なんか、それは繋がっていくみたい。
あれは、幼き頃の自分。
学校からの帰り道。
いつも通るその道の途中に、小さな公園があった。
いつからだったか、猫の鳴き声がするようになったのは。
寂れた場所ゆえ、人の気配はなく。
地域の手入れもままならない、草は伸び放題。
誘われるように、自分の腰ほどもある草をかき分け、声の方に。
「あっ」
そこには一匹の白い猫が。
僕を見ても、逃げようとはせず。
「こんにちは、白い猫ちゃん」
「にゃー」
まるで返事のように鳴いて。
触れることもなく、僕はしばらく眺めていた。
それが、僕とその猫の出会い。
その日から、帰りは必ず、そこへ寄るようになった。
「やぁ、今日もいたね」
誰かが餌やりでもしてるのだろうか。
首輪はないけど、どこかの飼い猫かもしれない。
本当は、うちで飼いたいくらいだけど、僕の祖母が大の生き物嫌いだから。
ここに来ても特になにもしない。
ただ、猫を見ていた。
昨日も会った。
今日もこうして会った。
明日も会うだろう。
しばらくして、今まで大人しかった猫に異変が起きる。
ちょっと攻撃的になっているというか、そわそわしているような。
その猫が妊娠していると分かったのは、もう少し先だった。
それを知って、僕は当分、来ないようにしようと思ったの。
二ヶ月後。
いつも、通る道で複数の泣き声が聞こえるようになった。
もしかして。
僕は久々に公園へと踏み入れる。
そこには。
「わぁ、生まれたのか」
あの猫の、近くには小さな四匹の子猫が。
本当に小さな猫達。
ここまで、できるだけ遠目で干渉せず見ていただけだったけど。
さすがに、今日でそれすらもお終い。
ゆっくり離れる。
僕の臭いがついちゃうかもしれないから、これ以上は進めない。
「それじゃあ、元気で」
遠ざかる。
そして、数日後、事件が起きた。
またいつもの帰り道。
普段なら、なにげなく通り過ぎる公園。
でも、猫のことがあったから、毎回、目だけは向けていた。
その日は、草木の間から、僅かに人影が見えた。
猫の鳴き声も、気のせいかいつもより大きく。
妙な胸騒ぎを覚えて、再び、その場へ足を踏み入れた。
そこには、ジャージを着た、若い男が。
しゃがんでいて。
血のついたナイフを握って。
立ち尽くしてしまった。
声も出ない。
「・・・・・・あ? なんだ、お前」
男は、立ち上がり、こちらを向いた。
「・・・・・・あ、あ」
とにかく動けなかった。
「・・・・・・丁度いいや、小動物じゃ物足りなくなったとこだったんだ・・・・・・」
男は、息を荒げ、じょじょに僕に近づいてくる。
目に映るは、腹を割かれ、手足を切られた。
僕も同じように。
逃げようと思っても、体が言う事をきかない。
幼いながらに、死を感じた。
その時。
「よぉ、屑野郎」
男の後ろから、声が聞こえた。
男がぎょっとして振り向く。
その瞬間、なにかが振り抜かれ。
男がマネキンのように倒れた。
地ベタに寝る男に、その人物は何度も手にもつバットを振り下ろす。
「うがあっ、がああ、っさがあ」
いつからか、男の動きが止まって。
その人物の手も止まる。
「おい、怪我はないか」
僕に言ったんだろうけど、声がでない。
「なさそうだな」
スカートがとても長い制服を着た女の人。
僕の全身を見て、そう口にした。
「・・・・・こいつはまたやるぞ、ここで殺してやりたいくらいだ」
女性は、気を失ってる男を見下ろして、唾を吐く。
次に、猫の方に顔を向けた。
その先には。
あの猫も、そしてこの前生まれたばかりの子猫さえも。
無残に。
「最近、ここらで、こういう小動物の惨殺事件が頻繁に起きていた。私は、個人的に周囲を見回ってたんだが、ようやく見つけたよ」
僕はまだ立っていることしかできずに。
「・・・・・・泣いているのか」
無意識に涙が出ていた。
「その涙はなんだ? 恐怖か? 悲しみか? それとも怒りか、悔しさか?」
勿論、その質問にも答えられない。
「・・・・・・ニュースを見てみろ、世の中、屑は掃いて捨てるほどいるぞ。こいつのような弱者をいたぶる事しかできない輩や、欲望にまみれた奴、果ては命を弄ぶ連続殺人鬼、テロリストまで」
女子学生は背中を見せた。
「お前はまだ子供で弱い存在だ。だから、こういう屑にさえ見下される。だから、これから強くなれ。成長しろ。どんな悪意にも負けない程に」
一歩一歩、離れていく。
「私の目指す場所は、捕まえる側でもいいのだがな。それはあくまで事後からが多い。犯罪は無くならない。されど、ある程度抑止できるかもしれない。そんなうってつけな、職業がある」
抑止することができるかもしれない職業。
被害が出る前に防げる、可能性。
「見せつけてやればいい。悪い事をすればこうなるぞってな。想像するだけで鳥肌が立ち、吐き気を催すほどの絶望を、二度とやらないと思えるような罰を」
どんどん遠ざかる女学生。
「私は、そんな想いから近い将来、刑罰執行人になるつもりだ。もう一度、問おう、その涙は、恐怖か? 悲しみか? それとも怒りか、悔しさか?」
悲しみは勿論ある。恐怖も。
でも、今、一番強い感情は。
いつも見ていた。それだけで心が満たされていた。
鳴く度、色々な仕草をする度、僕は自然に微笑んで。
知らなかったんだ。世の中は綺麗で、周りの大人はいい人ばかりだったから。
こんな事を平気でできる人がいるって事を。
振り絞って、声を出す。
「・・・・・・僕は悔しい。こんな小さな僕よりもさらに小さいこの命すら守れなかった」
僕がそう言うと、女は顔だけを振り向けた。
「今回は猫だったが、日々、悪意からの犠牲者は出ている。お前のような子供、老人、青年、少女、一般人、そこにはただ一つの例外はない。お前は、悔しいと思うままか? これを見て、なお悪しき人を許せるか?」
涙は止まらず。
させど、しっかり目を合わせて。
「許せないっ。この子達はなにもしていない。ただ生きていた。それなのに・・・・・・」
この猫たち、そして同じように罪のない者達が犠牲になる世界はおかしい。
唇を噛む。手をきつく握る。
「・・・・・・そうか、ならこの背中、追ってこい。一足先に行っている」
その声に、ゆっくり頷く。
女は、軽く笑って。
「お前、名は?」
最後にそう問いかけた。
「・・・・・・理世那」
「リヨナか。私は・・・・・・・」
これが、白い猫と、そして先輩との出会い。
数年後。
「じゃあ、行ってくるよ、ソフィ」
あの時、一匹だけ生き残っていた子猫。
飼い主を必死で探して。
その子が、また子供を生んで。
そのうちの一匹がこのソフィ。
今日は、レベルブレイカーの執行がある。
女装連続殺人鬼、ナギサ。
以前、僕と葵ちゃんで捕まえた殺人鬼だ。
これから数日間、執行が続く。
間を見て、帰ってくるつもりだけど。
ソフィには少し寂しい思いをさせるね。
仕事場の扉を開けると。
「あ、リョナ子さん。おはようございます」
「おはよう、ましろちゃん。早いね」
今日は、近く特級試験を控える直属後輩のましろちゃんに指導の一環として、僕の執行を改めて見て貰うことになっている。
程なく運ばれてくるレベルブレイカー。
「がアアアアアアアアアアアアあ、離せっ! はずせぇ、殺す、殺してやるかああ、今すぐ、殺して、刻んでやるああああ」
狂気を振りまく。目を見開いて、僕達を挑発する渚だったけど。
「あははは」
「ふふふ」
思わず、二人で笑ってしまう。
手足は拘束され、胸、腰にもベルトが。
そんな状態で、僕達を威嚇するこいつがおかしくてしょうが無い。
「君、同じレベルブレイカーでも大違いだね。彼女なら、この状態でもとても恐ろしかった、でも君はまるで怖くない」
リョナ子棒を手に取る。
まずは、自分の立場を分かってもらおうか。
悪意をばらまき。
平穏な日々を脅かす存在。
こいつのように踏み外してみるかい?
ただ、その後は、地獄で僕らが待っている。
それは比喩ではない、現実の話さ。
振り上げる。
「それじゃあ、これから執行を開始します」
一旦、完結します。これまでありがとうございました。各キャラのサイドストーリーやお遊びネタを思いついたらその都度、追加していこうかと思ってます。最後に、ただただ感謝を。