なんか、大物を任せられたみたい。
例年通りの暑い日だった。
今日の罪人はなかなかの大物なの。
でもレベルにしたらさほどでは無い。
推定で数十人以上殺害してるはずなのに認定されたのはレベル5。
普通なら葵ちゃんのようにレベルブレイカーになってもいいはずなのに。
マスコミなんかの呼び名だと、人食通のマーダーコック。
その名の通り、人間を(あれこれ)していたかなりの異常者。
この手の犯人はなぜか知能が高い。証拠をほとんど残さないから立件できたのは三件の殺人事件のみ。家宅捜査を行ったが何も見つからず、本人の自供もないためこのレベルに留まった。
しっかり睡眠をとったの。あまりに異常性が高い相手だとこっちが飲み込まれる。準備は万全で望む。
「失礼しますっ! 罪人を連れてきました。刑の執行、お願いします」
「・・・・・・どうぞ」
レベル5は一級拷問士でも執行できる。でも、相手が相手だからね、ここは特級の僕が執行するよ。
白い拘束具はベルトでグルグル巻かれ一切の動きが封じてある。罪人は台車に立てかけられ運び込まれた。いつも係員は二人だけど、今日は五人で対処していた。
「ベットに仰向けに拘束しよう。でも気をつけて。凶悪犯罪者に対するマニュアル通りにゆっくりやろう」
初めて葵ちゃんの執行を行う時もそうだったけど、一切の油断は許されない。このレベルになると隙あらばいつでも殺しにくる。
「三人で同時に作業して。残りの二人は銃を構えていつでも撃てるように」
ベットに括り付けるだけで二時間かけた。
ちゃんと固定されているか細心の注意を払い確認する。
問題ないとわかった時点で、顔と口の拘束を解いた。
「後は、いいよ。何かあったら呼ぶから扉の前で待機してて」
五人の係員にそう指示をする、皆不安げに部屋を出て行った。
これで、ここには僕とマーダーコックの二人だけ。
「やぁ」
先に声をかえたのはあちらだった。マーダーコックは人の良さそうな老人。見た目だけなら人を殺すようには全く見えない。ましてやそれを食べるなんて誰が思うだろう。
「こんにちは」
今回は死罪なので僕もお面はつけてない。目と目がしっかり合った。
「うん、挨拶は大事だ。ましてや私達は初対面、君の事はなにも知らないからね」
「同感だね。挨拶の部分だけね。僕の事を知ってもらう必要はないよ」
この老人を捕まえられたのは全くの偶然だった。
いつものように食事を楽しんでいた時に急に発作を起こして倒れたのだ。生きたまま(あれこれ)されていた被害者はその隙になんとか脱出、警察を呼んだ。
その被害者も病院にすぐ運び込まれたけど程なく息を引き取った。(なんやかんやされてた)から、よく持った方だと思う。
「口を自由にしてくれたのはなぜかな? 私とお話してくれるのかい?」
「そうだね。貴方は色々隠してるからね」
できれば余罪を知りたい。新たな情報を引き出せれば裁判をやり直して執行レベルを上げる事ができるかもしれない。
「君は若いのに特級なのか。素晴らしいね、毎日が楽しくてしかたがないだろう?」
「そんな事はないよ。大変な仕事だからね。いつもクタクタになって帰宅するよ」
老人は目だけを細めた。
「でも、君はしっかり勤めている。私の執行、少し不安だった。経験の浅い一級など来られては、と思っていた」
「うん、僕は自分でも最上級の拷問士だと自負している。その点は安心して」
老人は今度は口元を緩ませた。
「そうか、相当数、執行を経験しているのだな。とても落ち着いている。ならそこに敬意を表して一つだけ教えよう」
思惑はあったけど、まさかあちらから何か語ってくれるとは正直思っていなかった。
「ぜひ、お聞かせ願いたいね」
老人の表情が笑いに満ちた。顔の皺が深くなっていく。
「・・・・・・私が(あれ)した人数は53人だ」
これには驚かざるを得なかった。ある意味自白と同じだ。
「・・・・・・これはまた、大勢たね」
「だろう? この歳にしては胃が丈夫でね。私が特に好きだったのは子供の(あれやこれ)。あそこは柔らかくて調理しだいでは口で溶けるのだよ。あぁ、23番目のあの子はその中でも格別だった」
老人は首を上に僅かに曲げると思い出したかのように舌で唇を舐めた。
「・・・・・・その死体は?」
状況証拠が欲しい。言動だけではとても立証できない。
「教えるのは一つだけと言ったはずだが? まぁ、いいか。私は好き嫌いが無くてね、(規制中)、その後は粉末状に加工し彩りを加えるために使ったり、味に変化を求める時にかけたり色々利用価値はある」
「・・・・・・つまり証拠になるような物はないもないって事だね」
じゃなきゃしゃべらないか。元々、期待はしていなかったけどね。葵ちゃんのように人形の素材にして残してた方が稀だろう。
「そろそろ、執行を始めようと思う」
「・・・・・・そうか。逃げた男だけだったら4で済んで解放されてたな。つい欲が出て冷蔵庫に(なんやかんや)入れておいたのがまさに命取りになったか」
口惜しそうに言ってはいるが、表情はさほど残念そうには見えなかった。
「それでも5だよ。本当だったら20は超えてたよね」
僕は(ギザギザ)を取り出すと執行に移った。(あれする)わけにはいかないけど、(規制中)やろうと思う。
レベル5なのでそこまで苦痛を与える事が出来ず、ある程度で切り上げ死を与えなければならない。本当はもっともっと体に痛みを植え付けてから死なせたいのに、それも叶わない。
〈お仕置き中〉
「見えないが、わかるぞ。上手いものだな、手順に無駄がない」
老人は特に痛がりせず僕を褒めた。
「そりゃ、どうも」
〈お仕置き中〉
「ここから(なんやかんや)していく。その都度、損傷を受けた部位が司る能力が失われるよ」
そして最終的には死に至る。〈お仕置き中〉
「おお・・・・・・これは貴重な経験だ。私も食べる前に遊んでみても良かったな。ほら、玩具であったろう、なんたら危機一髪とかいうのが。あれにとてもよく似ている」
まだしゃべれるのね。だけど後数本で言語機能も失われるだろう。
この老人は倒れた時、身体麻痺の後遺症が残った。だから常人より感覚が鈍い。肉体へ激しい苦痛を与える事が期待できない。
グルメ家の彼がもっとも精神的ダメージを受けるのは、舌への拷問だろう。でも、何か自供するのではと思うと手が出せない。
結果、こんな生ぬるい執行しかできずにいた。
できるだけ(なんやかんや)して来た、そろそろこの作業も終わりを迎える。
そんな時に、老人の口がゆっくり開いた。
「・・・・・・レシピ本を作った。う・・・・・・そこには・・・・・・材料に、なった人間の・・・・・・年齢・・・・・・身ちょう・・・・・・体、重・・・・・・名、前・・・・・・人種・・・・・・細かく書いた」
「っ!?」
それ本当なら重要な証拠になるじゃないか。
「それはどこにっ!?」
手を止めたけど、もう間に合わない。今際の際、最後の最後で重要な事を残す気だ。
「私・・・・・・は、ほ・・・・・・本が・・・・・・好きでね・・・・・・栃内探勝、その隣に」
自宅は全て調べたはず。見逃したか。それとも関連があるどこかか。いづれにせよ今さら見つかってもこの老人の名が悪い意味で歴史に深く刻まれる事になるだけだ。
「さい・・・・・・ごに、私は・・・・・・自、分の欲望、快楽の、ため・・・・・・人を・・・・・・殺したが・・・・・君は・・・・・・それを仕事・・・・・・だとい、う。淡、々と、作業・・・・・・人を・・・・・・殺める・・・・・・君は・・・・・・・私よ、り・・・・・・よっぽど・・・・・・異常・・・・・・だ」
老人の瞳が閉じていく。首に手を置き脈を見た、そして死亡を確認する。
「・・・・・・失礼だね。僕を君達のような凶悪異常犯罪者と一緒にしないでくれ」
しかし、やられたなぁ。そのレシピ本さえあれば老人が犯した53件の殺人を立証できただずなのに。こんな楽にしねるような罪人じゃなかった。
もしレベル4に認定され解放されていた、その時は。
先輩がそれ相応の罰を与えてくれたのだろうか。
なにはともあれ、今日は何も食べたくない気分だよ。