レベル6の執行を開始します(前編)
今日は早起きをしてみた。飼い猫のソフィとじゃれ合いながら準備を済ませていく。
いつもはギリギリまで寝ている僕も、今日は余裕を持って家を出る。
「今日はレベル6・・・・・・」
久しぶりに特級の腕を振るう機会。詳しく資料を見てないけど強盗殺人の犯人で二人組だったはず。こういう共犯で同じ執行レベルの場合、二人同時に行うのが僕流なのだ。同じ事をするから手間が省ける。
僕が勤める執行所の隣には別の施設がある。裁判が終わり執行を待つ犯罪者が一時的に拘留されている留置所。同じ敷地にあるのでどちらの職員も同じ門を通る。僕はいつものように入り口へ向かうと、今日はなにやら騒がしかった。
遠目に見ると一人の男が、門口に向かう職員達に声をかけては喚いていた。
これはなにか分からないけどやばそうだ。場所が場所だけにここには色んな輩が押し寄せる。人権団体のデモなんてしょっちょうだし。
僕はとりあえず目を合わせないようにして、通りすぎる事にした。中に入ってしまえばもう追ってはこれない。屈強な警備員が常備されてるからね。
でも、僕は鈍くさい上に要領が悪いから、こういう場合は大抵捕まっちゃうんだよね。
「あ、貴方、ここの職員ですか!?」
男は駆け寄り僕の手をがっちり掴んだ。
ほらね、捕まった。
「・・・・・・そうだけど」
つい本当の事を言ってしまった。常々本音を表に出すようにしてるからとっさにつく嘘は苦手なんだ。
「!? では、拷問士を、拷問士の知り合いはおられませんか!?」
「・・・・・・僕が、いや、ごめん、あいにく知り合いはいないよ」
男の必死の問いかけに、危うく僕が拷問士ですけどって言いそうになった、でも今度はなんとか堪えた。
「・・・・・・そう・・・・・・ですか」
男は僕の言葉に項垂れた。掴まれていた腕から力が抜けていく。歳は三十代半ばって所かな、髭は伸ばしっぱなしで頬はやつれ、目の焦点もあってない。まるで薬物依存者のようだった。
「じゃあ、僕はこれで・・・・・・」
これでやり過ごしたと僕は思い、その場を早々に離れようと一歩を踏み出した。でもそこで男の手に持つ写真が目についてしまった。
「・・・・・・それは?」
思わず口に出してしまった。好奇心も勿論あったけど、その写真には僕を引きつけるなにかがあったのだと思う。
「・・・・・・妻と娘・・・・・・です」
男性は僕に写真を見せてくれた。二人とも満面の笑み、奥さんはとても綺麗で、小学生くらいの娘さんもとても可愛らしい。
「・・・・・・もしかして」
男が、この場にいて、こんな状態で、家族の写真を持って、なぜ拷問士を探していたのか、僕の頭は一つの仮説を立ててしまっていた。
「・・・・・・殺されました。それも・・・・・・う、うあああああああああああ」
男性は狂ったように泣け叫んだ。僕はなんて声をかけていいか分からなかった。
「お願いでずっ! もし、もしも拷問士の方に、会う事があった、ならっ! この犯人にっ! この悪魔だぢにぃぃぃっっ!」
なるほど、そうか、やっぱりそういう事だったね。
「・・・・・・犯人の執行レベルは?」
「ろぐぅ・・・・・・6でずぅ」
今日の執行されるレベル6は、僕のやつだけ。これで繋がっちゃった。
「・・・・・・一つ疑問に思う。貴方は拷問士に何を求めてるの? なにを訴えても拷問士はレベル以上の事も、以下の事もしないよ」
酷な事をいうようだけど、これは絶対的な掟。これを破る事は法の崩壊を意味する。
「わがぁってまずぅ、でもぅ、でもぉぉっ!」
僕は目をそらした。これ以上見てられない。今度こそこの場を離れた。一言だけ残して。
「・・・・・・期待はしないで。でももし拷問士の人に会えたら・・・・・・その時は伝えてあげる。被害者はとても苦しんでいたって」
自分でもどうかしてると思った。なんでこんな事口にしたんだろう、さっき自分で言ったはずなのに、拷問士は心証で加減しちゃ駄目だって。それなのに、この人を見てたら自然に出てしまっていた。
執行前、書類に目を通す。いつもは罪状くらいしか見ない、あまり深入りしてしまうと情が動いて仕事に支障をきたすから。でも今日はあんな事があったし、レベルも高いからしっかり確認していく。
「・・・・・・これは・・・・・・非道い」
供述書に基づいた事件の概要はこうだ。
被害者は34歳女性と11歳の女の子。
犯人の二人組、AとBは事前に下見をしておき裕福そうな家に目星をつけていた。
男達はこの家の主人は夜にならないと帰らず、夕方には奥さんと子供しか居ない事をつきとめると宅急便を装い家に押し入った。
男達は刃物で脅し二人の手足をテープで拘束する。その後Aが母親を暴行、それを見ていたBもまだ小学生の娘に乱暴する。必死に娘を庇おうと抵抗して声を上げる母親をうるさいと何度も殴打。それを見て泣き出す娘を黙られるために何度も殴った。
男達はどちらが先に静かにさせるかで競っていたらしい。やがて大人しくなった母娘をその後二時間に渡り恥辱のかぎりをつくす。反応のない事をつまらないと、時折たばこの火を体に押しつけ無理矢理声を出させた。最終的にどうか娘だけはと懇願する母親の前で先に娘の首をしめて殺害、その後母親も絞殺、時間がなくなったのか、家の物色はせず、財布から僅かな金を盗んで逃走。
第一発見者はこの家の主人。つまり先ほどの男性ってわけだ。
現場の写真も見る。凄惨だった。殺害現場はリビング、床には血だまりができるほど真っ赤に染まり、晩餐の準備がされていたテーブルなども無茶苦茶にされていた。
次に被害者の状況、二人は手足をテープで拘束されており、全裸にされた体には血や痣が目立つ。何発も殴られたであろう顔は酷く腫れ上がって先ほど見たあの綺麗な顔は見る影もない。
暴力のかぎりを尽くされていた。
こんなの人の所業ではない。そう人間のする事ではないのだ。
無意識に手に持っていた書類に力が籠もる。僕が見てもこんな気持ちになるのだ、旦那であり父親だった先ほどの男性はこれを見てどんな気持ちだったのか。僕には想像すらできない。
「・・・・・・見なきゃ良かった」
これじゃまともな仕事ができそうもない。
とはいえ高レベルの執行は、被害状況をしっかり確認しておかなきゃ駄目なのだ。被害者が何を受けたのか、どんな仕打ちをされたのか、僕は加害者に同じ痛みを数倍にして与えてやらなきゃいけないから。
「・・・・・・ん? なんだろ、これ」
現場の写真を全部見ていると、その中に一つ気になるものがあった。
「・・・・・・手紙・・・・・・かな」
投げ捨てられていた女の子の衣服の傍に血がついた便せんのような物があるのに気づいた。
「・・・・・・・・・・・・」
僕は少しだけ考えて、部屋に備え付けられた電話の受話器をとった。
「・・・・・・あ、リョナ子だけど、ちょっと聞きたい事が・・・・・・」
知り合いの関係者にある事を尋ねてみた。テーブルに並べられていたと思われる料理は、夕食にしては豪勢な気がする、それに形は崩れてるけどこれはケーキだろう、僕の予想が正しければこの日は特別で、そうなると僕の目に入ったこの手紙は。
とりあえず連絡したからその答えはいづれ分かるはず。今は仕事に集中しよう。
「失礼します」
ドアがノックされた。時間が来た。
「囚人二人を連れてきました。刑の執行よろしくお願いします」
数人の職員が犯人達を部屋に入れる。今回は凶悪な犯罪者だから、手足の拘束は勿論の事、目隠しに猿ぐつわでほとんどの自由を奪われている。
「・・・・・・吊して、どっちもね」
僕はリョナ子棒(ただの鉄の棒)を手に取ってそう指示した。
目を閉じて精神を落ち着かせる。でも駄目だ。どうしても耳に響く、朝の男性の悲痛の叫びが脳を巡って止まない。
設置を終えた職員達が部屋を後にし、この場には僕達三人、いや一人の人間と人の皮を被ったなにか二つが残った。
「じゃあ、始めるよ」
この日、数日間に及ぶレベル6の執行が開始された。