なんか、やっぱり頼りになるみたい。
罪人達が吊されていく。
この国の罪は複合、加算刑。簡単にいえば、犯した罪の分だけ刑が重くなる。
この者達は、基準値を大きく超えた飲酒、免許は以前取り消されていたため、当然、今回は無免許。そして逃走したのでひき逃げも加わる。さらに全員前科もあり、車内からは少数の麻薬も見つかる。もし、飲酒事故だけならレベル5で収まったかもしれない。
明確な殺意がなかったとはいえ、レベル6になったのはそのため。
結局、自業自得ってわけだよ。
ドク枝さんは、準備が整うまでずっと書類を見ていた。
罪人の身体的特徴をしっかり頭に入れているのだろう。
「・・・・・・はぁ。余計なもの見つけちゃったわ」
ドク枝さんが肩を落とした。表情が沈んでいく。
「なにか・・・・・・ありました?」
ドク枝さんは、黙って備考欄を指さした。そこに記載されていたのは。
「・・・・・・母親の一人、事故後に自殺したのね。家族はこの子だけだったみたいだわ」
「・・・・・・・・・・・・」
書類の片隅に小さく書かれていた文字。僕なら見逃していたかも。ドク枝さんだから見つけられたのだと思う。
「・・・・・・服の中に遺書があったみたい。職員に聞けば内容がわかるかも」
「・・・・・・・・・・・・」
「これ、多分だけど、私達の助けになるわ。でも、今は見ない方がいい。二日目の最後に確認しましょう」
ドク枝さんの言葉の含み、僕ならわかる。そこには二つの意味が込められている。
一つは僕らが余計な感情の高ぶりを得て執行の加減が損なう怖れがあるから。そして、もう一つ・・・・・・。
「・・・・・・準備が終わったみたいね。始めるわよ、リョナ子」
「はい、では、執行、開始します」
まず、僕が動いた。吊された四人の目隠しを取ると、〈お仕置き中〉。
「むぐぐぐぐぐぅぅく」
口は塞いだままだから声は上げられない、止めてとも言えない。
〈お仕置き中〉
〈お仕置き中〉
これを四回繰り返す。
この方法は命の危険性がないのに、効果は絶大だ。瞳を開けっ放しでどれだけ我慢できるか想像すればいい、僕なら三分と持たないね。でも、この罪人達は二度と目を閉じる事はできない。
すぐに充血し涙が止まらなくなる。そこに強烈な光を当ててやれば、苦痛は何倍にもふくれあがる。初日で死なせるわけにはいかないので、この執行法はとても都合がいい。
「さて、私もやろうかしら。今回は、これよ、テトロドトキシンを使うわ」
「フグの毒ですね」
フグ毒はたしかフグ自体が作りだしてるものじゃなかったよね。餌に付着した菌類をため込んでるんだ。だから、海以外で育てている養殖フグには毒がない。
「青酸カリなんかより、ずっと強力な毒よ。これは神経毒でね、脳からの情報は、複数の神経線維を伝っていくわ。神経線維間を伝達するのが神経伝達物質で、電気的な情報は神経線維内のカリウムイオンが繊維細胞から出て、変わりにナトリウムイオンが外から・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
今回はちゃんと聞いておこうと思ったの。なんせ合同執行だから。
「で、そのゲートの、カリウムチャネルと、ナトリウムチャネルの内、ナトリウムチャネルの方の働きを阻害することによって門を閉じさせちゃうの。だから神経の情報伝達ができなくなって死んでしまうってわけ」
「・・・・・・なるほど」
一応真面目に聞いていたので、なんとなく理解はしたよ。
ドク枝さんは、説明を終えると、僕が執行してる間に量を調整した毒を罪人の体に摂取させた。
「かなり、薄めたわ。それでも、まず現れる症状は、麻痺よ。もう少し時間がかかるけど、唇、そして指先が痺れてくるわ。そして・・・・・・その後は見てればすぐ分かるでしょう」
ドク枝さんは、そう言うと罪人の口枷を外した。
その瞬間、四人から絶叫が放たれる。
「あがうああいあうあいぁぁ、離せぇぇぇぇっぇぇ、ごらぁぁぁぁっっ!」
「いだあかかあああっいいいいぃっ! 目がぁぁぁぁ、目がぁぁぁぁっっ!」
狭い室内にその叫びが響く。とても耳障りで、不快だ。
「なんで、外したんです。今日は外す必要ないんじゃ」
「大丈夫よ、すぐに大人しくなるわ」
ドク枝さんの言ったとおり、二十分後、四人の声は小さくなった。
「唇、指の次は、舌が麻痺してくるの。うまく喋れなくなるわ・・・・・・それにね・・・・・・」
一人の口から吐瀉物が流れ出始めた。その後、次々と嘔吐していく。
「口を塞いだまま、吐いたら窒息しちゃうわ」
そうか、ドク枝さんは、これを、見越していたのか。
「リョナ子、私は応急処置の準備に入るわ。今日はこれ位でいいでしょう。本番は明日からね、明日は別の毒を使うわ」
二日目、僕は本格的な物理執行を行い、ドク枝さんは局部的な毒の使用で体を壊死させていった。
〈お仕置き〉するたび、どんどん精神が闇に引き摺りこまれていく。
「・・・・・・二日目終了ね」
「・・・・・・ですね」
僕達はもう体も心もボロボロだった。罪人達の恨み辛みの籠もった表情や悲鳴をまともに受け続ける。床が血と嘔吐物、肉片で汚されていく。
「・・・・・・リョナ子、明日で最後よ・・・・・・」
「・・・・・・正直・・・・・・辛いです・・・・・・」
僕は弱気になったら我慢しないで吐き出す事にしてるの。溜め込むと余計に奈落に近づく事になるから。
「・・・・・・初日に言ってた母親の遺書、コピーだけど届いたわ、少し見たけど、これ遺書っていうより手紙に近いわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・読むわね」
歩美へ、貴方の葬儀も終わり、お墓にもちゃんと納める事ができました。
これで、お母さんも安心して歩美の元に行けます。
歩美にはいつも寂しい思いをさせていたね。
いつも夜、怖い夢を見て起きると、少し泣きながら私の布団に潜り込んできたよね。
歩美がすごく寂しがり屋なのをお母さん、知ってたよ。
それなのに仕事が忙しくてあんまり構ってあげられなかった。
本当にごめんなさい。でももう少しでまた会えるから、ちょっとだけ我慢しててね。
歩美にはお父さんがいなくて、それでずいぶん辛い思いをさせちゃったね。
全部、お母さんが悪かったの。
私は愛してはいけない人を好きになってしまった。それが貴方のお父さん。
あの人が本気でないのはわかっていたけど、本当に愛していたわ。そして、そのうち貴方を授かったの。
でも、あの人は生む事を許さなかった。あの人と別れるか、それともこのお腹の子を産むのか、私はどちらかの選択を迫られた。
そして、私は貴方を選んだの。あの人と別れるのは辛かったけど、どうせ、報われないならあの人との子供がどうしても欲しかった。貴方はあの人と過ごした証だったの。ホント、私の自分勝手な考えだった。
なにもかも上手くいかない、こんな報われない人生なんて最悪だって、いつも思ってた。
でも、歩美が生まれて、一緒に過ごして、初めて私は心から幸せを感じる事ができた。
歩美が初めて立った日、歩美が初めてしゃべった日、今も鮮明に覚えてる。
自分より大切な存在が傍にいる。歩美のためならお母さん、どんな事でも耐えられる、がんばれる。世界で一番、歩美を愛してた。
あの日の朝も、元気で微笑む歩美を見送った。
なんで、こんな事になっちゃったんだろう。
次に見たときは、歩美が歩美じゃ無くなってた。
なんで、たった一つだけの幸せを奪われたのだろう。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで・・・・・・。
もう、離さない。これからはずっと一緒にいられるよ。
絶対、お母さん、見つけてあげるからね。
「・・・・・・ここから、どんどん文章がおかしくなってるわ。もうとっくに壊れていたのね」
ドク枝さんが、途中で紙を折り戻した。
「・・・・・・さて、後一日、行けるかしら?」
顔を俯せ、しゃがみ込んでいた僕は、その声を受け力を振り絞って立ち上がった。
「・・・・・・行けますよ。ここで僕達がやらなきゃ、誰がこの無念を晴らすっていうんですか」
「・・・・・・そうね」
こうして、僕らは三日目に挑む。
最後の罪人の死亡を確認した。その瞬間、僕らは床に崩れ落ちる。
これで、執行を終えた。レベル6、四人分をすべて完遂したのだ。
僕とドク枝さんはしばらく人形のようにその場で倒れ込んでいた。
朦朧とする意識の中、僕はあの母親が無事娘に会えたのだろうかと考える。
夜になり施設を出る、僕とドク枝さんは足下がふらついていた。
この数日、体は疲労困憊なのに、どうしても眠ることができない。だから、蓄積されていくばかり。
「はぁはぁ、リョナ子・・・・・・今日、貴方の家に泊まらせてもらえないかしら」
僕らは支え合いながら重い足を前に出していく。
「・・・・・・普段なら絶対断ってるでしょうね。でも、今日は僕も誰かに傍にいてもらいたい気分です」
こんなドク枝さんでも、隣にいてくれたのなら眠れるかもしれない。
それはドク枝さんも同じ事を考えたんだと思う。
今回、僕だけじゃとてもこの執行はこなせなかっただろう。
ドク枝さんは、執行中、細かく僕をサポートしてくれていた。
さりげない心遣いで、僕の負担をなるべく軽くしようとしてたのを僕は知っている。
なんだかんだで、拷問士の先輩だからね、性格はあれだけどやっぱりドク枝さんは素直に尊敬できる人ではあるよ。
少し気が変わったみたい。ご飯は奢らないけど、今度じっくり仕事ぶりを見学させてもらおうと思う。