問に執着してたみたいだね。それなら僕もそうしてあげるよ」
ズボンを切って取り払う。アキレス腱はすでに切ってたから、今度は完全に足が動かないように他の筋を切ろうか、膝の関節も壊そうね。
片足だけ紐を解いて、椅子の上につま先を乗せ真っ直ぐに伸ばす。
「警棒じゃ心許ないなぁ」
この高さなら乗れるかな。
「葵ちゃん、僕、今からこの■に飛び乗るから、バランス崩したら助けてね」
「うふふ、願ったりだよ」
僕は〈お仕置き中〉
「ああばあばばばっばあばぁぁぁぁぁ」
粉砕された音は悲鳴にかき消される。蹌踉めく僕を葵ちゃんが抱きかかえてくれた。
「・・・・・・えへへ」
「ありがとう、葵ちゃん、もういいよ、早く離して」
葵ちゃんは名残惜しそうにそっと手を解くと、僕が指示する前に今度は片方の足に手を伸ばした。
「あ、そっちはいいよ。やっぱり飛び乗るのは危険だから、(うんたらかんたら)」
丁度あるし、そっちの方が楽だもんね。
足の動きを封じたら、こいつが被害者にやった事を同じようにしてあげる。
〈お仕置き中〉
殺されたあの子に比べれば、僕なんて数発殴られた位だから全然気にもならない。
でも、あの子や家族、他の被害関係者の溜飲が少しでも下がればと思う。
死んだ者は復讐を望まないなんてよく聞くけど、それは親しい人にかぎってだろう。むしろ代行してくれる者がいるなら望むと思う、少なくとも僕ならそう思うよ。
「今まで何人殺した? 今まで何人を苦しめた? 可能なかぎり、その身で罪を洗いな」
こいつには、後数回執行しなきゃだからね、今日はもう少しやったら止めてあげるよ。
僕はドリルを手に取った。しかし、本当に今日は頭が真っ白だ。
その後に到着した機関の者にゴミタを引き渡した。僕が色々しちゃったから乗るのは救急車だったけど、順調に回復してもらいたいものだよ。
「結局、残りの二人は戻ってこなかったねぇー」
「異変に気づいたのか、それともゴミタから連絡でも入る予定だったのか、でもこのまま野放しには出来ないよ」
「そうだね、リョナ子ちゃんに手を出しちゃったから、私も本気出そうかな」
ゴミタは正直、頭の方は弱かった。となると、他の二人、どちらかに首謀者がいる。
施設からの脱走は綿密に計画されてたし、鮮やかだった。同じレベルブレイカーさえ利用するリーダーだ。一筋縄にはいかないだろう。
「あぁ、今回は葵ちゃんにすごい借りを作っちゃったなぁ」
でも、こっちにも頼もしい殺人鬼がいる。隣でニコニコしている葵ちゃんを見る。借りは作りたくないからすぐ返さなきゃ。
「葵ちゃん、なにか対価を払いたい、何がいいかな?」
そう言うと、葵ちゃんの片目が煌めいた。
「じゃ、じゃあっ、チューがいいっ!」
いつもなら問答無用で殴りつけてる所だけど。
「・・・・・・ほっぺなら・・・・・・いいよ」
「本当っ!?」
今日は本当に危なかったからね、これで満足してくれるなら安いもんだよ。
「特別だよ」
僕は葵ちゃんの横髪をかき上げると、その頬に軽く口づけた。
「えへへ、えへへへへへ」
葵ちゃんは顔を緩ませ、僕もなんとなくやっておいて気恥ずかしくなった。
「・・・・・・あっちにも借りは返さないと」
正直、爪を剥がされた事よりこんな事しなきゃならなくなった要因を作った事に腹が立つ。
今回は少し、僕も干渉させてもらうよ。
全員、僕が執行してあげる。
だから、首を洗って待っててくれると嬉しいよ。




