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なんか、協力しなくちゃ駄目みたい。

 最終日。ドク枝さんの部屋。

  

 ドク枝さんは朝からテンションが高い。

 僕は、逆にいつも寝不足ぎみだしエンジンがかかるのが遅いの。

 だから、この温度差っていうか、ぐいぐい来るドク枝さんには正直参ってる。


「今日は、どうするのかしら? 午前と午後で交代で執行するとして、残りでお互いの駄目な所を指摘して・・・・・・ってまぁ、私は完璧だから大部分がリョナ子の仕事ぶりの・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 あぁ、眠い。お昼くらいまで布団に入ってたい。瞼が重いから半分くらいしか開かない。


「ちょっと、リョナ子聞いてるのっ!? え、なに、先輩を無視するわけっ!」

「・・・・・・はぁ、そうですね」


 きついなぁ。でも、このガスマスク先輩とも今日で最後だし、我慢しよう。そう、今日一日、これでドク枝さんとのディスカッションも終わる。

 僕がドク枝さんを適当にあしらいながら今日の予定を手に取る。


「・・・・・・大した執行もありませんね。せっかく、ドク枝さんの華麗な仕事ぶりが見れるかと思ったのにー、これはざんねんだー」


 と、心にも無い事を言いつつ、準備を始める。


「そうね、貴重なリョナ子のスキルアップの機会だったのにね。でもま、いつでも私の部屋に見学に来なさい、ご飯をご馳走してくれるくらいで見せてあげるから」


「・・・・・・はい、三回くらい生まれ変わったら行こうを思います」


「うんうん、良い心がけだわ・・・・・・ってそれ遠巻きに嫌って事じゃないのっ!?」


「いや、ドク枝さんには長生きしてもらいたいという僕の願望がですね・・・・・・」


 そんなやり取りをしてる最中だった、扉からノックの音が聞こえた。


「ん・・・・・・は~い? どなたかしら」


 執行の時間にはまだ早い。もう来たのかな。


「失礼しますっ! 突然申し訳ありません、書類に不備がありましてっ! こちらのミスで執行内容が変更になります!」


 訪れたのはここの職員だった。なにやら慌てている。


「別に構わないけど、そんな事なら電話で良かったのに、わざわざ来る事もないわ」

「そ、それがですね・・・・・・」


 執行内容の変更なんて、別に珍しい事ではない。レベルや件数が変わっても僕ら特級ならすぐに対応できるしね。


「予定ではレベル4が二件でしたが・・・・・・それを、レベル6に変更・・・・・・それも4人分です」


 その言葉を受け、僕らの動きが止まった。


「レベル6が4人? 他の拷問士は?」


 以前、僕はレベル6を二人同時に執行した事があったが、あれは相当きつかった。普段押さえていられる心も、数日間に及ぶと少しずつ精神を蝕み、崩壊していく。罰を与えてるのが自分ではないような錯覚が襲ってくる。視界に入る鮮血が、刻む肉の感触が、罪人の悲鳴が、頭を狂狂回りだす。


「今、ここにいる特級拷問士はお二人だけです・・・・・・」


 さすがのドク枝さんも息を飲んだ。そう、特級拷問士だからこそ、わかるんだ。

 今まで数え切れない程の命を散らしてきた。


 それは、この国のため、平和に暮らしている国民のため。そして、気が狂いそうなほどの苦しみを味わった被害者や被害家族のため、そう信じて。


 僕達は快楽殺人者ではない。いつだって躊躇いはあるんだ。でも、押し殺す。閉じ込めて心の奥底まで。じゃなきゃ、まともな精神でこんな仕事できるはずない。


 高レベルの執行後は、いつもは現れない罪人の顔が頭から離れなくなる。

 眠れなくて、何度も吐いて、喉を掻きむしりたくなる。


「とりあえず、書類を頂戴。詳細を知りたいわ」


 僕が黙っていると、ドク枝さんが動いた。


「は、はい」


 職人がファイルを手渡す。ドク枝さんはすぐに内容を確認する。僕も横から覗き込んだ。


 執行対象は全員同じ事件の加害者。

 男性三人、女性一人。四人は友人同士だった。


 その日は深夜から自宅で酒を飲んでいた。その宴は朝まで続く。

 酒が底をつき、飲みたりない四人は車で買い出しに。


 そして、事故が起こった。スピードを出した車は、登校中の小学生の列に突っこんでいく。

 小さな身体は、コンクリートの壁と車に挟まれグチャグチャに。


 それでも止まらない車はコントロールを失い、その後何人も巻き込み、引きずり、その場を赤く染めていく。阿鼻叫喚、普段の朝の光景は一瞬で地獄と化した。


 児童6人の命が奪われた。朝、行ってきますって親に告げ、今日も元気に家を出た子供達、夢だってあったはず、親も子供の成長を見守り楽しんでいたと思う。


 車にいた四人はほぼ無傷。事故を起こした後、有ろう事か全員が車から降りその場から逃げた。車を残した時点ですぐに捕まるのはわかりきっていたのに、そんな思考もないほど泥酔していたのだろう。それとも飲酒の事実を隠すためにやり過ごそうと思ったのか。


 他の国だと、比較的、交通犯罪での死亡事故は罪が軽い。それは例え飲酒やひき逃げでも同じ。

 この国もそこは似たようなものだけど、それはあくまで通常の状態で事故を起こした場合だ。


 異なるのは、飲酒、麻薬関係なら罪の重さはここでは殺人罪と同様。


 それは当然だ、酒に酔ってナイフで人を殺したらそれは殺人罪、車だって充分凶器になりうるのだから同じ事。


「リョナ子・・・・・・どうする?」

「・・・・・・やりますよ、こんなの許されない」

 

 現場の写真を見る。合わせて被害児童の生前の顔も確認する。朝まで可愛い姿だった息子や娘が、こんな肉塊に変わってしまったのだ。これを見た親は発狂するだろう。これから何年、何十年とこの光景が頭に残るんだ。その心中は計り知れない。


 即死ならまだ救いだ。重傷で病院に運ばれながらも死んでいった子はずっと苦しみ続けたんだよ。


「運転していたのも、それを知って同乗していたやつも同罪ね」

「ええ、こいつらには児童6人分と被害家族の分、きっちり償ってもらいましょう」


 黒衣を羽織る。綱渡りの精神を支えるのは、この義務感。


「リョナ子~、あんまり張り切って早く終わらせちゃ駄目よぉ」

「はっ、何言ってるんですか、そんな事したら特級の名折れですよ」


 ドク枝さんも手袋をはめていく。


「失礼します、罪人を連れてきました。刑の執行お願いします」


 扉が開かれる。

 今、二人の特級拷問士の執行が始まろうとしていた。

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