表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/167

なんか、名前みたいな事になるの。(対殺人鬼編・其の一)

 およそ、感情の大部分を悪意で染めあげ、人を羽虫のように、毟り、捻り、切り裂く。


 精神病棟から逃げ出したのは、三人。


 対応していた医師と看護師を奪ったペンで滅多刺し、禁欲を晴らすように何度も何度も体に穴を開け、結果、血だまりの足跡は病院の外まで続いていた。


 単独では脱走は不可能に近い。だから、奴らは決して交わることのない人格同士が、絡み合う事になる。


 いずれもレベルブレイカー。

 

 切り裂きまどか。幼い少年ばかりを連れ出し(規制中)。彼女は死体を隠そうとはしない。飽きたらそのまま放置する。発見が早いものは、真っ赤な海の中に浮かんでいるにも関わらず、まだ手足は少しだけぬくかった。


 解体性癖ゴミタ。女性を痛めつけることに異常な執着を見せる男。女の泣き叫ぶ、その声が何よりの耳福。独自の拷問を施し、発見時の(なにか)は性別すら容易に判別できない。死体の一部を常に持ち歩く。逮捕時もポケットには(規制中)が入っていた。聖遺物扱いでもしてたのだろう。


 女装少年殺人鬼ナギサ。女と見間違う容姿、細い体の線からは考えられない残忍マーダー。仮初めではなく、真の女性になるために、女の(あれこれ)それを着ていた。その姿で男を魅了し、欺し、殺し、愉悦を得る。付け爪、髪も本物から作り出す。



 犯罪率はたしかに他国と比べても低い。

 拷問執行は、いわば見せしめ、抑止力。

 だが、その抑制された社会は、時に常軌を逸した化け物を創る。


 世に三人の危険人物が放たれた。そんな大事件も、批判を怖れた機関はその失態を隠蔽する。この事実を知っているのは上層部のごく一部。

 

 

 この時点では、僕もそんな事全く知らなかった。


 これで事件が起こらないはずは無い。逃走したその日に被害者は出たんだ。

 殺されたのは、僕もたまに見かけるこの執行局の職員。今年大学を卒業して配属されたまだ新人の子だった。仕事を終え、帰宅する最中に拉致されたんだと思う。


 笑顔が可愛い子だった。でも、発見時にその面影は綺麗に消えていた。ただの肉の塊にしか見えなかった。検死の結果、酷い拷問を受け、刃物で切り刻まれ、そして皮を剥がされていた。 何カ所か見つからない部位もあった。犯人が持ち去ったのだろう。


 偶然だと、そう思ってた。ただ、少し身近だっただけだって。

 まさか、狙いが拷問士だったなんて、知るよしも無い。


 拷問士の情報は国家機密。でも、いる場所は誰でもわかる。

 やつらは、無差別に施設から出る者をターゲットにしてたんだ。

 当たりなら良し、外れでも自分達は楽しめる。どちらに転んでも損は無い。


 異変に気づかなかった僕も悪い。何人か施設の関係者が失踪してるって噂は耳にしてたんだ。それなのに、僕は何気ない日常を送ってたのだもの。ヒントは近くにあったのにさ。


 まさか、僕が捕まるなんて思わないよ。


 今日も疲れたなんて、呑気を構え夜更けに一人で職場を出たから。

 急に飛び込んできたワンボックスの車に気づいたら押し込まれていた。


「今度は当たりかなぁぁぁ」

「俺が聞けばすぐわかるって」

「この子、貧相だね、これは使えないかも」

 

 三人分の話し声。車は元いた場所から走り去っていく。

 途中、薬をかがされ、意識が薄れていった。



 冷たさで瞳がゆっくり開く。

 髪を伝って水が顔に流れ込む。

 頭がまだ覚醒してない、視界が少しずつだけど情報を脳に送り出していた。


 ゴミが乱雑する、狭いコンクリートの室内。

 窓もなく、薄暗い光は天井から垂れ下がる裸電球から放たれる。


 僕は椅子に固定されてた。両足は椅子の前足にきつく、両腕も肘掛けに縛られていた。袖から腕時計がちらりと見えた。施設を出てから二時間は経っている。

 体はずぶ濡れ、バケツで水を被されたみたい。


「お、起きた、起きよった」

「やっとかよ」

「ふふふ、こんばんは」


 うわ、職業柄、僕は犯罪者には明るいけど、これは最悪だね。

 僕の目に入った三人の顔は全員見覚えがある。超特級犯罪者達だよ、これ。


あれは切り裂き円。サイドテールの少女、麩菓子を口にこちらを見ていた。歯はギザギザ、目は半開き、眠そうな顔。黒と赤のツインカラーの服を纏って、壁にもたれていた。


 こいつは解体屋ゴミタだよね。髪型はなんかホスト風にツンツンしてるけど、顔はかなり崩れてる残念な男。目が離れてて鮫のよう。見た目はチャラそうだけど、体格はいいね。身長も高い。僕のすぐ近くでしゃがみながら顔を覗き込んでいる。


 そして、最後がこの場にそぐわない息を飲むほど美しい女の子、もとい少年。女装美少年ナギサか。僕はすでに知ってたからだけど、初見で彼を見たら間違いなく女の子と見間違えると断言できるよ。ただでさえ緑の可愛らしいコートを羽織ってるし、スカートもはいてる。

 

 三人とも体型、年齢もバラバラだけど、一つだけ共通点があった。

 その、歪んだ瞳。汚物を混ぜ合わせたような濁ったドロドロの目。

 見てるだけで吐き気がする。


「お前、拷問士?」


 ゴミタが僕に問いかける。

 すでにバックは調べられた後みたい、床に中身が散乱してた。でも、身分証なんてものは元々ないし、こちとら探られるようなものを持ち歩くはずも無い。

 

「おいっ! 聞いてんだよ」


 声と同時に顔に痛みが走った。頬が熱い、眼鏡が飛び、そして口に鉄の味が広がる。

 いったいなぁ、もう。

 僕が無言で睨み付けると、ゴミタの顔が明るく開けた。


「お、お、お、こいつ、怯えないぞ。それどころか敵意まるだしだ。これ、当たりじゃね?」


 ゴミタが振り返り円とナギサにそう言うと、二人も関心を示したようで僕に近づいてきた。


「まだまだまだ、わからなくない? ただ、気の強い女、かもだ」


 円はそういうと、ベルトに挟んであった包丁を取り出した。そして、横に裂く、僕の喉元を掠めた。一筋の傷が首に引かれた。皮だけが切られそこから血が滲み、やがて喉を伝う。


「あ、本当かも、ぜんぜんびびんない、すごい、やばい」


 もう数センチ奥なら致命傷になりかねないのに、この円、なんの躊躇いもなく刃物を振ったね。 


「この、髪はいらないなぁ」


 次にはナギサが僕の白い髪を掴みとかき混ぜるように、強くひっぱりながら僕の頭を回した。 

あぁ、痛い、痛い。癖毛だけど、大事な髪なんだよね、そんな乱暴に扱って欲しくないなぁ。


「なんだよ、声出せよっ」


 ゴミタに今後は逆の頬を思いっきり殴られた。角度が悪かったのか、鼻にも当たって血が垂れ流れる。

 止まらない、正面からも拳が迫りさらに顔面に激痛が走る。とっさに顔を下げたけど痛いものは痛い。鼻への打撃は無意識に涙も出る。でも、勘違いされたくないので、堪えてみた。


「いよいよ、本物だな、普通ならこの時点でギャーギャー騒ぐもんな」

「指の一本、切ればいい、かも、だよ。それで無反応なら確実、確定、確信っ!」

「まぁまぁまぁ、とりあえず爪で試そうよ」


 三人は僕を前に好き勝手言ってるよ。しかし、まじか、爪か。あれは何百回ってやってるけど本当に痛そうなんだよな。やめてくれないかな。


「じゃあ、私やるね」


 ナギサが〈あれをこうする〉 


 あ、あ、あ、これやばい、泣きそうな位痛いよ。

 半分くらいまで分離させると、残りを一気に引っぱりあげた。


「・・・・・・・・・・・・っ!」


 さすがに顔が苦痛で歪む。初めて見せた僕の表情に、三人は同時に口角を上げた。


「不感症ではないみたいだな、どら、ここからはいつも通りに順番だ」


「え~、この前の女みたいにさ、横に寝かせてパターゴルフしようよ」


「駄目、駄目、あの女、口を開けないから全然入らなかった、せっかく入りやすいように(あれをあーすた)」


「でも、顔に当たるたび悲鳴を上げて面白かったよね」


「たしかに楽しいけどな。だけどよ、顔が腫れ上がって化け物みたいになると、その後萎えるから今日は駄目だ、順番でやる」


 こいつら・・・・・・。心の底から怒りがこみ上げてくる。

 そんな僕の感情などよそに、三人の話は続いていく。


「ちぇっ・・・・・・まぁ、いいけど、残して、くれなきゃ、怒るよ、まじでぇぇ」

「私は、爪だけもらうからそこだけ手出ししないでおいてね」


 三人は相談を終えると、ゴミタだけがここに残り、二人は外に出ていった。


「じゃあ、またねぇ、今度会うときは死体だね、だよね、うん、どんまい」

「あぁ、今回はゴミタ君に色々譲るよ、でもくれぐれも爪だけはお願いね」


 ドアが閉まる。この場には僕と解体屋のみ。いつもの僕がいる仕事場みたいだね。


「さぁ~て、じっくり楽しませてもらおう」


 ゴミタは横にテーブルを引き摺り近づけると、その上に道具を並べていった。電動ドリル、大きめのスポイト、ピンセット、カミソリ、そしてエアガン。

 何となく想像出来ちゃうのが、職業上、損してるよ。


「・・・・・・ねぇ、そんなに悠長にやってていいの? さすがに拷問士と連絡取れなくなったら機関は本腰を上げるよ」


 いくら僕でも、あんなので色々やられたら我慢できそうにもないよ。だから、なんとか時間を稼ごうを思うの。


「はっ、やっと喋ったと思ったら、そんな事かよ。いいか、助けに来る事は期待するな、ここは、人気が皆無な廃墟の地下室、そしてお前のスマホは途中で投げ捨てた。GPSが付いてるのは分かってたからな、そんなの常識だぜ、つまりだ、お前はこのままいたぶられながら殺されるしかないってわけだ、どうだ、怖いか? 泣け、ほら、泣いてみろ」


 僕は、俯いた。それは予想外だったからだ。


 この三人はレベルブレイカーなのに、僕は少し思い違いをしてたみたい。


「ちなみにさ、その道具で何しようとしてるか当てようか?」


 そうなると、もう僕の行動は決まったようなもの。


「あぁ?」


 こいつは、女性に対して凄まじいまでの執着心がある。何か大きなコンプレックスでもあるのだろうか、痛めつける事で優越感を得ている。自分の前で、懇願し泣き叫ぶ姿を見たいんだ。


「まず、電動ドリルだけど、あれだよね。○○か○○に入れるのかな、ピンセットは○○の◎◎を挟んでカミソリで××して○○するんだろうね。スポイトは□□を出させて××に入れ逆流かな、エアガンも△△に向かって挿入して××するんだろうね」


 僕ならさらに●●するけど、素人が考えつくならこんな所じゃないかな。


「なっ! このアマァっ!」


「正直、期待外れだよ。もっと僕の想像を軽く飛び越えるような拷問じゃなきゃ新鮮じゃないなぁ」


 ゴミタの顔が真っ赤になった。見下すはずの女に、見下されたのだ、その怒りは計り知れないみたい。


「黙れっ! 黙れっ! 黙れぇぇぇっ!」


 ゴミタが床に無造作に置かれた警棒を拾い上げた。

 握りしめると、僕の頭に力任せで振り下ろした。反射的に上半身を反らして直撃を避ける。

 それでも擦った頭皮が捲れ、僕の白い髪が部分的に赤に染まった。


「ちっ、理性がないのか、この馬鹿は・・・・・・」


 まともに食らってたら死んでてもおかしくないよ。これから拷問するってのに、序盤で殺しちゃったら駄目だろうに。こいつは拷問士に向いてないね。


「くそぉっ! くそがぁぁっ! もういいぃぃぃ、無茶苦茶だっ! ズタボロにしてやんよぉ!」


 ゴミタが警棒で僕のスカートから伸びる太股をペチペチたたき出した。


「おら、(あれしろ)、遊んでやるよ、たっぷり、じっくり、飽きるまでっ!」


 叩く棒の間隔が短く、そして強くなっていく。


「あぁ、これ以上、僕になにかするのはお勧めしないよ」


「あぁ? なに言ってんだ、お前」


 全くもって、予想外だったよ。


「もう少しで、本物が来るから」


「はぁ??」


 レベルブレイカーなのに、こんなに・・・・・・馬鹿だったとはね。


「GPSは携帯だけじゃないよ。拷問士ほど恨まれやすい職業もそうはないからね、この職業につくとみんな支給されるんだよ、中々高級そうでデザインも気に入ってる」


「なにを、さっきから訳分からないことを・・・・・・」


 僕が態と視線を左手に向けた。ゴミタはそれに気づくとさすがに理解したようだ。


「ま、まさかっ、時計かっ!?」


 普通に市販されてるのに、そんな驚くことかな。ここで目を覚ました時、僕は真っ先に時計の有無を確認した、それで健在だったから心に少しの余裕が持てたよ。


「スマホを捨てたのは逆に判断を誤ったね。電源を切ったかは知らないけど、突然電波が途切れるか、一定の場所で動かなかったらおかしいよね。そして実際、僕は全く別の場所にいて、これまた動かないとなると・・・・・・」


 いつもは、見たくない顔だけど、今は世界で一番君に会いたいよ。

 都合が良すぎるって罵ってくれても構わない。

 お詫びに、君の好きなパフェをいくらでも奢ってあげるから。


 だから、早く、僕の元へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ