なんか、毒の拷問士が登場みたい。
執行を行う部屋はいくつかある。僕のような特級になると一室まるまる与えられる。二級や三級は指定された執行室に自分から行かなくてはならない。僕も新人の時はあっちこっちにたらい回しにされたものだよ。
で、今日は別の拷問士の部屋に訪れる事になったの。
年に数回、拷問士同士のディスカッションが行われる。
互いの仕事ぶりを見て、色々意見などを交わすの。
今回、僕が見学する拷問士とは。
同じ階層にある部屋まで来るとドアをノックする。
「どうぞ、お入りになって構わないことよ」
中から声が聞こえた。聞き覚えがあるので、入る前から憂鬱になる。
「どうも、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
一応、僕は最年少特級拷問士なので、他はみんな年上で先輩も多いから敬意を払う。
「あら、今日の相手はリョナ子なのね、よろしく」
ガスマスクで顔を覆った拷問士が僕を迎えてくれた。ツーサイドアップの髪がひょこりと上から出ている。
「げぇ、ドク枝・・・・・・さんじゃないですか。お久しぶりです」
「げぇってなによ、部屋に来た時点で私だって分かってたはずでしょ」
「そうなんですけど、なんかその格好はいつ見ても慣れなくて・・・・・・」
ドク枝さんのいう通り事前に部屋の主はわかってたんだけど、これから誕生日会にでも行くような、いつも上品な服にガスマスクの組み合わせで仕事をするのはどうかと思うの。
「失礼しちゃうわ。リョナ子のあれ、なんとかニャンのお面も大概よ」
髪がひょこひょこ動いている、ちょっと怒ったのかな。とにかく表情が分からない。
このドク枝さんがガスマスクをしてるのは別に顔を隠すためだけではない。
国家特級拷問士ドク枝さんは、毒のスペシャリストなのだ。勿論、執行には毒を多く使用する。
「聞いてるわよ、リョナ子。貴方、相変わらず派手にやってるみたいね。この前は、罪人を爆死させたんだって? 全くスマートじゃないわね」
「お言葉ですけど、ドク枝さんのは少々、楽しすぎじゃないですかねぇ」
特級同士でも執行方法は様々だ。方法はどうあれレベルに見合った苦痛を与えさえすれば内容は拷問士に一任される。
大抵の場合、研修を受けた先輩拷問士の影響を受けるみたいだけど。僕なら先輩の、ましろちゃんなら僕のっていった感じで受け継がれていくの。
「まぁ、いいわ。とにかく私の華麗な執行をその目で拝みなさい。今日はレベル3よ、もうすぐ運ばれてくるわ」
「はぁ、よろしくお願いします」
うぅ、やっぱりこの人苦手だなぁ。これから数日この人と一緒かと思うと胃が痛い。
ドク枝さんのいう通り、罪人が部屋に運ばれてきた。
「いつものようにお願い」
ドク枝さんの執行はほとんど同じ方法なので、罪人の初期位置も変わらないのだろう。係の人は手慣れた手つきで椅子に固定していった。
ドク枝さんは何重にも重ねた手袋から書類を確認する。
「ふみゅふみゅ・・・・・・」
熱心に目を通してる。
「罪状ですか?」
僕がそう質問すると、ドク枝さんは顔を上げて答えた。
「え、あぁ、罪状ね。なんかストーカーみたいよ、歪んだ愛情の末被害者を逆恨みして刺したみたいね。幸い、傷も浅く命に別状はないみたい。でも、重要なのはそんな事じゃないわ、私が見てたのは罪人のデータよ」
「罪状は流し読みですか」
「そりゃそうよ、私達はレベルに応じた執行を行うのが仕事だもの。もし同じ被害を受けたのが元犯罪者の場合と、可愛い女の子だった場合、心証で後者の方を可哀想だと思ってしまうでしょ。でも、私達はそういうので執行にばらつきを出すわけにはいかないの」
「全くもってそう思います。じゃあ、ドク枝さんのいうデータってなんです?」
別の問いに、ドク枝さんは小瓶を取り出し僕に見せた。
「リョナ子~、半数致死量って知ってる?」
「ええ、急性毒性を示す指標ですよね」
僕は答えてから、なんとなくドク枝さんが見ていたものに想像ができた。
「そうよ。で、それは体重1キロあたりのミリグラム数で表してるから、罪人の身体的な特徴を確認するのは大事なのよ」
「ははぁ、なるほど」
よく、致死量っていうけど、万人が同じ効果を受けるとは限らない。そこで統計上それなりに信頼のおけるデータがあるってわけ。ドク枝さんは加害者のデータからそれを割り出してるのだ。
「今回はね、これを使うわ」
「なんです、それ、毒でしょうけど」
ドク枝さんの触覚が動いた。よくぞ、聞いてくれましたと言わんばかり。
「有名な毒よ、その名もシアン化カリウムっ!」
ドク枝さんは小瓶を高々に掲げた。
「あぁ、青酸カリですか」
たしかに有名だね。でも、これかなり強い毒じゃないのかな。今回レベル3だから死刑にするわけにはいかないはずなのに。
「そう、青酸カリよ。細胞呼吸をとめる呼吸毒。呼吸毒といっても息を止めるってわけじゃないわ。細胞レベルで酸素の運搬をできなくするの。リョナ子もわかると思うけど、酸素を運ぶのは血液中の赤血球で、その中にあるヘモグロビンのタンパク質のさらに中のヘムが・・・・・・」
「あ、ドク枝さん、もういいんで執行してください」
この人、毒の事になると口が止まらなくなるんだよなぁ。こうやって途中で止めないと永遠に解説してるから厄介だよ。
「なによ、まだまだ説明したいのに。まぁいいわ、始めるわね」
「あ、でもドク枝さん、青酸カリって即死じゃないんですか? レベル3で使っても大丈夫なんです?」
僕は毒を執行には使わないからよく分からない。だけどイメージではころっと逝きそうだけど。
「ノンノン。だから、罪人のデータを詳しく見てたのよ。青酸カリは飲ませると胃酸と反応して青酸をいう気体になるの。この気体が気道を逆流して肺に入ることによりヘモグロビンと不可逆的に反応して・・・・・・」
「あ、すいませんでした。素人が口挟んで申し訳なかったです、執行続けてください」
もう、こっちから質問するのはやめようと思ったの。
「もう、せっかく教えてあげようとしてるのに。まぁ、いいわ。とにかく即効性ではあるけど、即死ではないわ。そして量さえ間違わなければ死ぬ事もない。無酸症の人には効かないしね」
ドク枝さんは小瓶から出した粉を水に混ぜ、罪人の喉にスポイトを使って無理矢理摂取させた。
「今、貴方が飲んだのは青酸カリよ。紛れもない本物。すぐに対処しないと死ぬわね」
飲ませた後、ドク枝さんは罪人の耳元で、囁いた。というかガスマスクを付けているから結構大きな声だった。
「せ、青酸・・・・・・カリ?! うぅ・・・・・・助けて・・・・・・くれっ」
「一応、応急処置はするけど、その間に死んじゃったらごめんなさいね」
ドク枝さんは、言葉通りに係りの者に連絡、すぐに処置を行うよう指示した。
「これで、終わりっと」
「ずいぶん、簡単でしたね。あんなんでいいんですか?」
なんか、納得がいかない。僕がレベル3の執行するとしたらもっと痛みを与えるのに。
「いいのよ。私が青酸カリにしたのは有名だからよ。罪人にとってとんでもない物を飲まされたっていう恐怖心もある、それは処置を受けてる間ずっと続くわ。元々致死量なんてほど遠いほどの量しか混ぜてないけど、それなりに苦しむわ。そして胃の洗浄、亜硝酸アミルの吸入や、亜硝酸ナトリウムの注射などでの対処中はずっと死ぬかもしれないという思いがつきまとうはずだしね」
う~ん、そういうものなのかな。いまいち納得いってない僕に、ドク枝さんは聞き返してきた。
「なんか、まだ不満そうね。じゃあ、リョナ子なら二、三発、棒で殴られるのと、例え死なない量とはいえ青酸カリを飲ませられるの、どっちがいいのよ?」
「え~、僕なら・・・・・・、どっちも嫌ですねぇ」
「迷うって事は、どちらも拮抗してるって事よね」
「うぅ・・・・・・そうなんですかね~」
上手くドク枝さんに押し込まれた感もあるけど、これだけの劇薬を低レベルの執行に用いてくるドク枝さんはやっぱり凄いのだろう。
罪人のデータから、毒の効果を最大限に発揮させたり、押さえたりできるのだ。そんな、ドク枝さんはやはり紛れもなく特級拷問士なんだと思う。