なんか、犯人はこの中にいるみたい。(前編)
今日、僕がいる場所とは、なぜか海沿いの温泉宿。
なんで、僕がここに来ているかというと。
「リョナ子ちゃ~ん、早く早くぅっ!」
あの笑顔で手を振っている葵ちゃんのせいなのだ。
葵ちゃんは特級の犯罪者だけど、能力が高いがゆえに機関で働かされている。それは刑の軽減のためだけど、ちょっとやそっとじゃ償えきれない業を背負ってるの。
それでも、葵ちゃんはやはり優秀らしくかなりの功績を収めているみたい。
そんな活躍がめざましい葵ちゃんに機関はご褒美を与えた。何か欲しい物はないかと聞いたところ、僕との温泉旅行を所望したってわけ。
僕にとっちゃいい迷惑だよ。そもそも、犯罪者が贖罪のためにやってる行為にご褒美を出すって発想がまずおかしいよ。
とは言ったものの、ただで温泉に浸かれて美味しい料理も食べられるっていうのは悪くないかも。最近、疲れも溜まってたし、これは僕へのご褒美でもあるよね。しかも、ここかなりの老舗らしいし。
通されたの別館。本館より小さいけど内装は変わりない。僕達は部屋に荷物を置くと、浴衣に着替えて早速お風呂に向かった。
「楽しみだねぇっ」
上機嫌で少し前を歩く葵ちゃん。来る時に雪がちらついていた。途中で通りかかった廊下から中庭が見える、雪は止みそうもない、むしろ強くなってるかも。海が一望できる露天風呂もあるみたいだし雪と相まってさぞ景色がいいのだろう。たしかに楽しみではある。
「あぁ、葵ちゃん、義手と義足は取るとしても、眼帯とウィッグはそのままにしといた方がいいよ。他のお客さんがびっくりしちゃうから」
「えー、濡れちゃうよ?」
「乾かせばいいじゃない」
葵ちゃんは僕に二回ほどレベル五弱の執行を受けてるから体は継ぎ接ぎだらけ。今、眼帯をしている方は眼球自体がない。他も隠してるけど色々喪失してるの。
「あ、でも今日は貸し切りって言ってたよ? だからこの別館には他のお客さんはいないんじゃないかな」
「え? そうなの?」
そういえば、まだ誰にも会ってないね。しかし、老舗旅館を別館だけとはいえ貸し切るなんて機関も無駄な事をするなぁ。そもそもそのお金って国民の血税から出てるんじゃないかな。上の方々のポケットマネーならいいのだけど。
脱衣所を出て浴場へ、僕はタオルで隠してるけど、葵ちゃんはすっぽんぽんで片足をひょこひょこステップしながらそのまま湯槽に向かっていた。
「ちょっと、洗ってからでしょっ!?」
「大丈夫っ!」
葵ちゃんが健在の片手でピースをして見せた。
「なにが、大丈夫なんだよっ!」
葵ちゃんは僕の指摘を無視してお風呂に飛び込んだ。そして、泳ぎだす。よく片手片足で泳げるねって、いやいやもう本当に駄目な子だよ。頭はいいんだけどなぁ、でもどうしようもないくらい馬鹿なんだよ。
僕はちゃんと洗ってから、浴槽に足を入れた。タオルを頭に乗せると、一気に肩まで浸かった。その瞬間、幸福感が体中に広がっていく。
「はひぃ~」
そんな声も自然と出てくる。あぁ、これはいいものだ。やはり最高だよね、温泉。
僕が至福の時を味わっていると、スイスイと葵ちゃんが近づいてきた。
「えへへ・・・・・・えへへへ」
ふやけたような顔で僕を凝視し始める。とっさに両手で体を隠した。
「ちょっと、なんだよぉ」
「リョナ子ちゃんてさ」
「な、なに」
「着やせしないタイプだよね、でも、可愛いよっ!」
にこりとする葵ちゃんに、僕は濡れたタオルを頭から取るとそのにやけた顔に思い切りスイングしてあげた。
ブクブクいいながら葵ちゃんは沈んでいったけど、改めてその体を見ると僕がやったとはいえ、体中傷だらけだね。普段隠れてるけど、色んな部分を抜き取ったり切り取ったりしたからまともな部分はほとんどないよ。
露天風呂は夕食後にもう一度来た時のために取っておいた。
僕達が部屋に戻る途中に、何人かの仲居さんに廊下で出会った。
まだ若くて新人っぽい眼鏡女子。
そして、顔つきもきりっとしていてできる女っぽいベテラン風女性。
みんな着物だね、特に最初に僕達を案内してくれた女将さんのはかなり高そうだった。
作務衣姿の男性と恰幅のいいおばさん仲居が料理を運んでいた。タイミング的に少し早かったみたい。
その後、並べられた豪華な料理に舌鼓。海の幸ってやつだね、お刺身が美味しいのなんのって、アワビを生きたまま蒸してくれたよ。うねうねしてた、なんだか可哀想とは思うけど、貝は生きたまま調理しないとだし、結局美味しく頂くので感謝だけはする事にします。
今度、このような拷・・・・・・って駄目駄目、今は仕事を忘れよう。
お腹いっぱいになった僕達は、もう一度温泉へ。露天風呂にいってみたけど、期待してた景色とは違った。崖側に見える夜の海はなんだか怖かった。早朝に改めて行こうと思ったの。
部屋に戻ると布団が敷かれてあった。
それも二つぴったりと。
「おいおいおいおいおい」
どんな判断だよ。女の子二人で来てるのにこんな心遣いはいらないでしょ。
「今日は寒いし、これはグッチョブだねっ!」
僕は舌をペロリと出した葵ちゃんを無視して布団を離した。
これはゆっくり眠れそうにない。条件で部屋を別々にしてもらえば良かったよ。
トランプでもやりながら時間を潰してた。二人でやってもあまり面白くもなかったので、早々に切り上げ布団に入る。電気を消して寝る体制に移った。
「さて、これはお約束のガールズトークの時間だよっ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「好きな人を言い合うのが決まりだよねっ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「私はね・・・・・・なんと凄く近くにいたり。それは・・・・・・なんと、リョナ・・・・・・」
「葵ちゃんっ! うるさいっ! 雪が降りしきるベランダに放り出すよっ」
「・・・・・・・・・・・・しゅん」
たくっ。しかしながら、凶悪殺人鬼と同じ部屋で眠るって何気にやばい状況だよね。朝永遠に起きられなくても不思議じゃない。ま、いまさらだよね。油断はしてないけど僕には危害を加えないよね。
そして、翌朝、事件は起きた。
昨晩、僕達に食事を運んでくれていた男性職員の首つり死体が見つかったのだ。
夜の内に降り積もった雪。それにより真っ白に染まる中庭の松の木で。
第一発見者は、早朝から露天風呂に入ろうとしてその場を通りかかった僕達。
「まじかぁ」
「あらら、寒そうだねぇ」
死体を見慣れてる僕達の反応はそんなもんだった。とりあえず従業員に知らせようかな。
別館担当の仲居さんが集まってくる。昨日から宿泊客は僕達だけだったから三人しかいない。 みんな、顔が引き攣っていた。体もわなわなと震えている。これが本来の反応だよね。
「一応、警察に連絡しますか」
僕がそう提案すると、おばさん仲居が首を振った。
「じ、実はこの大雪で電話も携帯ともに繋がらなくて。本館との内線も途切れていて・・・・・・」
「え、じゃあ、本館へいけばいいじゃないですか」
僕がそう言うと、今度はベテラン仲居が顔を伏せた。
「それが、別館と本館を結ぶ渡り廊下がこの大雪で完全に遮断されてて・・・・・・」
僕は口を開けずにはいられなかった。
「まさかの、クローズドサークル状態!?」
こんな事、まさか本の中だけの事を思ってたのに。
「リョナ子ちゃん、死体を確認した方がいいよ。警察がすぐ来るならだけど、そうじゃないなら遺体をあのままじゃ色々問題あるよ」
僕も現状維持のままがいいと思ってただけに、葵ちゃんの言葉の含みに気づくのが遅れた。
「・・・・・・あ、そうだね」
見ただけじゃ自殺だと思うけど、もしそうじゃなかったら。
僕達は方針を決めると、まだ雪な降り止まない中庭に足を踏み入れる。仲居さん達は止めたけど強引に振り切った。責任は僕が持つよ。
寒さを我慢しながら死体に近づく。
「葵ちゃん、雪で土台作ってよ」
「あ、うん、わかったよ」
葵ちゃんは素直に雪を集めて足場を作ってくれた。
僕はそこに乗ると縄がかかった首を見たのち、死体の瞼を捲る。
「あぁ、これ自殺じゃないね、ここで死んだんじゃない」
「ありゃりゃ、て事はあれだよね、リョナ子ちゃん」
僕はこくりと頷く。
「うん、犯人はこの中にいるっ!」
一生で一度は言ってみたかったセリフを吐いて、僕は不安げにこちらを見守っていた三人の仲居さんの方に首を向けた。
次回、考え無しの作者の気まぐれで、殺人事件に巻き込まれたリョナ子と葵ちゃん。大がかりなトリックやどんでん返しなど勿論無いまま、適当に事件は解決する、の巻