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なんか、ビックウェーブが押し寄せてきたみたい。

 朝、いつも通りに今日の予定に目を通す。

 それを見た僕は急に頭痛がしてきた。


「嘘だよね。何なのこの件数・・・・・・」


 頭を押さえる。一年の内、こんな日もたまにある。でも今日は今までに経験のないほどの量だった。


 レベル1が63件、レベル2が33件。これを、今日一日でやれというのだ。まだ救いだったのはレベル1と2だけの低レベルのみって事。それにしても無茶苦茶だ。


「しかも、今日はよりによって・・・・・・」


 大ファンの高川先生の新作小説が出る日。僕は行きつけの本屋に予約を済ませ指折り楽しみにしてたのに。


「・・・・・・いいよ。やってやろうじゃない。僕はなんたって特級だ」


 上がこの仕事を僕に回してきたってのは、それすなわち僕ならこなせると判断したからだ。 なら期待に応えてやろうと思う。


 僕はもっとも効率のいい道具を選択する。

 それは鞭。これには複数の種類がある。今回、レベル別に二種類用意した。


 レベル1には、ナイン・キャット・テール、九尾猫鞭と呼ばれるグリップの先が九つの縄に別れている鞭。

 一本鞭よりは打撃が分散されるが広範囲に痛めつけることができる。これには鉛玉や鉄の鉤を付けることによって威力を調節可能。今回はレベル1用って事で全部外した。


 そしてレベル2には、僕のお宝を使用する。

 その鞭の名前はティンボク。

 類似品に、牛の陰茎を重りをつけて伸ばし陰干しにしてできる牛の筋と呼ばれる物がある。でもこのティンボクはサイの陰茎で出来ている。サイの陰茎はコークスクリューのようにねじ曲がってるから、かなり長い鞭に仕上がる。そして今は条例があるので手に入れるのが非常に困難な品だ。


 さぁ、拷問の時間だ。

 今回はある条例に反対した市民団体のデモが起こり、多数の逮捕者を出した。

 過激な行動を行った数十名が一気に僕の部屋に送り込まれてくる。


「一列に順に並べてっ! 終わったらすみやかに部屋から出すよ」


 あらかじめ上着を脱がせておく、女性は下着の着用を許可した。

 僕の前に来た罪人に、背中を向かせて、鞭を打ち付ける。


「あかうっ!」

「ふあっはいっ!」

「いううっさ!」

「はういばっ!」


 多種多様な短い叫びが部屋に響いていく。

 鞭での執行は一見簡単そうに見えるけど、とんでもない。鞭の威力は非常に高い。物によっては皮膚は裂け、肉が飛び散る。


 僕が絶妙な力加減で執行をどんどん終わらせていく。

 背中の鞭打ちで危険なのは、脊髄の損傷だ。背骨と皮はかなり近いし、脊髄がズレたりすれば半身不随になる怖れもある。だから、僕は速やかに、なおかつ慎重に行う必要がある。


 世間ではクリスマスソングが流れ始め、冬の訪れがすぐそこまで来ていた。

 この部屋は夏は暑いけど、冬はとにかく寒い。この時期は小さな石油ストーブで暖を取ってるのだけど、今日はとにかく体が熱い。午前中からずっと動きっぱなしだ。

 僕はキャミソールに黒白衣というスタイルで汗を流しながら鞭を打っていた。


「はい、レベル1、君で最後だねっ!」

「あひゃっいっ!」


 レベル1が終わった。時計を見ると17時を過ぎていた。お昼抜きでやったのにこれだ。まだレベル2が33件、残ってる。


「レベル2は、全員振り込め詐欺の一味か。出し子っていう引き出し役だから末端の使いっ走りだね」


 上も捕まって一網打尽。まず最初に執行レベルの低いこいつらからって訳。

 レベルが上がったけど、やることは同じ。服を脱がせ、生身に鞭を振りかざす。


「ぴゃうああうががあががっ!!!」

「でゅいひいいいいいいっさなんぁぁっ!」

「ふあがああはっはあぁぁあばばばっ!」

「ががかひゃああかぁぁぁっ!」


 でも当然こちらの方が力を込める。悲鳴も二倍に長く大きくなる。


「ったくっ!」

「本当にっ!」

「屑だよねっ!」

「生ゴミ以下だよっ!」


〈お仕置き中〉


「どうねじ曲がったらっ!」

「お年寄りからっ!」

「なんの罪悪感もなしにっ!」

「お金を巻き上げられるんだっ!」


 斜めに、真っ直ぐに、真横にと赤い線が背中に描かれていく。

 それは33本引かれるまで終わることはなかった。



 僕はとにかく走った。現在22時45分。僕の行きつけの本屋さんの営業終了時間は23時。どうしても発売日に読みたい。それはファンとしての拘りでもあったけど、純粋に読むのが楽しみだからだ。

 あいにく、僕は体力があまりない。平均以下だと思う。それでも限界を振り切ってがむしゃらに足を動かした。


 着いた時にはお店のシャッターは降りていた。当然だ、現在23時20分。

 僕は走っている間、感じなかった疲れがそれを見た瞬間一気に押し寄せる。

 肩をがっくり落とし、絶望感に苛まれた。


「・・・・・・それはさ、僕は神さまを信じてないけどさ。それにしたってあんまりだよ」


 ぐすん、と涙が出そうになるのを必死に堪える。

 明日になれば、読める。だけどどうしても今日の夜から読み始めたかった。

 好きな物はコーヒーくらい。僕の数少ない楽しみの一つなのに。


「・・・・・・帰ろう」


僕は諦め、店を後にしようとした時、ふいに声がかかった。


「お~い、リョナ子ちゃんっ!」


 名前を呼ばれ振り向く。


「あぁ、やっぱりリョナ子ちゃんだ。いやぁ~、絶対来ると思ってたよ」

「本屋のおじさんっ!」


 裏手から回ってきてくれたみたい。おじさんは一冊の本を手にしていた。


「はい、これ。レジ閉めちゃったから、代金は明日でいいよ」


 その瞬間、僕の顔が歪んだ。


「本屋の、本屋の・・・・・・おじさんっ!」


 おじさんは僕が熱狂的な高川先生ファンだと知っていた。だから、今日取りに来るだろうと信じて待っててくれたみたい。


「ありがとう、ありがとう、おじさんっ!」


 仕事で体はボロボロに疲れていたけど、その分もあって余計に嬉しさを感じた。


「へへ、あんまり夜更かしするんじゃないぞ」

「ふふ、それは多分無理だよ」


 ひとたび読み始めたら終わりまで止まらないから。


 今日は朝から散々だったけど、最後にこんなご褒美があった。

 世の中、なにが起こるか予想できない、だから怖くもあり、楽しくもある。

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