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季節は移り変わるの。

 本日、僕こと特級拷問士のリョナ子はまた仕事とは別の要請を受けていました。

 今、僕がいるのは夜の病院。


 面会時間はとっくに終わっていたので人通りは皆無だった。

 それでも僕はお面を付けて人目を気にしながらある病室に入った。


「こんばんは~」


 僕はゆっくり病室に入ると、母親に付き添われベットに寝ていた女の子が見えた。


「あっ! 本当に来てくれたっ! それも黒ニャンのお面だっ」


 女の子は目をキラキラさせながら、ベットから上半身を起こした。


 僕はその女の子より繋がっていた心電図モニターに目が行った。動きを見る限り、単発の心室期外収縮だったので安定している。


「お、元気そうだね。僕の事は黒ニャンお姉ちゃんとでも呼んでね」

「うんっ、黒ニャンお姉ちゃん、来てくれてありがとうっ!」


 屈託のない笑顔を僕に見せる女の子、歳は7歳だったね。

 なぜ僕がこんな夜の病院にお面をしてまで訪れたかというと、色々理由があるの。


 拷問士、正式名称刑罰執行人は社会的にイメージがあまりよくない。それでも、拷問士を題材にした、ドラマ、映画、小説、漫画は数多くあった。そこでは大抵悪を裁く正義として描かれてる場合が多い。その影響で多少世間での冷たい風が和らいでいる。


 稀にヒーローのように感じる者もいる。内部事情なんて、それこそ関係者しか知り得ないから汚れ部分はぼやかしている。


 そんな訳で、この難病をかかえたこの小さな女の子も、拷問士に憧れる数少ない一人だったのだ。将来の夢も拷問士になることみたい。あんまりお勧めしないけどね。内心ちょっと嬉しく思ってもいるんだ。


「すみません、お忙しいのに・・・・・・」

「いえ、とんでもないです」


 母親は申し訳なさそうな顔をして謝った。正直、仕事終わりだったから疲れてはいるよ。でもこの女の子の笑顔を見たらそれも吹っ飛んだ。


「ねぇ、ねぇ、ごうもんしのお話してっ!」

「お、聞くかい? 僕の活躍はすごいよ」


 僕は女の子の近くに椅子を置いて腰掛けた。


「えっと、名前はたしか・・・・・・春ちゃんだったよね」

「うんっ、四月のね、桜がいっぱい咲いてた時に生まれたんだ、お父さんとお母さん、私の名前、桜にするか春にするかで喧嘩したって言ってたよっ」  

「こ、こらっ、春ったら、もう」


 母親は赤面して苦笑いしてた。僕もつい笑いを堪えてしまった。


「そうか、じゃあ春ちゃん、心して聞くがいいよ、聞くも涙、語るも涙だからね」

「おねがいしますっ!」


 僕は自分の仕事を春ちゃんにいっぱい聞かせていった。勿論、目を抉っただの、手足を切ったなんては言わないけどね。春ちゃんは、ほーほーって興味深く聞いてたよ。


 しばらく語っていると、春ちゃんがいつの間にか眠っていた。その寝顔は本当に可愛らしい。


「寝ちゃいましたね。それじゃあ、僕はこの辺で・・・・・・」


 そういい、立ち上がった。


「・・・・・・今日は本当にありがとうございました。・・・・・・この子のこんなに笑った顔、久しぶりに見ることができました・・・・・・」

「いえいえ、こちらこそ楽しかったですよ」

 

僕がそう返すと、母親の目に涙が溜まっていくのに気づく。


「この子、今日も何回も吐いて、薬もいっぱい飲んで、点滴や注射もして、それでも全然良くならなくて・・・・・・、いつも辛そうだったのに・・・・・・」


 母親は顔を両手で覆いながら泣いていた。


「・・・・・・僕で良かったら、また来ます。お母さんも・・・・・・」


 その後の言葉は出てこなかった。安易にかけられる言葉は僕には持ち合わせていない。


「それじゃあ、近いうちにまた顔を見させてもらいますね。僕も春ちゃんに癒やされますので」

「ありがとうございます・・・・・・ありがとうございます」


 母親は何度も僕にお礼を言っていた。


 それから度々、春ちゃんの病室へ遊びにいった。

 その都度、春ちゃんは喜んでくれたし、僕もその顔を見ると心が洗われていくように感じた。

 そんなある日、僕は前々から考えていた計画を春ちゃんに話した。


「ねぇ・・・・・・春ちゃん。拷問士の仕事やってみるかい?」

「えっ!? 本当? できるのっ!?」


 春ちゃんは僕の言葉に目を一杯広げ驚いた。


「うん、ちょっと経験してみようか」

「やるっ! 私やるよっ! お願いします!」

「良かった。じゃあ、明日、僕の仕事場に来てもらおうかな」

「うん、行くっ!」


 心から喜んでくれた。これ実行するのにかなり無理をした。局長や関係各所に頭を下げまくってなんとか了承してもらえたんだ。普通なら一般人は絶対入れないからね。入れるのは拷問士と罪人だけ。だけど、こんなに喜んでくれたなら僕もそのかいがあったよ。


 翌日、黒ニャンのお面をつけた僕と、三毛ニャンのお面をつけた春ちゃんが部屋に立つ。体調しだいだったけど、主治医の先生も驚くほど今日は体調がいいみたい。予定通り、春ちゃんの一日拷問士体験を決行した。


「さて、三毛ニャン君。この人はね、空き巣に入った悪いやつだ。人の物を盗んだ駄目な人間だ。僕達はこの人間から悪い部分を追い出さなければならない」

「はいっ!」

「うん、良い返事だ。では、そこのプラスチックバットを持ってごらん」

「これ?」


 僕は子供用のプラスチック製のバットを指指した。春ちゃん用に買っておいた物だ。


「うんうん、で、それで頭をパコーンってやってみようか」


 罪人はいつも以上にグルグル巻きに固定しておいた。まるでミイラ男のようになってる。


「えいっ!」


 春ちゃんはそのバットで罪人の頭を叩く。いい音が部屋に響いた。


「よ~しっ、いいよ、春ちゃん。これでこの人から悪い部分が逃げていった。これで、いい人に戻るよっ」

「ほんとっ? うまくできた?」

「もう花丸あげちゃうっ、僕より上手いかもしれないよ」


 僕が褒めると、春ちゃんは飛び跳ねて喜んだ。母親の話ではいつも辛そうに寝ている春ちゃんが今は本当に年相応の元気な子に見える。


「私、ごうもんしになれるかな?」


 不安そうに僕の顔を見てきた。


「勿論、なれるよ。僕なんてすぐ追い越されちゃうかも」


 無責任な発言だと自分でも思うけど、それでもこう言いたかった。


「・・・・・・嬉しいっ」


 眩しい程の微笑みを春ちゃんは僕に送ってくれた。



 その春ちゃんが息を引き取ったのはそれから二ヶ月後の事だった。

 僕は拷問士体験の後、何度もお見舞いにいった。日に日に弱っていく春ちゃんを見るのは辛かったけど、春ちゃんは僕が顔を見せると決まって笑顔になったの。


「なんなんだっ、この世界はっ! 一体どうなってる!?」


 春ちゃんが亡くなった日、僕は大声でそう叫んだ。なんで春ちゃんが死ななければならない。世の中には屑みたいな人間がのうのうと生きてるってのに。やりきれない。だから僕は神も仏も信じないんだ。

 

 葬儀には素性を隠して参列した。最後のお別れをどうしても言いたかった。

 棺桶に入る小さな体。もうすっかり窶れてたけど、いつか見たあの可愛い寝顔のままだった。 冷たい頬に手を触れる。

 三毛ニャンのお面と、バットを棺桶に入れておく。いつか一緒に執行できたらいいねと思う。

 

 ありがとう、春ちゃん。


 最近、迷ってた。少し拷問士の仕事に疑問が生まれていた。本当は先輩のやってる事が正しいのではないか。そんな事もふと頭をよぎる事が多くなった。


 でも、春ちゃんのお陰で吹っ切れたよ。僕はこの仕事を誇りに思う。これからもがんばっていこう。僕は改めて再確認できた。


 それはね、春ちゃん、君が僕の仕事・・・・・・拷問士に憧れてくれたからだよ。

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